SEVEN KINGS

~規律重視魔王と秘書の苦労譚~
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Ⅶ アルガの雪に

公開日時: 2021年8月13日(金) 10:29
文字数:2,957

 現れた化物の姿は、上半身に陰りを纏わせた人の姿である。その人物にはその場に居る者達は誰も知らない。


「王よ、なぜ戦わないのです」

 化物はアンドルセルの方を向いている。そして姿を変えた。また人間である。

「魔王の恩恵を受けて何をされてるのですかぁ!」また姿を変えた。

「我々の本敵は魔族の筈! 家族を殺し、友を殺し、仲間を殺し、諸々の死体を貪る奴らを、貴方様は許したのですか!」

「待て! 今はお主達の知る魔族とは違う! 我々は親睦関係に!」

 まさに火に油。化物は目を見開いて王力を放出しながらアンドルセルを睨んだ。

(まずい!!)

「――ふざけるなぁぁ!!」


 守護壁に突進してきた化物を、ドルグァーマは盾を出現させて受け止めた。

 アンドルセルが心配の意志を示すと、化物はさらに力を込め、叫んだ。


「我々がなんのために戦っていたか分かっているのかぁぁ!! 何度も何度も王の命を受け、何人も何人も命を失い、多くの者達を哀しみの底に沈めておいて、なにを今更、魔王に加担するぅぅ!!」

「違う!! この者は魔王であるが、人間の事を思い気を使ってくれる! 今も、お主等が憑いたワシの子の為に、ワシを守りつつ戦ってくれておるのだ!」

 反論に化物は呼吸を乱し憎悪が増した。このまま防戦一方だと、圧され負けると判断したドルグァーマは、王力で衝撃波を起こして飛ばした。


「まずいな。奴は何を願っているかがまるで分からん」

 疲弊するドルグァーマを見て、無念の内に死を迎えた化物を見て、アンドルセルはある事に気づいた。

「いや、奴の願望は至極単純なものだ」

 アンドルセルは歩んだ。

「おい! 何を考えてる!」

 ドルグァーマの呼び止める声も、護衛兵達が止める行為すらも、無視し、アンドルセルは真剣な表情で遠くの化物と向き合った。

 守護壁の外へ出た瞬間、悲痛な想いが押し寄せるが、それを我慢し、大きく息を吸い、叫んだ。


「すまなかった!」

 化物は目を見開いてアンドルセルを睨んでいるが、攻めずに聞いた。

「ワシは当時の事を知らん。幼少の頃に冷戦を迎え、王位を継承し、数年後に友好条約を結ぶ時期となった。それ故、当時の凄惨さから詳細を聞かされず育った。いや、ワシも知ろうとしなかった。他の事ばかりに感け、王としての責務を全うするが故に見ようとせんかった。そう思ってもらっても構わん。しかし、お主等が積もり積もった怨念をこうして我が前に出してきたのだ、もう過去の惨劇などと他所事にも出来ん」

 何時しか涙が流れていた。

「ここに宣言する! お主達の塚を拵え、感謝の意を、労いの意を示そう! さらに先になると思うが、詳細を明確にし、書に記し、歴史において重要な、魔種族と人間とが友好関係を結ぶに至った、重要な戦いの歴史として残す事を約束する! だから怒りを鎮め、これ以上自分達を苦しめないでくれ!!」


 化物は呼吸を乱し、小刻みに震え、我慢していた涙をこぼし、絞るように訴えた。


「なぜ……もっと早く……豊かな今の世に…………悔しい……」

 一人の意見ではない。複数の人物が訴えたのだろう。

 まるで降り上げた剣の落としどころが分からなくなった若者のように、悔しさと悲しさを露わに悶えた。

 やがて化物から大量に黒い影が煙のように現れて広がり、ストライの光の雪がそれ等に触れると池に落とした小石の如く、波紋を広げて消えた。


「アンドルセルよ、守護壁に戻れ! 力は減ったが奴はまだ健在。恐らく魔種族側が残っている」

 守護兵達がその指示に従い、アンドルセルを守護壁の中へ誘導した。

「……ダ……ダラ」

 化物がドルグァーマの方を見ていると判断すると、ドルグァーマは守護壁から離れた。

 その行動は、化物を守護壁へ集中させない事に成功した。

「ーーダラグーマ様」

 その名を聞いて、ドルグァーマは驚いた。

 それは先代魔王の名であり、人間との友好関係を結ぶきっかけとなった四王の一人である。

 ドルグァーマは昔から父親似の顔立ちであり、若者の顔つきである現在、尚更父親と思われても仕方がない。


「な、なぜ……」顔が変わった。しかし涙を流し、訴える表情である。「なぜ我々は殺されねばならんのですか……」

 当時の事をドルグァーマは聞かされている。

 一方的に攻めて来る人間と悪性の高い魔種族の狭間で、悪性の高い魔種族と反発しつつ、人間の攻撃を受ける立場。

 板挟みの中で自分達の意志を貫き通し散っていった魔人族達の歴史を。

「我々は生きたかった! あのように、問答無用で他者へ危害を与える野蛮種共と別離した存在を望んでいた!」姿が変わった。「なのに、人間達に殺された。時に救い、共闘もしたのに、呆気なく、無残に、善行すらも否定されたように!」また姿が変わった。「俺達の行いは何も報われていない! まるで理解されていない!」

 感極まり、化物は斬りかかった。


 ドルグァーマは、その訴えを聞き入れ、剣を消した。


「お主何を!!」

 アンドルセルは、ドルグァーマの自害を悟った。

 ドルグァーマは自身の決心を改め、相手を睨み付けた。

 化物が斬りかかった時、アンドルセルの予想は外れた。

 ドルグァーマは両手で相手の腕を掴み、攻撃を防いだ。

「どうした? まだワシに言いたいことがあるのではないか?」

「あ……あ……」

「ふん。威勢をいちいち消すな! ワシの王力を分けてやる。威勢を取り戻し、想いを叫ばんかぁぁ!!」


 両手から注がれた王力が、化物の身体を活性化させた。

 その想いに胸打たれたのか、化物は強くなったが、剣を落とし距離を置いて、両膝を付いた。


「ダラグーマ様。我々の思いは分かってくれたのですか?」

「私達の行動は意味がありましたか?」

「……俺達は、勝ったのですか?」

 ドルグァーマは黙って聞いていた。

「我が家族は幸せですか?」

「本当に人間と友好を結んで正解ですか?」

「悪い魔種族に支配されてませんか?」


 次々に訴えられたが、最後にある魔人族の男性が、絞りだすように、苦しみを表した。恐らく最後と思われるその者が訴えるまで、ドルグァーマは黙ったまま待った。


「……わ、我々の存在は、価値は……ダラグーマ様……貴方様には……消耗品程度だったのですか……」

 心臓が鷲掴みされるほどの苦しみにドルグァーマは襲われた。しかし、ここで引いては彼らの訴えに答えられない。そうなれば何一つ解決しないまま、同じような出来事が繰り返される。

 いやなにより魔王としての役を担ったのに、彼らの心意を汲めぬようでは王としては失格。

 ドルグァーマは呼吸と同時に胸を張り叫んだ。


「大義であった!!」

 その言葉が彼らの心に響いたことを知らず、更に続いた。

「お主達の悲願、無念、絶望、その全てが報われ、我々は人間達と友好関係を結び、悪性高い蛮族共と隔絶出来た環境を得た! お主等個人の胸中の思いを全て知る術はないが、個々の被害も、歴史に残らず他者に知られることなく散った者達の功績も、全てが積み重なって今の世を築き上げた! 主等の偉業は大義であり、よくぞ我が命を全うしてくれた!! ――この世で叫ばずあの世で誇れ! 世界を動かす大義を成したことを!!」


 感涙。その言葉通りに、彼らは涙を流し、感謝の意を叫び、身体が消え始めた。

 何度も姿を変え、何度も感謝し、そして徐々に、最後の最後までゆっくりと、それでいて感謝し続けて、やがて消えた。


 彼らが消えた後に静かに降るアルガの雪が余韻を残した。

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