「随分珍しいわねぇ。貴方って自分の中で決めた流儀は頑として守り通す奴だと思っていたんだけど。……買い被りすぎだったかしら?」
案内された部屋は四方八方にあらゆる色の宝石が散りばめられた輝かしい部屋で、光源は先程の台座に浮いた光源が今度は壁のあちこちに点在している。まるで昼間の部屋の様な明るさである。
部屋の中央に艶やかに加工された、真っ白な石の長机に、同じ石材を用いて作られた椅子が、石王の向かいに一脚だけ用意されている。
石王イルガイスは全身が巨大な宝石を加工して作られたような、表面が艶やかで輝かしく、更には半透明であったりそうでなかったりと、身体の部位を構成している宝石の種類によりその影響が浮き彫りになっている印象を与える。
見た目は人間の女性である。
「失礼ながら、礼儀を重んじるという流儀は押し通します。しかし礼儀正しく、今後とも快い関係を築き上げれるであろう人物が、命を落とす危機に瀕しているのなら、どうにかして助けてあげたいだけのこと」
「ふーん。礼儀と言うより、衝動や感情の話ね」
イルガイスは部下から外の嵐が影響しているかもしれないと情報を入れており、ゼグレスの意図を察していた。
「貴方も知ってると思うけど、あたしは人間がどうなろうと関係ないの。おおよそ、外の嵐が影響して助けてくれって事でしょ? 説得や人情話で説き伏せようなどと考えてないとは思うけど」
「ええ。此方も、予約の無く突然の押しかけ、更には感情で訴えて石王の力に肖ろうなどと厚かましい事は考えておりません」
ゼグレスは手をおもいきり広げた程の大きさの亜空間を開き、左手を入れて一つの箱を取り出した。箱を見るからに、質感、色合い、装飾などから、貴重品が入っているのは伺える。
「貴殿の協力は、等価値の物品提供か労働をしなければ得られない。今回、此方の所望と等価値の物はよく分からず、これぐらいという丼勘定で決めた物ですが、此方を交換対象とさせて頂きます」
ゼグレスが箱を開くと、中からは、青、蒼、碧、藍など、青色系統の色合いの宝石の詰め合わせと言わんばかりの八つの宝石が並べられていた。
背凭れに深く腰掛けていたイルガイスは目を見開き身を前に出した。
「――それって!? 貴方本当にそれを手放していいの?」
ゼグレスが提供したのは、先々代から引き継がれた【リギピルス】と呼ばれる、この大陸では珍しい宝石であり、数ある国宝の一つである。
「背に腹は代えられません。それに等価値というならこれぐらいを提供し、そちらで鑑定した方が早いと思いまして。時間もありませんし」
イルガイスは肘から指先までの左腕を机の上に置くと、その部分が粉々に砕け、その破片がゼグレスの箱まで転がっていった。
その砕けた宝石たちは箱を包むと、そのままイルガイスの元まで戻った。
「おいでなさい、レピッド」
イルガイスに呼ばれ、机の一角から入口で女性の石徒が現れたように、机から生まれるように現れた宝石が密集し、山となり、それが形となった。
頭、胴、手足が大小様々な丸型で構成されて組まれてた。ただ頭は胴の二倍の大きさである。
「なんで御座いましょう。石王様」
レピッドは少女の声質の濁声である。
「リギピルスを鑑定して頂戴」
レピッドは箱を丸呑みにした。
「それで、等価判断対象は何になさいますか?」
イルガイスは顎でゼグレスの方を指し、レピッドが手足を動かしてゼグレスに対象を求めた。
「今、アンドルセル王を乗せた船が嵐に遭おうとしております。何隻で航行しているかは不明ですが、それを全て助け、出来る事なら目的の港まで到着して頂きたい」
レピッドは、両手を上げて、鑑定! と叫び、蹲ると、暫くして大の字に跳ね上がった。
「獣王様の提供物と依頼を計りますと、リギピルス三つで可能となります」
「ええっ、嘘ぉ! あんた、箱まで価値に入れてないでしょうねぇ!」
イルガイスはレピッドに顔を近づけた。
「箱も価値が高いため入れてますよ。けど、その価値は低く、入れなくても宝石は三つとなります」
レピッドは石王の元にのみ存在する鑑定生物である。
初代の石王たる者がレピッドとの契約により、石王の座を設けてもらった。しかしその座に存在するには、与えられた恩恵に見合った働きをしなければならない。それがレピッドとの契約であり、それを破れば石王は存在そのものの消滅を意味する。それは、石徒も同様で消滅を意味する。
レピッドは石王の立場に立てないが、石王を失えば役目を終えて沈黙し、次の契約者を待つ石像と成り果てる。
故に、石王とレピッドは一心同体の存在であり、互いに嘘をつきあうことが出来ない。
「もし、リギピルスを八つ欲しいのであれば、それ相応の願いを獣王様が願わなければなりません」
今更、願いを所望されてもすぐには思いつかず、尚且つ時間も無いので交渉の決断を求めた。
「仕方ないわね。残りは保留って事で、どうする? 三つだけ貰って、残りは返した方がいいのかしら」
本来なら返還するのだが、ゼグレスの小さなこだわりで中途半端なものを嫌う体質も持ち合わせており、八つで一組のリギピルスを返されてもぞんざいに扱い、行方不明となる顛末となると思われた。
イルガイスもゼグレスのその癖は承知している。
「そちらで預かって頂いた方が」
「でしょうね。……レピッド、その時が来るまで貴方が預かっててもらえるかしら」
レピッドは鑑定の時同様に、大の字で飛び跳ね、了解! と叫んだ。
では。と言ってイルガイスは立ち上がり、颯爽と入口へ向かった。
「早くしないとあちらが沈没して宝石全てがおじゃんになるから、早速向かわせてもらうわ」
ゼグレスは敬礼し、感謝の意を述べた。
「急ぐから、帰るなら勝手に帰って頂戴ね」
イルガイスは手を振って去っていった。
◇◇◇◇◇
帰路について航行していたアンドルセル王の船は、激しい嵐に遭い荒波の只中にいた。
「王よ! 何かにしがみ付いてくださいませ」
乗組員達に促される前から、アンドルセルは部屋の柱にしがみ付いているが、船の上下動や傾きが激しく掴んだ手を手放し、更には部屋の置物等が押し寄せてくる始末。
外では船乗りたちが帆の調整や、いらない積み荷を捨てたりなどを行っている。
種族が獣族であるためか、船の動きが激しい中でも難なく動き回り、魔気を用いて船内部に入ってこようとする荒波に対抗した。しかし、自然の猛威に獣族が最後まで立ち向かう事は困難であり、いよいよ疲弊の色が船員たちに表れた。
それでも嵐が止む気配を見せず、荒波はさらに高い波を。その高さは船の三倍はあろう高さの波を出現させた。
その巨大な岩壁の様な波を目前にしたとき、船員の全てが絶望し、いよいよ死を覚悟した。
「アイグンブローシュゥゥゥトッ!!」
イルガイスは丁度船底の下あたりから、大波がそそり立つ位置目掛けて竜巻のような大渦を巻き起こした。
海底で大技を繰り広げられてるとは露知らず、船員たちは立ちはだかる大波が自分達に襲い掛かることなく沈静化していくのを目の当たりにした。しかし、それとは別に、大渦が発生している事態を目の当たりにし、さらなる窮地に落とされた事を悟った。
「皆様ご心配なく」
突如声がして、その方向を獣族の船員たちが目を向けると、船の先頭に小石が集まり人の形を成していった。
それが石王の従者であることを船員たちが気づくのに時間が掛かった。なぜなら、石徒がどの種族であれ目の前に現れることはあまりなく、石徒の活動範囲が海底であることからそのような事態に陥った。
「私は石王イルガイスの石徒です」
「あ、あなたがあの波を?!」
船員の一人が訊いた。
「いいえ。獣王様が石王様と交渉し、あなた達の命を助ける依頼を請けました。船から落ちた者はいますか?」
石徒の出現に驚いたが、それ以前に大渦の傍に居るのに一向に船が動かない事も不思議であった。
「いえ、誰も落ちておりません」
「船はこの一隻だけですか?」
はい。と返事をされると、女性は船員たちの方を向いた。
「では、我々石徒がこの船を港まで運びます。それまで皆様は疲弊した身体を休めて下さいませ」
そう言って石徒の女性は身体を崩し海の中へ落ちていった。途端、船が勝手に進路を変えて突き進んでいった。
まるで草原を走る獣の如き速度、光景に、獣族の船員たちは興奮し、その吹きつける風を浴び、風景を眺め、猛る思いを叫ぶことで表す者もいた。
今し方死に直面していたが、突然の急展開の連続に、表現のしようがない燻った感情を発散させるための行為でもあった。
こうしてゼグレスの交渉により、アンドルセルと獣族の乗組員たちは皆、生存した。
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