ピックスは、アンドルセル国王の一件から四日後、事の経緯を説明する為ゼグレスのいる部屋へ赴いた。
ゼグレスの部屋の前で身だしなみを整え、扉を二度、軽く叩いた。
「どうぞ」
ゼグレスの声を合図にピックスは「失礼します」と言って、扉を開けた。
「やあピックス」
鋭い切れ長の目に端正な顔立ちの、一見すると人間のような黒い紳士服姿の男性が、部屋の本棚へ本を戻している所であった。
「代理の遣いのつもりが、此度は災難でしたね」
「いえいえ。おいらも人間の城とか貴族とか、色々知りたいから志願したようなもんで、全然気にしないでください」
ゼグレスは本棚からピックスの元へ歩み寄って来た。
「話は大まかには聞いているが詳細を知りたい。少し君の見た光景を見るが、よろしいかな?」
「そんな、了承なんて取らないでくださいよ獣王様。おいらは何があっても獣王様の指示に従いますし、おいら達の王様なんだから、ここは、「見せてもらおう」とか、王様っぽく命令で」
「それはなりません」
獣王ゼグレスは他者に対しての礼儀に厳しい。それは、自他共にである。
こうなった経緯は、ゼグレスの祖父に原因があるみたいだが、この詳細は一部の幹部の者しか知らない。
「いくら王と部下の間柄であれ、命令に従い、予想外の惨事に見舞われる状況においても負傷者を出さない気遣い・対応をした者へ、無礼な態度を示すなど、礼儀に反するどころか、獣族の風上にも置けません」
(そこまで言わなくても……)ピックスは言葉にしようとしたが、本能的に心中で呟くだけにした。
「では、失礼しますよ」
ゼグレスはピックスの両こめかみに両手をそっと当て、じっとピックスの両目を見た。すると、ゼグレスの紫色の眼が真っ赤に輝いた。同時に、その目を見ているピックスの両目も真っ赤に光った。
十秒ほどで両者の目は元に戻り、ゼグレスは両手を後ろに回し、姿勢を正した。
「……なるほど。これは少し面倒な事になりそうですね」
「え。あれって普通に何かが憑いて、祓うとかで解決するとかいうものじゃないんですか?」
「ええ。確かに君が対峙したモノは、何かに憑く類のモノ。【黒煙体】や【思念体】などと言います。しかし、その連中が出来る事は、対象者へ恐怖を与える。もしくは憑き主を操り奇行などを行う位」
「へぇ。てっきりおいら、思念体が巨大化して襲ったりとかすると思ってました」
思念体。所謂、幽霊のような存在である。
「覚えておいた方がよろしい。あのような誰であれ可視化できる思念体は、君の言った事が出来ない。その事を踏まえると、君が対峙したモノはその理に反する」
ピックスは理解した。
「あ、そうか。あれはアンドルセル国王の赤ちゃんに憑いていた。けど、そこから出て来た奴はおいらと戦って、しかもかなり強かった」
つまり、接触出来ない筈がそれを可能とし、強大な力を生じさせた。
明らかに思念体の道理を逸脱していた。
「その通り。あれは思念体であってその理に反する存在。まあ、心当たりがあるので、二、三日中に原因が判明する筈です。……それはともかく、君は応戦した際、所持していた刃物を壊してしまいましたね」
ピックスは腰に下げた二本の短刀に触れた。
「はい。あ、でも、問題ないですよ。また次の物を買えばいいし」
その表情はどことなく寂しさを滲ませていた。
その点を、ゼグレスは見逃さず、幾つかその原因となる仮定をし、最も当てはありそうなものを選んだ。
「誰かの形見ですか?」
「え? ……ええ。おいらの爺ちゃんの形見です。なんでも爺ちゃん、昔は凄い戦士だったみたいで、この武器も、その当時仕えていた王に作ってもらった凄い物だったみたいで……」
ゼグレスは軽く握った左手の人差指と親指を口元に当て、考えた。
「レッドクローフォックス……他の王……」
考察中に呟かれたのは、ピックスの獣族名であり、他の王に仕えて歴史を思い出していた。
「そうですか。ベッゲルグ殿の血筋でしたか」
「え、獣王様、爺ちゃんの事知ってるんですか!?」
「ええ。かつて先代の石王に仕えた有名な獣族です。……そうですか。その短刀を見せてもらえますか」
ピックスは鞘に入ったままの短刀を丁寧に手渡した。
ゼグレスはそれを受け取り、片手で二本を掴むと、もう片方の手で腰ほどの高さの、何もない所を、机の上を撫でるように動かした。
その何もない所に、淡く光る布の様なものが出現すると、ゼグレスはそれぞれの短刀の鞘を掴み、逆さに向けて布の上に刃の折れた短刀を落とした。
布に触れた短刀は、ふわりと宙に浮き、暫く上下に揺れたが間もなく止まった。
「なるほど、珍しい鉱石を用いて作られています。きっとベッゲルグ殿は大層な功績を残し、石王から頂いた代物なのでしょう」
「けど……折れちゃあしょうがないですよね」
「これはこれで役目を全うしただけの事ですよ」
ゼグレスは短刀の柄を、それぞれ左右の手で掴み力を入れると、短刀の折れた刃も、ゼグレスの両手も、腕も含め、突如発生した黒味の混ざった紫の炎に包まれた。
魔種族の王に与えられた力【王力】。それは元からある力の向上効果をもたらす力である。
ゼグレスは自身の技に王力を合わせたことで、炎の勢いが激しい。
暫く、火炎放射機で放射されるような、ボー。という音と、激しく燃え盛る炎に、ピックスは見惚れた。
突然に炎が消え、容姿の違う、以前よりも鋭く煌びやかな刀身の短刀二本が姿を現した。
「久しぶりにしましたが、まあ上手くできましたね」
ゼグレスは短刀を鞘に納めると、ピックスに渡した。
「これは、お披露目式での功労の証と致します」
短刀が治った事よりも、ゼグレスに作り直してもらった事が嬉しく、ピックスは抱きかかえて喜んだ。
「有難うございます! おいらの一生の宝物にして、家の家宝にします!」
「いいえそれはいけませんよ」即答された。
その返答に、ピックスは疑問を表情に出した。
「武器はその形を成したなら、それが使えなくなるまで使う事が常識です。例え誰に渡されたものであれ、武器としてそれが形を成しているなら使えなくなるまで使用するのが、渡した者、その武器に対する礼儀。この技は中々会得できるものではありませんが、だからといって私が作った武器は、君を守るため、君が守ろうとした者を守るために使用されなければ意味がありません。飾り物とする事は無礼ですよ」
ゼグレスの言葉がピックスの心に響いた。
「はい! 分かりました。おいら、この短刀をしっかり使いこなします」
それを腰に下げると、満面の笑みのまま、ゼグレスに挨拶をして部屋を出て行った。
「……さて、大変な事になりました……」
ゼグレスが呟くと、自身の影から黒い影を出現させた。
その影は人の形に姿を成し、やがては竜族の女性へと変貌した。
「話は聞いてましたね。ヴィヴィ」
「はい。早急に原因の究明と対策にかかります」
「頼みましたよ」
「御意のままに」
ヴィヴィは部屋を出て行った。
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