場所はアンドルセル王城の中庭。オーリオ王子を救う当日。
太陽が顔を出して少し上ったぐらいの朝、中庭にはアンドルセル王と英雄マルクス、そして護衛兵と数名の兵が集まっていた。
本日の集合も段取りも、ドルグァーマとゼグレスの状態も、前もって打ち合わせ済みである。
空は灰色味が濃い雲が大きな塊をいくつも作って漂っている。外気も肌寒いが風が吹いていないだけで、まだ寒さは抑えられている。
中庭に集まった者達の緊張は、門兵が獣王達が訪れた報告を受けた時に張りつめた。
中庭に、獣王ゼグレス、竜王ストライ、そして魔王ドルグァーマは案内された。
過去、ドルグァーマ討伐以降、彼に謝罪も無ければ話し合いの席も用いてなかった為に王国側は気まずく、さらに彼から発せられる気迫により緊迫していた。
王力が乏しく老体であったドルグァーマの姿は、青年期の様相であった。その事情は三人が集合した時まで遡る。
◇◇◇◇◇
テンセイシャの件で大まかな事情を説明したゼグレスは、懐から薄黄色みがかった液体の入った小瓶を取り出した。
「これは貴方が使いなさい」
ドルグァーマはその小瓶を受け取り、それが何かを訊いた。
「一時的に王力を回復する秘薬です」
それは獣族が代々受け継いできた秘伝書の一つに記された薬液で、必要材料は珍しいものばかりであり、生成はすぐできるが素材集めに苦労した。
大半の材料はピックスが五日以内に採取し、最も入手困難とされたコケ植物は、石王イルガイスの城の一部に生えているものであることが判明し、交渉の結果最後のリギピリス一つと引き換えに入手可能となった。
「貴方も私も先の一件で王力の消耗が激しく、七王は我々三名。相手が先の影の件同様の現れ方をすると考慮しても、我々に勝ち目はあっても被害は甚大なものとなります。よって、一つ作戦を講じて来ましたので、それに従ってもらいます。ちなみに、ビルグレイン側には報告済みですので」
ドルグァーマもストライも素直に訊いた。
二人の素直さには裏がある。
ドルグァーマは様相が既にドーマ爺さんの域に達しつつあり、このままでは素性がマルクスに判明してしまう。既に薬液を貰った時点で悩みの大半は解決した。
一方のストライは集合してから二人の王力の少なさに焦り、自身が王力を解放して戦うとビルグレイン王国は壊滅的被害を被る。それ即ち、メフィーネ信者が滅されてしまうことであり、焦りがさらに増長していた。この策に掛けるしかない一心である。
ゼグレスの策を聞いた二人は、自身達の性格を考慮し、渋る反応(勿論、演技である)を見せたが、その態度が長引かせれば、”自分達が不利になる別の策が練られるのでは?”と不安視し、見栄張りを控えて了承した。
◇◇◇◇◇
薬液を飲んで若返ったドルグァーマと目が合ったアンドルセル王とマルクスは、視線を落として逸らした。
「ふん。事情の行き違いから俺様の城へ襲撃をかけてきた者達が、何をそのように臆す必要があるのやら」
一応、魔王襲撃事件以降、彼らとは会っていない前提の為、自然さをドルグァーマは装ったつもりであったが、いの一番に反応したのはゼグレスである。
(不敬な! 何を持ってそのような態度を!)念話である。
(案ずるな! こちらにも事情あっての対応だ! いきなり快い対応だと不自然すぎるだろ!)
不本意だが、ドルグァーマなりの事情があり、それを知らずに横槍を入れるのは無礼とゼグレスは判断した。
(敵意がないのならいいが、もしもの時は全力で止めますよ)
(安心しろ、此方とて恨みなどはないのでな。集中する、切るぞ)
念話を終え、ドルグァーマは芝居に集中した。
「魔王殿、ここは気を静めてくれんか……。そちらの事情を知らぬままに無礼を働いたことは謝る」
アンドルセル王が頭を下げた素振りに一番反応したのはゼグレスだった。静かにドルグァーマ目掛けて威圧を駆けている。その威圧に耐えながら、ドルグァーマは芝居を続けた。
「ふぅ。まあいい、此度は非常識な思念体が絡んだ一件。今後、互いの行き違いを知り、友好な関係を築くには先に彼奴を浄化することに専念せねばならん」
視線をマルクスに向けると、歯を食いしばって見つめられた。
「なんとも言えんと言った顔ではないか」
何故か小首をかしげ、若干見下したような表情で見返した。
「英雄様様ともあろう者が、強者であるなら臆する必要があると?」
マルクスは何かを言おうとしたが、返すことが出来ず、またも視線が逸らされた。
過去、ドーマ爺さんとして接した時、マルクスは魔種族の血族である不安とフィナの将来を心配したマルクスの姿が思い出された。
相手の反応を見て玩んでいる感情と、マルクスへの同情が入り混じったドルグァーマは、すぐに話を切り上げようとした。
「まあ――」
「私は何も悪いとは思っていない」
まさかの反応に、ドルグァーマは、心中で、”何を!?”と、反論した。
「当時の魔族は人間への被害により討伐対象とされていた。私も家族を守るために戦ったまでだ。……ただ、それだけは分かってもらうぞ」
その姿と、悩み苦悩する姿がまたも入れ交じり、既にドルグァーマの心的負担は増すばかりである。しかし、不自然な対応は出来ないとばかりに、強気な対応は続けた。
「まあいい、本件は互いの目当てが同じ故、過去の事は一時水に流そうではないか」
雰囲気として、マルクスとドルグァーマの溝はあまり埋もれなかった。そんな中、ドルグァーマは一番気掛かりな事を訊いた。
「時にマルクスよ、お主娘がいるのだろ? 息災か?」
「娘の事は関係ないだろ」
といいつつ、マルクスは何か気づいて反論した。
「まさか、フィナの病気と何か?」
今、フィナは病気を患っている。そのことが今ドルグァーマを動かすきっかけになったが、今ここで動いては全ての演技が水の泡である。
「いや、共闘相手に害を成しはせんよ。それよりやま――」
「雑談はそこまでにしましょう」
ゼグレスが割って入り、後に残されたのはドルグァーマの焦燥と不安と煮え切らないモヤモヤした気持ちだけであった。
そんな彼を他所に話が続けられた。
「今回、オーリオ王子の憑きモノを外に出した時点で何かしらの変異が起こると思われます。それは、先の影出没事件と関連のある現象かと」
「そ、そんな……。確か息子の憑きモノを祓えば良かっただけだと」
「ええ。当初、私もそう思っておりました。しかし事態はもう少し複雑となりました。ですが此方も無策で挑むわけではありません」
ゼグレスは更なる説明を続けた。
この再会は、それぞれの心に負担をかけている時間であった。
ビルグレイン王国側は、先の魔王討伐に関する負い目。
ゼグレスは、王子の憑き物が悪い予想通りの展開を繰り広げるかどうかの不安。
ストライは、自らの行い、素性がバレないかどうかの焦り。尚、顔が隠れる仮面を被り、静観に徹している。
ドルグァーマは、なぜか裏目に出てしまう発言の負担と、突然聞かされたフィナの良くない容体への心配。
その場にいる誰しもが、気が気でない状態であった。
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