「悪い予想が当たってしまいましたね」
ガンダルが黒生物を出現させた時、見晴らし塔から様子を眺めるゼグレスは、周囲に点在する、まるで漆黒の湖の様な現象を目の当たりにした。そして自身の予想的中に焦りが生まれた。
「ゼグレス殿、あれは一体……」
「以前現れた影の大群でしょう。手筈通り、兵隊の配備はされてますよね」
「え、ええ。ですが、あれ程の大群を相手取ると、一部隊一部隊では人数が」
ゼグレスは別の場所を見ると、手を上げて合図した。
「ゼグレス殿、今のは……」
「ええ、事態は見事に最悪の事態ばかり的中するようです」
兵隊長は意味を求めた。
「相手は云わば幽霊や怨霊の類と言い換えてもいい。よって人間の物理的な攻撃が機能しないのではと仮定しました。それが的中した」
「それでは対応出来ない!」
「ええ。ですが竜王のアルガを用いればそれも可能となります。が、もう暫し時間が掛かります」向きを変え、後方の兵に訊いた。「王子の容態は!」
ゼグレスとは反対に立っていた兵が王室の窓から合図を受けた。
「無事です! 憑きモノが消え、王子も無事です!!」
安堵の溜息がゼグレスと兵隊長から漏れた。
「ゼグレス殿やりましたな!」
「ええ。一段階は終了しました。後は手筈通り王妃と王子を神聖な場所へ御送りすれば安全です。それよりも、私はあちらの相手をしてまいります」
「相手って、あれ程多いものを相手取るなんて!」
「私個人の心配は無用です。アレが一斉に掛かってきた方が私としては非常に楽に済みます」
それを聞いて、改めて獣王というのが強い存在だと思い知った。
「現状は配置した兵達の負傷具合が心配です。以前同様、神聖な場所へは近づけないようにはしておりますが、それ以外の場所が心配です。私はそこへ向かいます」
「お待ちを。既に王子の安全は確保されましたので、我々も手分けして向かいます」
「しかし攻撃は」
「神聖なものが弱点と言うなら、聖水や、気功の類も効果的と聞いております。それでしたら我が国の兵達は実力の格差はありますが使用できます。竜王殿の御業を待っている間の時間稼ぎは可能ですので」
ゼグレスの中にピックスの言葉、『全部獣王様が解決しようとするのは、礼儀どうこうより、引き受けすぎじゃないですか?』が思い出され、肩の力が抜けた。
「一人で抱え込む私の悪い癖ですね。……では、私は足が速いので遠くを、皆さんは近くの兵達へ」
漠然とした指示の途中、傍に居た兵が兵部隊を配置した地図を広げて見せた。それは場所の指示を明確にするようにと言っていると思われ、ゼグレスは従った。
「では、我々は城近辺の三、四、六、九部隊を優先的に回ります。そこから二、五と向かいますが、一、七、八部隊の方をお任せできますか? 我々も竜王様の御業が起きた際、出来る限り援護に向かいますので」
「分かりました。では、互いに御武運を」
「御武運を」
そう言い合って、ゼグレスは窓から飛び降りた。近くの足場に着地するとまた跳び、地面に着地すると瞬く間に走り去っていた。
「我々も向かうぞ!!」
兵隊長の合図を期に、返事が成され、一同配備部隊の元へ向かった。
◇◇◇◇◇
一方、廃れた教会跡と思われる場所で、座れそうな椅子に腰かけてドルグァーマは待機していた。
ひょんな事からフィナの現状を聞かされ、居ても立っても居られない衝動を抑えつつ、対してドーマ爺さんとなって看に行ってあげたい気持ちが膨らみつつ、やはりそれを抑える理性を働かせた。
もう、頭も心もどうにかなってしまいそうな葛藤に悩まされ、貧乏ゆすりが治まらない。
そんな悩みの最中、入口に思いもよらない人物が現れ、その姿を目の当たりにするや、驚きと同時に怒りが込み上がった。
「何をしている! ここは戦場となるのだぞ!!」
相手は二人の護衛兵を連れたアンドルセル王であった。
「すまぬな。今がどれ程危険かは理解しておるが、どうしてもお前さんと話をせねばならん。事態は承知しておるが、許してくれ」
察しは着く、かつてアンドルセル王の命令によってドルグァーマへの討伐命令を下したことであるとは。
「ええい、どうせ過去のワシへの横暴であろう。その事は今はどうでも――」
「――どうでもよくは無い!!」
気圧され、ドルグァーマは黙った。
「ワシは一方的な偏見で、悪性の魔種族とやらから我々を守ってくれた御仁に対し、一方的な暴力により害をなしたのだ。それは許された事ではない!」
「許すも許さぬも、それは当時、互いが互いへの理解が無く、そういった場も設けておらんかったゆえの惨事であろう!」
「だからと言って許されるものではない! この時、このような惨事でどうなるか分からんのだ。この機を逃してはいつ謝罪出来るか分からん!」
王は護衛兵の前に立ち、ドルグァーマと向き合うと深々と頭を下げた。
「すまんかった。ワシは下手をすれば素晴らしい御仁を殺める命令を下してしまっておった」
まさかこの状況で、このように謝られると、ドルグァーマは調子が狂い、頭を掻き、呆れ顔を露わに溜息を吐いた。
「お主の命に誤りはありはせんよ。結果論としてはワシに対しての詫びを入れておるが、もし当時、お主が命を下さねば何かしら別の惨事を招いたかもしれん。戦争など、個人の価値を見ようとせん厄災のようなものでしかないからな」
「しかし!」
「良き未来を迎えた。ワシもお主もこうして生き、こうして向かい合って話し合い、当時の事と向き合い理解しあえた。……それでいい」
アンドルセルは何かを言おうとしたが、感情が言葉にまとまらず、留まって気持ちを飲みこんだ。
「用は済んだな。なら早く戻れ」
その命令に、アンドルセル王はドルグァーマが座っていた椅子へ向かった。
「おい!」
「ワシは」向き合って腰掛けた。「ここに残る!」
その行為にドルグァーマは勿論、護衛兵二人も驚いた。
「いけません、王。ここに居ては」
「そうです。危険ですので」
「いや動かん。多くの者が、魔種族の王達がこの惨事を止めようとしてくれておるのに、この国の王が安全な場所で護ってもらうなど、あってはならん!」
今度はドルグァーマが反論した。
「言ってる場合か! お主は戦えん側だ! 大人しく待っておれ!」
「相手は神聖なモノに弱いと聞いた! ワシも、聖書や聖水や、ほれ、有名な女神の飾りまで持っておる」
まさかこの時点で女神メフィーネを象った物を見せられるとは思いもせず、改めてストライの信仰心に圧倒された。
「それに、作戦では神聖な加護が与えられると聞いた。この二人も剣術は中々のものだ。きっと護ってくれる」
確証の無い自身。
過度な期待。
その感情はあまりに危険極まりなかった。
ドルグァーマは大きく一息つき、離れた位置の地面を、魔気を右手に纏わせた状態で触れた。すると、白い模様の円陣が出現した。
「効果の程が分からんモノより、この中で見ておれ。相手がワシに劣る輩では決して入ることもままならん守護陣だ」
護衛兵は、安堵し、アンドルセルを連れて中へ入った。
椅子は近場の座れそうなものを持って来て、それにアンドルセルを座らせた。
そんな中、周囲一帯の空気が冷たく、それでいて張りつめた感じをドルグァーマは察した。
「何が起きるや分からん。そこから出るな」
守護陣の三人は頷き、緊張する周囲を見回して警戒した。
静かで、それでいて何かが起こりそうな不安を増長させる空間。
事態は、もうしばらくして、砲弾が撃ち込まれたような衝撃音と共に起きた。
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