SEVEN KINGS

~規律重視魔王と秘書の苦労譚~
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Ⅱ 人を襲う影(前編)

公開日時: 2021年8月4日(水) 09:47
文字数:4,261

「ねえゼグレス、なにか貴方に難しくて私に容易な要望とかないの?」

 ゼグレスは巨大で表面が凸凹の透明な水晶に映る石王イルガイスと話をしていた。話といってもイルガイスはゼグレスから貰った宝石【リギピルス】を早く自分の物にしたい一心である。

「そう急かされても、殆どが此方で対応できる事ばかりですし、否応なく石王の力を使用するものでもありませんよ」

「えー、堅すぎでしょぉ。あ、そうだ確かこないだ助けたビルグレインの王様? 重要な問題抱えてるんでしょ? それを解決するってのは?」

「あれは此方で対処する案件。石王も参加という形でしたら歓迎は致しますが、そのような報酬ほしさの邪念持ちで対応すると相手の質を高めてしまいます。さらに、石王の力が遺憾なく発揮されるのは海中でのこと、この件はどう考えてもそちらに不利です。宝石欲しさに色々失う事態を招いてしまいますよ」


 そうはいうが、ゼグレスは中々要望をイルガイスに言わない。このままだと何年経っても宝石は手に入らないとイルガイスは焦っていた。


「ってか、風の噂で聞いたけど、不審な影が出現したんでしょ? その件はどうなったの? それぐらいならこっちでも対応可能だけど?」

「ああ、それでしたら解決済みです。ですが原因不明で、なぜ現れたか分からない奇妙な一件でした。それに関し、此方も配下の者からある情報を得ました。そちらの領海近くの孤島に占い師のエヴェリナという女性がいると思います」

 イルガイスは洞窟外の事情に疎く、石徒に情報を求め、暫くして返事が帰って来た。

「彼女の元へ雪王が来た。という情報です」

「え!? 本当に? あの雪国から一歩も外へ出ない婆様が!?」


 雪王・クォルテナ=イージレッド。七王の中で一番年老いているが、一個体が一定年数を経過後、記憶等が消え、また一から王として役を担う存在を繰り返す。【一代転換再生いちだいてんかんさいせい】と呼ばれる、再生と退化を繰り返し世代交代する体質を有している。

 これは石王も一代転換再生体質であるが、雪王と石王は転換再生をした際の変化が異なる。


 それは性格。


 石王は性格や言動が変わるが、雪王は一貫して同じ性格のままである。

 ピックスの祖父が石王に仕えることが出来たのも、以前の石王が他種族の協力を重視していたからである。


「あの方が訪れたというなら、何かしらの事情があるはずです。私はここ最近城を空け続けていたため、暫くは此方の用事に専念したいのですが、もし宜しければこの雪王の動きの事情を報せていただきますか?」

 イルガイスはレピッドを呼び出し、前回の海底整備も合わせて宝石何個分の案件かを査定してもらった。結果、海底整備と雪王の件でようやく宝石一つ分となった。

「ああ! 先は長いわ。じゃあ、石徒に調べてもらうから、二三日待ってなさいよ」


 僅かに苛立ちを滲ませつつイルガイスは通話水晶を閉じた。通話が終わると、ゼグレスの影からヴィヴィが口出し許可を求め、ゼグレスは了承した。


「なぜ影の件をあのような安易に説明を? 確か魔王様が【アルガ】を使用する程のものだと」

「あの『規則病』が何を思って【アルガ】を使用したかと石王への詳細を伏せたのとは別物です。そもそも、七王たる者の力を用いればあの程度の影は容易に消すことが出来ます。まあ、此方もアルガを使用した経緯を知らない手前、全てを非難するのは下品です。使うべくして使ったのでしょう」


 これはもう、同族嫌悪でしかないとヴィヴィは呆れながら感じた。


「では、なぜ石王様への詳細を伏せられたので?」

「何も隠し立てはしてませんよ。石王に言った通り、影の詳細が不明すぎる点と雪王がエヴェリナの所へ現れた事情。雪王は呪いのせいで国を離れるなど滅多にない。その彼女の外出時期と影の出現がほぼ同じという点は、どうも偶然として片づけるには些か早計と思いましてね。そちらの確認を優先させた次第で、影の件はもう少し事情が明らかになってからの方が宜しいと判断しました」


 ヴィヴィも情報収集をしようかと述べたが、ゼグレスはイルガイスの報告を待ってから決めると返した。そして、ここ最近働きづめのヴィヴィへの三日間の休暇命令を言い渡した。


 ◇◇◇◇◇


 ――それは五日前のことだった。


 ゼグレス経由でビルグレイン王国の近辺に相次いで黒い影の化物が出現するという情報がドルグァーマに伝わった。

 影の化物達は出現して消えるを繰り返した。そして時間が経つごとに出現させる姿を変え、出現時間も徐々に長くなった。それは一時間で一歩歩くほどの出現時間であったが、三時間後には五歩ほど歩け、一晩経つと十分は出現出来るまでになった。

 化物が人を襲う事はなかったが、それは触れられなかっただけで、襲い掛かろうとしている仕草は確認されている。

 この報告を受けた時、オーリオ王子の憑きモノとの関連をベレーナはヴィヴィに訊いたが、不思議と関連は無いと返答された。ゼグレスもそれを気に掛けていたらしい。


 それはさておき、影の情報を聞いたドルグァーマは、出現場所が英雄マルクスが住む町の近くである事を知った。それはつまり影が悪性の化物であった場合、フィナが危険に晒されるという事と同義である。

 ビルグレイン王国内の出来事であり、密かに増えつつある女神メフィーネ信者が住まう国であるため、ストライも配下の者を数名ずつ向かわせて事に当たらせたが、どうしてもドルグァーマは自分の手でフィナを……ではなく、この案件を解決しなければ気が済まず、城の事を従者達に任せ、ビルグレイン王国へ赴いた。


 この時、様相は五十代半ばの初老の男性姿である。これはドーマ爺さんまでは間に合わず、とりあえずは魔王の遣いであり、厳格な面持ちの紳士的な男性の装いに伊達眼鏡で誤魔化した。


「では、事態の詳細を伺いたいのだが」

 強めの眼つきと風貌は、対応した兵隊長に緊張を与えた。

「出没原因は未だ不明ですが、今のところ人死にの被害はありません。しかし軽傷ですが襲われたり体調不良や幻覚を見るなどの証言が相次いでます」

「ほう。幻覚とは如何な内容で?」

 昨今、老人演技に磨きがかかり、こういった五十代厳格紳士演技も様になっている。

「詳細は不明ですが、何やら争いの光景が見えるそうで」

「なら、呪い師などや聖職者などと協力すればいいのでは? 精神に干渉する類の影など、怨霊などの類でしょうに」

「それは全て試しました。しかし祓われるどころか人を襲う影が増える一方で、最近では新たな宗教を広めようとする輩も現れる次第で……」

「詐欺商法なら取り締まったほうがよろしい。そのような悪行の芽は早めに摘むにこしたことはない」

「あ、いえ、何も売ってはおりません。ただ、ある女神を称えるというだけで、配っているお守りの飾りも無償で提供しているらしく、今の所は警戒対象というだけで。……魔族の方なら聞いたことありませんか? 女神の名は――」


 その名を聞いて、ストライ=オーフィユスの祈る姿が浮かんだドルグァーマは視線を逸らした。

 暫く沈黙が訪れると伊達眼鏡を治し向き直った。


「失礼、私にはそういった事はさっぱりで。さておき、話を戻しましょう。軽傷と仰いましたが暴力を振るわれたので?」

「あ、ええ。まあ、寄せられた情報では腕を振り下ろしたり払われたりの動作で、影達の意図するところがまるで分かりません」

 結局、影達は現れた当初より生物に直接的な接触が出来るまで進化したという以外の目ぼしい情報が得られなかった。

 ドルグァーマは現在において影達の出現場所を地図で示してもらった。

「ほう。街内部では出現されておらず、一部の町でも出現していない……と」

「はい。これも聖職者の話によれば、影達は神々の加護があると思われる場所への出現はありません。城下町や教会がある町では影が現れません。他にも、家の中で信仰して神を象った何かを崇めている家の中にも影は出現しません。つまり影は悪霊の性質を微かに備えている為、出現出来ない場所がはっきりとしているのかもしれません。まあ、そのせいで」


 ストライが信仰する女神の信者は増えたというのは容易に想像出来る事であった。

 ドルグァーマは左手を上げて言葉を遮った。


「お察ししました。では、この影の出現頻度の濃い場所を重点的に調べますので、結果が分かり次第報告しに参ります」

「あの、誰か兵を遣わせますが」

「心配無用。こう見えて魔王の側近ゆえ」

 ではなく本人です。

「この程度の影風情に遅れは取りません」

「これは頼もしい。では、此方は吉報をお待ちしております」

 では。と言ってドルグァーマは部屋を出てた。


 隊長兵士も、城外へ出ていくまでにすれ違った男女それぞれの兵士達や役員たちも、彼の対応と素振りに敬意を払いその対応に感服していた。


 紳士的に振る舞う事を城下町外へ出るまで続けたドルグァーマは、人目が無いのを確認するや、血相を変えて駆けだした。

(まずい、マルクスの住む町は教会も無く影のよく出る場所ではないか!)

 それはつまり、フィナが影の餌食になる危険性を高めていた。

 ドルグァーマがマルクスの住む町付近の丘へ到達すると、一面は影だらけであった。


「なんという……」

 唖然と、その光景に気を取られていると、遠くで迫る影に向かって棒を振り回す女性の姿が飛び込んだ。

「この! この! どっか行ってよ!! 早くしないと――」

 その姿がマルクスの妻であると判明したドルグァーマは、全身に魔気を集中し駆けた。その勢いで進行方向の影達を次々に消し飛ばした。

 妻の前へ到達すると、急停止したものの土埃が飛び交い、ドルグァーマの周りに漂った。


「あ、あの……ありがとうございます」

「そんな事より、なぜこんな危険な所へ!?」

 そう聞くと妻は娘の名を思い出したかのように発した。それは、即座にフィナが危険事態にあるとドルグァーマの中で導かれた。

「旦那と娘が森の湖へ散歩に出かけたのです!! お助け下さいませ!!」

「なぜこんな異常事態に散歩など!!」

「だって、急に影が現れて。それに湖にはいつもお参りに行ってる神様がいて……」


 気が動転した妻は涙を浮かべ、間もなく頬を伝う程に溢れた。


「ワシが見てくる。奥方は家へ帰り信仰している神に祈りを捧げるんだ」

「え?」

彼奴等きゃつらは神とやらの加護に弱い。いいか、娘と旦那はワシが必ず連れ戻す。それまで家から出るでないぞ!」


 そう言ってドルグァーマは森へ駆けて行った。

 まだ姿が老人化していない彼が誰か分かっていないマルクスの妻は、名前を聞こうとしたが既に相手の姿は無く、人間離れした技の持ち主の魔種族だと分かるぐらいであった。

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