ゲレーテの妙案。
『ストライが出張神父として、教会の方々と触れ合う』
ビルグレイン王国の教会が崇拝する神は、あらゆる神の信仰も受け入れる姿勢が備わっている情報を得ている為、メフィーネの小さな彫刻を置いて祈る事も受け入れられる。
なにより、その教会には主となる神の銅像の傍らに、木彫りなどのあらゆる神の像が並べられていた。
ストライは元々人間の様な見た目であるため、人間の姿に化けるには時間が掛からない。
竜人であり竜王であることも関係していると思うが、日々の祈りの成果が功をそうしてか、教会の者達が一目見た時から『何かが違う』と、感じ取っていた。
王国に訪れた理由はガンダルを連れ戻す筈であったのだが、このような教会にお世話になる事態に至ったため、最低でも一週間の修行という事で滞在しなければならなくなった。
現在、色んな人の悩みを聞いているストライだが、着々と、言葉巧みにメフィーネ信仰の幅を利かせている。
まさかの収穫に、ストライはこの七日間、必死に悩みを聞き、出来うる限り最良の答えを返した。そしてメフィーネの祈り人を増やしていった。
「ストライ様、いかがお過ごしでしょうか」
ストライは定期的にゲレーテと念話で状況確認を取り合っていた。
「重畳だ。着々とメフィーネ様信者が増えつつある。そちらはどうだ?」
「はい。ガンダルの暴走は既に実行されました」
ストライは驚き、事情を訊こうとしたが、その言葉を発する前にゲレーテは応えた。
「――しかし、私の到着前に獣王様の秘書・ヴィヴィさんがア奴の暴走を阻止して頂きました次第です」
「ったく、よりにもよって面倒な王の秘書に見つかるとはな。何か言われなかったか」
「はい。みっちりと指摘されました。更に、ア奴めに注意するようにと釘を打たれ、一応しっかりと告げましたが、恐らく効いては無いと思われます」
「分かった。あいつには師である私からきちんと告げておこう」
そうこうしているうちに、次の悩める者が訪れた。
「次の信者となる者が現れた。念話はこれまでだ」
強制的にストライは念話を閉じた。
◇◇◇◇◇
「それで、悩みというのは?」
ストライは所定の位置から、ローブのフードを目深に被り、外そうとしない女性の悩みを訊いた。
「あ、あの、実は……おう――いえ、夫の事なのですが」
女性は何故かたどたどしい。
「旦那様がどうかされましたか?」
「いえ。あ、でも、信じてもらえないかもしれないのですが……」
こういった悩み人は珍しくない。
打ち明けた悩みが、自分の逆らえない者に漏れてしまい報復を恐れる事や、悩みの内容を周囲に口外されることで生活しにくくなると言った事が多い。
「奥様ご安心してください。ここでの悩みは如何なるものであれ、決して他に漏れる事は御座いません。どうか勇気を振り絞って打ち明けて下さいませ」
ストライの心強い励ましにより、女性は意を決して打ち明けた。
「じ、実は、信じてもらえないかもしれませんが、夫が、魔族の方と友好関係を結びだしたのです」
魔族。それは未だ人間が種族の分類を知らない為、一括りにされた呼称。そういった大雑把な枠取りをされている事もストライは気にしていない。
しかし、ついつい、一応、王として口を出してしまう。
「失礼ながら奥様、魔族というのも種類が御座います。魔人族、竜族、獣族――」
「そのような事はどうでも構いません!」
遮られ、ストライは黙った。
「話は大体伺っております。魔族も、このような呼び方ではない事も、友好的な者が多い事も。ですから、彼らと友好を結ぶことを否定も拒絶もしていないのです」
「では、どういったことで?」
「ま、魔族の方々と友好関係を結ぶのでしたら、一刻も早く息子の容態を解決させる方法を見つけてほしいのです!」
ふと、教会前を通った人物が視界に止まり、一瞬だがガンダルに似ているような気がしたが、すぐに放っておき女性の息子の事情を求めた。
「息子は全身を黒く染める魔物に憑りつかれました。式の時に変な化物が現れ、狼の様な魔族の方が相手取り、その場は誰も怪我をする事なく治まりました。でも、この前、変な魔族の方が現れ、息子に憑いたモノと戦いたいといい、戦いましたが負けてしまいました」
ストライはその状況に心当たりがあるが、感極まってハンカチで涙を拭う女性は話を続けた。
「一応、息子は二か月は安全と言われましたが、あのように化物が出たり入ったりする状態で、安全だなんだと言われても信じられません! 夫も、魔族の王とやらに会いに行って中々帰ってきませんし、そう言えば、前々から変だったんです」
「変とは?」
「物を置いた場所を忘れたり、時々ですが、朝に変な臭いを漂わせたり。そう言えばひと月ほど前、寝言で変な事を言ってました」
「……どのような?」
女性は泣き顔のまま顔を上げた。
「”もう、持ってくるな!”……と。もう、我が王家は何かに憑かれている証拠です!」
この状況、女性の最後に言った王家の言葉。もう何を隠そう、女性はアンドルセル王の妃であることは明白である。
ここまでの会話で彼女の悩みが取り越し苦労だという事も明白だ。なぜなら相談相手が竜王であり、王子の憑きものがどういったものか把握している。
二か月待てとなれば、待つしかない。アレはそう言った憑きものなのだから。
王の異変は考えるまでも無い。
物忘れ、加齢臭、公務の心労による寝言。
アンドルセルも苦労しているのだと、ストライは納得した。
「奥様ご安心を。私の知り合いにも魔族の者がおります。魔族のある王には、礼儀礼節を重んじる者が多く、そう言った王に仕える魔族は人間に対し友好的です。そして、人であれ魔族であれ、傷つける事を拒む者が多い。故に、奥様の御子息が無事というなら無事なのです」
「しかし!」
この流れ、この反応。不安で不安で仕方ないのは明らか。そして、安堵できる心の支えが欲しい事も容易に想像がつく。
これはアンドルセル王の妃であれ、ストライにとってはカモでしかなかった。
「奥様は現在、不安と恐怖により心に余裕がないと――」
あとは経験を積んだストライの巧みな言葉遣いにより、間もなくして、妃はメフィーネ様の信仰者となってしまった。
ストライのメフィーネ信者量産計画は留まるところを知らなかった。
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