SEVEN KINGS

~規律重視魔王と秘書の苦労譚~
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Ⅴ 転生した少女・クラサワマヤ(苦悩)

公開日時: 2021年8月5日(木) 18:15
文字数:3,583

「……なぜ自殺など?」

 ゼグレスはマヤにその事情を訊いた。マヤは言いにくそうにしていたが、更に迫られ、言いにくそうに答えた。

「私、すごいブスなんです。小さい時もそれで好きだった子に嫌われたし、中学、高校と」

 言ってもそれが何か分からないと思い、補足した。

「あ、若者が勉学に励む所です。そこで虐められました。それがとても嫌で、私の持っていった道具とかは平気で壊されるし、落書きされるし、馬鹿とか、死ねとか、顔汚いとか」マヤは涙が溢れ、声が震えた。「それが嫌で家に引きこもって、でも親とかも、声かけてもくれなくなったし、何も出来ないまま二十歳になって、でも皆仕事して、大人になって。でも私、一人残されたみたいで……」


 悲痛な思いに、クォルテナはマヤの苦しみに共感し、憐みを表情に滲ませた。しかし、涙を流すマヤに、ゼグレスは淡々と傍まで歩み寄った。


「マヤさん、顔を上げて下さい」

 言われるがまま、マヤは顔を上げゼグレスを見た途端であった。


 ――パァン!!


 マヤは何が起きたか一瞬分からなかった。ゼグレスは平手打ちで彼女の頬を叩いていたのだ。


「貴方何を――!」

 マヤが一瞬の痛みの後にジンジンと熱くなる頬を感じていた。

「ご心配なく、これだけ魔気が備わっているのです、この程度の平手打ちは何の支障もきたしませんよ。そんな事より、私はそのような事で死のうとする彼女の行いが許せません」

 マヤは頬に手を当て、涙目でゼグレスを見た。

「私は常に礼儀正しく生きることを心がけています。それは、一人では生きていけない世界で生きているなら、他者を尊重し協力し合うには礼儀は最も重要な調和しあう方法だからです。しかしそれは相手が生きてこそ出来る相手を知る方法。けど貴方は自死を選んだ。それは協力や尊重云々関係なく、全てを放棄し、貴女と接しようとする者達を強引に離し、世界と関係を断絶する行為です。誰がなんと言おうと許されませんし同情の余地がありません。命に対し無礼な行いでもあります」

「でも、私……誰も助けてくれなくて……」

 涙が溢れ、声が震えた。


「いいですかマヤさん。貴女は貴女自身が経験した苦難に縋り、甘えた言い訳をしているにすぎません」

「そんな事!」

「では、貴女は顔が醜いから死ねと言われて素直に従ったのですか?」

 マヤは即答できなかった。確かに陰で似たようなことを言われたと思われるが、それに従った訳ではないのに。

 ゼグレスは続けた。

「顔が醜いから生きる価値がないと言われて従った。顔が醜いから生まれるべきでなかった、よって死になさい。そんな事を言われて従ったのですか?」

「……違います」小声である。

「貴女が当時経験した心意を私は理解出来ません。それは、誰にも分かるのではなくあなた自身の心情です。とても辛く、苦しかったのでしょう。しかし貴女は、虐められ続け疲弊し、逃げた先で、顔の醜さを念頭に置き、それを言い訳に被害者意識を増幅させた。もっと客観的に観ていれば、別の事が原因だったかもしれませんよ」

「……え?」

「貴女の発言か、不敬な態度か、はたまた振る舞いか、理由があったかもしれません。人間も我々魔種族も完璧ではありませんから、自身が気づかぬうち、相手を不快にさせた、もしくは傷つけたかもしれません。ですがその反動として自分に危害が及んだからなんというのです? 貴女は恥じていますが、対抗出来ない空間から逃げた。それは本来は最良の選択だったかもしれませんよ」


 自分の住んでいる世界の事を知らずに他人事だから言いたい放題のゼグレスに、マヤは声を荒げた。


「貴方に何が分かるんですか! 学校は行けなくなったら終わりなんですよ! ちょっとでも生き方が違うと大変なんです! こっちの事が分からないのに偉そうに説教しないでください!」

「死を選ぶより、現状を変えるしかないのですよ!」

 即答され、またもマヤは押し黙った。

「私はあなたの世界の事情が分からない。ですが、虐められ防衛のために逃げたなら、生きていける方法を、道を、手段を見つけなければならない。どのような立場の者であれ、それは等しく同じです」

「そんな、そんな事……だって……」

「だって何です? 不快なしがらみの中雁字搦がんじがらめで息苦しくなり、醜いだけで虐められ、逃げた者を更なる迫害を加える。そんな世界など訴えて戦うしか改善できない。戦って死ぬのなら自死よりもそちらの方が勇ましくあれる」

 答えれず、視線を逸らすマヤを見て、ゼグレスは気づいた。


「そんな世界ではないのですね?」

 真剣に、貫くような視線の前に、マヤは言い訳がもう出なかった。

「言い訳で逃げ、言い訳を盾に自らを被害者であり弱者と位置づけて固定し、言い訳を原因として死の選択をする。落ち着いた今なら分かるのでしょう。そんな選択をしなくてもいい世界だったと」

 マヤは、涙を零して頷いた。

「……マヤさん、貴方に足りないのは覚悟です」

「……何の……ですか?」

「次に進む事です。我々も人間も、何かをするには未来に繋げるための覚悟が必要です。ただ感情任せに動いた所で良い結果は出ませんが、覚悟を決め、その決断で描いた、まだ輪郭すらおぼろげな未来の為に切磋琢磨し生き続けるのです。”虐められて逃げた。だから引きこもって逃げよう”ではありません。この逃避が最良の選択であったとするため、次に活かす生き方をするのです。すぐに結果が出なくても、すぐに経験したことのない困難や苦難に当たっても、どう行動していいか分からなくても、しっかり考えて進むしかない。誰も確定した未来など分かりません。何となく生きて生き抜いた者もいれば、考え続けて生きる者もいます。貴女も覚悟してください」


 マヤは微かに救われた気持ちになった。それがしっかりとしたものでないのは、ここがある意味では死後の世界だからである。


『長話が過ぎました』そう言ってゼグレスが下がると、今度はクォルテナが寄ってきて、『マーヤ』と言って左手を両手で包んだ。

 雪王と呼ばれ、雪国の女王であるため手が冷たいと思っていたが、とても温かかった。その優しさと温かさから、マヤは涙が再び溢れた。


「私の言葉も覚えていてちょうだい。人間っていうのは、生き方で魅力が上がる生き物なの。まあ、それは私達魔種族にも言えることなんだけどね。貴女は意図せずこの世界へ来た。それほどの力があるのに、目の前に現れた形の違う者達に力で対抗しなかった。私達の話を聞いてくれた。貴女は優しい良い子なの」

 感極まり、マヤはクォルテナに抱き着いた。

「そんな優しい子は、醜くてもきっと輝ける素晴らしい人になるから」


 そうは言うが。マヤの現状が前に立ちはだかる。


「――無理だもん! だってあたしもう死んじゃったから!! 変わろうとしても変われないもん!! あああああ―――……」

 苦しむ彼女の背をクォルテナは優しく叩いた。そのマヤの苦しみは、三人に伝わっている。

 ゼグレスはエヴェリナの方を向いた。

「エヴェリナ、何か対策は無いのですか? できればマヤさんが生きて元の世界に戻れる方法とか」

 エヴェリナは立ちあがった。


「そのテンセイシャって者の末路がどういったものか分からないから、何も答えようがないんだけどね。マヤちゃんが死者って言うなら、要は思念体や黒煙体の類ってのは想定できるから、それ関係の対応策って事なら」袋を叩いた。「これが必要になるわね」

 その石を用いる方法に、ゼグレスは察しがいった。

「マヤさん、あなた達テンセイシャという者の末路はどういった内容か教えてもらえますか」

 暫くして泣きやんだが、目がまだ赤いマヤは、二呼吸して落ち着いた。

「転生者は、その物語に見合った結末を迎えた後、その世界で暮らしたり、元の世界へ帰る方法を見つけて戻ったりしています」

「戻るというのは具体的には?」

「様々です。変な空間が出来て入って戻ったり、死んだように消えたと思ったら元の世界で死ぬ数分前だったり」

「つまり、テンセイした世界では死ぬ、もしくは身体が消えるというのですね」

「は、はい。大体はそうなってます。私は何を目的にすればいいか分かってないけど……」


 再度ゼグレスは考え込み、一つの結論を導いた。


「やはりエヴェリナの方法が正しいのかもしれません」

「どういう事?」クォルテナが訊いた。

「マヤさんは特異な思念体です。つまり浄化の技法が有効である可能性は高い。そして、先ほどの話から、テンセイシャは何かを成し遂げ、その後に何らかの方法で姿を消すとあります。それ等が物語の脚色として描かれるにせよ、本体そのものが消える現象が元に戻る方法の一つと考えられます。強引な結びつけですが、この情報量では賭けで試すしかありません。もっとテンセイシャについての情報があればいいのですが……」


 突然、クォルテナが即答で『あるわよ』と返したことで、ゼグレスもエヴェリナも驚きを隠せなかった。

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