――オーリオ王子の憑きモノとの対峙当日――
一番乗りで到着していたと思っていたストライは、集合場所へ到着した時、先に誰かいる姿を目の当たりにして残念さを表情に滲ませた。その者の場所へ近づき姿がはっきりすると、残念どうこうの問題ではなく、その者の現状の姿に驚いた。
「何をやっているドルグァーマ! 老人姿で憑きモノと対峙する気か!」
ドルグァーマの老人姿と言っても、ドーマ爺さんほど老け込んではおらず、初老の顔の皺が少々目立つ程度の、影と対峙した紳士老人姿。元々眼力があるため、人相でいうなら厳格な老人の風体である。
「黙れ、この一月の間何があったか知らんくせに責めるものではないわ」
「ああ知らん。知らんが今日、何をするかは分かっていただろ。何をするにも力を温存する事を前提に励むべきは当然だ」
「五月蠅い。あのくだらんテン、あー、なんだ? テンなんとか、のせいでこうなったのだ。お主は祈っただけで対処出来たからいいものを、こっちは、あのくだらん連中のせいで」
「何をブツクサ言っている。そしてなんだテンなんとかとは」
言い合いの最中、ゼグレスが現れた。そしてストライはそちらの王力の低さにも驚いた。
「なんだお前もかゼグレス!」
「ええ、“テンセイシャ”という方々の対処に苦労しましてね。あなたは祈りで事なきを得ましたでしょうが、此方は城を失いましたよ」
それでも何がいいたいかは不明だが、メフィーネへの祈りが何かしらの難儀を祓ってくれたと思ったストライは胸を張った。
「ふん。偉大なるメフィーネ様への信仰が乏しいからこのような事態になるのだ。これを期にお前達も」
「やらん」
「却下です」
同時に否定された。
「それはさておき、此方もこの事態を想定し、対応策を練ってきました」
ゼグレスは言いつつ懐の内ポケットへ手を入れた。
ドルグァーマとゼグレスが相手取った『テンセイシャ』。
その出来事は、ドルグァーマが影からフィナを救出した六日後の事であった。
◇◇◇◇◇
「失礼。その方はどなたですか? 雪王」
場所はエヴェリナのいる孤島の町から外れた丘の上である。
雪王・クォルテナ=イージレッドは近くに氷の椅子を出現させて腰掛けていた。傍には青味が薄らと伺える白い毛並みの巨大な狼と、上下白い衣装を纏った女性がいた。
「御足労かけて申し訳ないわね、獣王」
雪王の態度と雰囲気に、ゼグレスはため息を吐いた。
「雪王。外見もさることながら、その老婆を主張した衣装に立ち居振る舞いは変えた方がいい。その代で雪王になってまだ老婆には程遠いでしょ」
クォルテナはイルガイス同様、一代転換再生の体質を有している。
その為、石王の国ではその力の恩恵により個体として存在を石徒とし、雪王は言葉を発しない雪国の野獣を配下にする権利を得ている。
「あら、この姿の方が色々便利なのよ。何故か王力の放出がこの見た目に合わせてか、弱く出ることで野獣たちは怯えなくて済むし、他にも余分に寒くしないで済むし、何より私の領土内に立ち入った冒険家達が気を良くして色々情報をくれるのよ」
雪王の国は極寒の雪降る国であり、人間の大陸に一番近い。さらに時期により海が巨大な氷の大地を形成する事で人間の冒険家が寄ってくる。
雪王の国の隣が、断崖絶壁の地割れがあちこちで生じて出来た大地の国。【崖の大地】と異名が生じた闇王の国があり、獰猛な魔種族が蔓延るため、冒険家達もその国へは立ち寄らない。
「それよりも、本題に入らせてもらうわね。時間が惜しいから」
雪王の特徴の一つが、【雪降りの呪い】と呼ばれるものである。読んで字の如く、彼女のいる場所には雪が降る。
現在、今にも雨か、季節的に雪を降らせそうな曇天が天を覆っているが、雪は微塵も降っていない。それは、呪いの弱まる時期が一年の内に数日間隔で四度ある。本日もその一度で、弱まる時期の終盤近いらしく、時間を読み違えればこの孤島が吹雪に見舞われてしまう。
雪王は白い服の女性の方を向いた。女性は白い狼の尾に半身を隠し、恐る恐るクォルテナとゼグレスの方を向いた。
一方、狼は犬が寝るように寝ている。
「そんなに恐れないで。この方はとても礼儀正しい方よ。乱暴な事は何もなさらない」
ゼグレスは丁寧に挨拶した。
「御初に御目にかかります。獣王ゼグレス=イグローテックと申します。呼ばれた原因が貴女に関する事でしたら恐れず此方へ。初対面の方への恫喝など、まして女性に対しそのような蛮行は降るいませんので」
ゼグレスの姿勢、声に、女性は一縷の感情の揺らぎを感じつつ、今度は恥ずかしがりながら二人の傍へ寄った。
「は、初めまして。クラサワ、マヤ。と言います」
聞き馴染みのない名前に、ゼグレスは表情から疑問を抱いている雰囲気を表した。
「あ、マヤって呼んでください。そちらが名前なんです」
ゼグレスは知らないが、既にマヤが雪王と対面した際、同じように疑問を抱かれ、暫く名前に関する問答を繰り返した後、クラサワの部分、苗字を理解してもらうより名前を憶えてもらう事を優先することにした。
「失礼。ではマヤさん、私が獣王という事とかは聞いてますか?」
「は、はい。七王様の一人で、七王様っていうのが、魔種族の頂点の方々と……」
簡単にではあるが、説明を受けている事を知り、ゼグレスは次の話を切りだした。
「では、雪王が私を呼ぶという事は、貴女はそれ程の存在だと自覚した上でお答えください」
マヤはクォルテナに目配せすると、クォルテナは優しい表情で頷き『話しなさい』と沈黙したまま指示を出した。
「あの、いきなりこんな事言われて分からないと思いますが、私……『転生』してしまったみたいなんです」
テンセイ。その言葉の意味をゼグレスは求めた。その答えをマヤが言うと、更に疑問が浮かび、ゼグレスはさらに訊き返した。
そんなやり取りが暫く続いた。
マヤの説明では、自分は『日本』という国にいて、あることで死に直面し、意識が薄れていき、暫くするととてつもなく寒くなって目が覚めた。そこが雪王の城の中であった。
テンセイとは、マヤの世界で流行っている言葉で、同じ記憶と意識のまま違う世界の違う体に魂が入って存在する現象で、マヤの世界では使えなかった術や技などを使えたりする。そして、転生した者をテンセイシャと呼ぶ。
しかしそれた全ては、『漫画』と呼ばれる書物内での出来事であり、本来は実在しない。
漫画とは、小説の挿絵のような物が本となって描かれた、登場人物達が物語を作っていくものと、マヤは説明した。
また、アニメと呼ばれる、漫画で描かれた登場人物達が生きている様に動き、話を進めていく、舞台劇のようなものもあると加えた。
「俄かには信じられない話ばかりです」ゼグレスはクォルテナの方を向いた。「嘘をついているという事は?」
「無いでしょうね。彼女の出現はまさしく私が何もない所から離れて数十秒後に、何一つ気配を出さず、城に漂う王力にも干渉せずに現れた。どんな人間にも無理よ。それに彼女の見た目に反した魔気の量が物語っているわ。ご覧になっては?」
言われて、ゼグレスはじっとマヤを見た。
その眼力に、恥ずかしく、惚れる程の感情の揺らぎをマヤは感じた。そんな彼女に反し、ゼグレスは驚き、目を見開いた。
「こんな事があるのですか!? 人間がどんな鍛錬を続けても気功の向上は出来ますが、魔気をここまで蓄えることは――」
「ええ。彼女の特質性がそのテンセイシャという存在を表しているのでしょうね。まあ、彼女の世界の詳細は不明なままで証明のしようがないけど」
マヤを置いてけぼりに二人の話が進むと、そこへエヴェリナが向かってくる姿が見えた。
彼女は布袋を背負っており、それが重い事と運動不足からか、三人と一匹の元へ辿り着いた時、息を切れせて布袋を地に落としその上に腰掛けて呼吸を整えた。
「エヴェリナ、二王の前で無礼ですよ」雪王が言った。
エヴェリナは手を振って応えた。
「ご、ごめん。こればっかりは……もう無理」
状況から、獣王も彼女の状態を理解し、些細な無礼に言及の姿勢は微塵にも見せなかった。
「大変な所申し訳ない。その荷物は?」
「え? ああこれは白療石ですよ。マヤちゃんの事は数日前から聞いてるし、その子の人相見てると、私みたいな奴はピーン。と来るのですよ。で、これが必要で、石徒の方から分けてもらったって訳」
人相と言われ、獣王はエヴェリナに事情を訊いたが、答えたのは雪王であった。その間、マヤは視線を落としたままである。
「マヤの見た目は人間でいうところの十代後半から二十代前半辺り。見た目も美人だけど、彼女の顔には生き様が刻まれていないみたいなのよ。エヴェリナは元々人相を見て占う手法を取っていたからすぐに気づいたって」
「それは、つまりどういう事ですか?」
獣王に答えたのはエヴェリナであった。
「彼女は死者です。特異な経緯でこの世界にはこの形になっているけど、生き様が顔に表れていない。そこを突いてマヤちゃんに訊くと、テンセイとやらの条件の一つに自分達の世界での死が関係しているそうなの」
「ただ……、マヤの場合、その死に方はちょっと……」
言いにくい雪王、何も言わないエヴェリナ、俯くマヤ。
ゼグレスは雪王にその死に方を聞くと、自殺であると判明した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!