SEVEN KINGS

~規律重視魔王と秘書の苦労譚~
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序章

御披露目式

公開日時: 2021年7月30日(金) 17:32
文字数:3,955

 その日、先日産まれた、ビルグレイン王国国王・アンドルセル=ヴェル=ビルグレインの嫡男・オーリオの御披露目式が行われた。


 一般市民の参加は自由だが、有料無料により観覧場所が異なる。

 無料の場合は舞台からの御披露目であり、殆どが赤子の王子を遠景での傍観の為よく見えない。ほぼ雰囲気を楽しむだけとなる。

 有料の場合は教会での加護儀式の際に参列し、数秒だが覗き見る事が出来る。

 あと特別枠では、貴族や、国王の関係者が食客として招かれ、御披露目の席に参列出来る。



 獣王の命令により代理で御披露目式の受付に参列していた獣族のピックスは、滅多に来ない人間の国を興奮冷めぬまま楽しんでいた。

「おや、この証書は?」

 ピックスが門番の受付に渡したのは、大人の掌より一回り大きな手紙に、銀の文字で綴られたものであり、最後に獣王の捺印がある。

 獣王の捺印は特殊な術を駆使した、焼け跡の様な文字。画数が複雑な模様のように見える。

「獣王セグレス様の代理証書! 獣王様は多忙だから、おいらが参加してもいいって言ってくれたんだ」

「いや、しかし……」

 ピックスの容姿はあまりに少年のような体型で、代理といえ子供に委ねた様に思えて仕方なかった。


 兵士達の雰囲気から察したピックスは、ゼグレスの言葉を思いだした。


(貴方の容姿からだと、人間側はどうしても少年の自由参加だと思いがちになってしまいます。それは、我々と人間側の格差もありますが、兵士の立場であれば、警戒の為にどうしても容姿での差別が判断材料に加わります)

(じゃあ、どうすればいいのですか?)

(まずは証書を預け、その後、我々の立場をはっきり言ってください。そうしている内に、証書の捺印が私の物だという報告が入りますが、それでも相手は疑いにかかるでしょう。それでも礼儀正しく、相手の無理のない要望に応え丁寧に対応するのです)

 ピックスは、ゼグレスの読みに感心しつつ、兵士に話しかけた。


「見た目で判断しているだろうけど、おいらはもう二十七歳だぜ」

「いえいえ、見た目で判断など」

 兵士の様子もゼグレスの教えでは、強者の手下であれ、下出から波風立てぬように振る舞うとされる。

 よって、ピックスは兵士達の対応にも納得出来た。

「言いたいことは分かってるよ。けど、おいらは獣王様の代理だし、失礼のないように言いつけられて来たんだ。赤ちゃんを見て帰れっていうならそうするし、お祝いの挨拶だけでもできればそれでもいいんだ。だから、そっちの判断に任せるよ」


 ピックスの容姿、眼差しは、まるで無邪気な子供の様。

 虎の様な模様に耳の震えが愛らしく、必死に訴える彼の気持ちに反し、兵士達は次第に和やかな気持ちに落ちた。

 彼の年齢からは、相応の扱いをしなければならないが、こればかりはどうにもならなかった。


 そうこうしている内に、捺印証明の報告が入り、ピックスは獣王の代理という事が判明した。

 なら、ピックスの扱いは有料拝見者ではなく、特別対応という事になる。


 三人の兵士に連れられて、ピックスは大広間へと向かう最中、兵士達に質問されていた。


「へぇ、人間の兵士達には獣王様がどんな方かがそんなに伝わってないんだぁ」ピックスは頬を掻いた。

「ええ。というより、全ての魔族の事があやふやで。自分達で学べとも言われ、そこそこの勉学には励んでいるのですが、未だに全容が覚えられなくて」先頭を歩く年配の兵士が告げた。

「でも仕方ないよ。おいら達と人間側とで正式な和平条約が結ばれたのは、五、六年も前の事だから。全容が上手く伝わってないのは当然だよ」

「でも、ピックス殿は実に礼儀正しい。我々の疑心も見抜かれ、最善の対応をしてくださるのだから」

「ああ~、褒められても困るよ。獣王様は『礼儀正しく』を重んじる方だから、獣族全体がこうなっている傾向ってだけで、おいらの対応なんてまだまだだから」


 その発言に、後方を歩く兵士が答えた。


「へぇ、”獣王”ってつくから、魔王の関係だと思ってた。魔族の王にもそれなりの役割分担があるものなんですか?」

 文末は敬語だが、所々失礼な発言が目立ち、様付けすらされていない。

 先頭を歩く兵士が謝罪し、発言者を叱責した。

「ああ、そう思うのも無理はないけど、獣王様は魔王様の手下じゃないから。それ、間違ってるから気をつけてね」

「え、違うんですか!?」先程の兵士が訊いた。

「人間は、その土地を治める最高主を”王様”って決めるけど、魔種族は種族を治める者が王様なんだよ。それと、よくおいら達の事を"魔族"って言ってるけど、本来は【魔種族ましゅぞく】って言うんだよ。そこから各王様達が率いる種族に分類されるんだ。おいらが『魔種族の獣族』っていう風に」

 後方の兵士二人は、へぇ。と、納得した。

「で、もう一つ、獣王様と、魔王様を一緒に考えないほうがいいってことさ」

「と言うと、魔種族の王の間で色々別の問題があるのですか?」先頭を歩く兵士が訊いた。

「ん~。詳細は分かんないよ。けど、獣王様と魔王様は仲が悪いんだ」

「へぇ。やっぱり魔種族にもいろいろあるだなぁ」後方の兵士が呟いた。


 そうこうしている内に大広間へ辿り着いた。


「ではピックス殿、その腰の刃物はお預かりしても宜しいですかな」

 危険物所持の規制対処という事をあらかじめ知っていたピックスは、素直に二刀流用の短刀を手渡した。


 広間は煌びやかで、窓から差し込む陽光が柔らかに穏やかな、それでいて大勢の人達の正装や宝石の輝きで、部屋内部は扉一枚隔てて別世界であった。

 賓客の中には、何人か魔種族の者が含まれている。

 魔種族と人間との間に五年前から設けられた和親条約により、互いの種族を理解し合う試みがなされてから、ここ最近、ようやく人間達の住む世界に魔種族も立ち入る姿が見えた。

 今回の御披露目会も、ピックスのように代理参加や招待状を送られての参加だったりする。


 ピックスが入って間もなく、部屋の壇上に国王と妃、さらに護衛の兵四名と別に四名の男女、恐らく、王、王妃の親族だと思われる者達と、乳母車。と言うよりは、赤子のベッドに車輪がついて動いている様な、見事な彫刻が施された物が押されてきた。

 その中には本日の主役である赤子が寝ており、司会の者が賓客の方々に並ぶよう指示した。

 ピックスは最後に入室したので、最後尾となった。


 人間の貴族の中にはこういう席に慣れているのか、赤子よりも参列する珍しい魔種族をチラチラ見てしまう者達が多い。

 ピックスは二十七歳とはいえ、犬のように三角の小さい耳がピクピク動き、衣服は着ているものの、露出している手や頭の毛並み、楽しんでいる表情の愛らしさに心動く者達(特に女性)が多かった。


 ようやくピックスの番が訪れた。

 人間の王族の開く宴会もそうだが、人間の赤子を間近に見る事も初めてで、嬉しさと興奮した気分で赤子の眠る籠を覗きこんだ。

 見た途端、異変が起きた。

 ピックスは眼前の赤子の様子に驚き、すぐさま跳び退いた。


「ピックス殿、どうしました!?」

「みんな籠から離れて!! 何か憑いてる!!」

 ピックスが見たのは、赤子の顔に真っ黒いもやが張り付き、真っ赤な眼を見開いてピックスを凝視しているモノであった。

 籠から距離を置いたピックスは寒気が治まらず、武器も持っていないため両手の爪を鋭く突きだして警戒した。

 間もなく、籠全体を真っ黒い靄が包み込み、その靄のあちこちに真っ赤な眼が無数に広がって現れた。

 その様子に周囲から悲鳴が上がり、国王、王妃は我が子を救うために靄へ向かおうとしたが、護衛の兵士に止められた。

「その靄に近づいちゃ駄目だ!!」


 ピックスが叫ぶと、同時に数人の魔種族が国王達の元へ向かい、靄から何か飛び出さないか警戒しつつ、ピックスと同様に靄へ近づかない説明を告げた。

 靄の赤い眼はやがて標的をピックスへ向け、全身真っ赤な眼だらけの黒い人型の靄がピックス目掛けて飛びだした。

 咄嗟にピックスは二階の通路へ跳び、迫ってくるモノの方を向くと追っかけている事に気づき、向かいの通路まで跳ぶも、やはり靄は自分目掛けて飛んでくる。


 舌打ちして逃げるピックスは武器を預けた兵士達の元へ跳び、「ごめん!」と叫んで武器を奪い、すぐさま向かってくる靄に二刀の短刀で対峙した。

 迫りくる敵の突進を受け止めるも、あまりの力の強さに飛ばされてしまい、壁に激突した。

 背の痛みに顔を顰めるも、追撃してくる靄の突進を受け止め、今度は両足と壁に凭れかけた背で耐えた。


「ピックス殿!!」

 横に退いた兵士達が、次々に靄へ攻撃を向けるも、切った時点で靄は拡散した。

 人間には靄は消えた様に見えたが、魔種族であるピックスには、その霧散した靄の現れる場所が想定出来た。

「ピックス殿、あやつは一体?!」

「分かんない。でも、相当危険だよ。何とかするから離れてて」

 ピックスの視線の先。人が離れて開けた場所に靄が現れ、再び人型を形成し始めた。

 ピックスは敵と向かい合う位置に立った。


「お前、何が目的だ!」

 睨み付け、武器を構えるピックス目掛けて、真っ赤な眼が一斉に向けられた。

「――憎い……憎い……」

 そう言うと、再びピックス目掛けて突進した。

 ピックスは全力で相手の突進を受け止め、さらには魔気を全力で込め、牙を剥きだし、睨みつかせ、必死で受け止めた。


 ――バキン!!


 突如、耐えれなくなった短刀は二本とも折れ、ピックスは二階の踊り場まで吹き飛ばされた。

 全身の魔気まきが切れ、さらには衝撃によりピックスは気を失った。

 残された人型の靄は、何度も憎い憎いと呟き、やがて姿を消した。そして赤子に纏った靄は、収束し赤子の全身を真っ黒に染め上げた。

 あまりの出来事に参列者は言葉を失い、真っ黒く染まった赤子に驚愕した国王と王妃は絶句した。


 混乱した御披露目会場には、どよめきの声と真っ黒く染まった赤子の鳴き声が響いた。

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