一番近くの兵部隊に到着したゼグレスは、状況に緊迫した。
第一部隊にはあまりに多い人数の兵が密集し、気功を用いて壁を作り、円形の拠点地帯を築いて影達の進軍を防いでいた。
「失礼」
見晴らしのよい木から飛び降り、その隊の兵隊長の元へ訪れた。
「魔種族獣王、ゼグレスです。援護に参りました。現状の詳細をお聞かせください」
「おお、有難い。奴らは急に現れ襲って来た。警戒も何もいきなり孤立する兵が相次ぎ、三つ分の部隊の無事な者達を集結させてこの有り様だ。連中、武器がまるで通用しない上に気功だけしか効かん。それも実力ある者のみだから、そいつらを休み休み戦ってもらっている。が、長続きしないから防戦一方だ」
ゼグレスは周辺を見回した。
「もうすぐ竜王が、奴らを武器で攻撃できる技を発動させてくれます。それまでの辛抱です」
「とはいえ、防護壁隊も限界。どうにもこうにも……」
ゼグレスは上空に目を向けると、明らかに自然現象と思えない淡い光の揺らぎを確認した。
「おそらくもうすぐです。連中は私がお相手します」
兵隊長と、周辺の兵達がゼグレスを止めようとするが、颯爽とゼグレスは防護壁隊をかき分け影の海の中へ向かった。
影達がゼグレス目掛けて襲って来た際、勢いよく右手を払った。反動で扇状に突風が吹き、その進行方向の影が散った。
驚きと歓声が上がる中、ゼグレスはアルガを展開した。
以前の、自身の城を行動可能範囲として設けたように、一定の広さと、防護壁で囲った部隊を除外した。
「もう気功を消して大丈夫です。時が来るまで休んでてください」
そう兵達に告げると、気功壁は消え、全員がゼグレスに集中した。
影達は数十体以上が集結し、巨大な黒い人型の化物となって形成された。
全ての化物が両手に剣を常備し、白い目と白い口が浮かび上がり、兵達の恐怖心を煽った。
「大丈夫です。あなた達が回復すれば十分対峙できる相手です。臆さず戦闘の準備を整えて下さい!」
言っている最中に二体の影が攻めてきた。
ゼグレスはその攻撃を難なく避け、一振りの剣を出現させて特攻した。
相手の動きはそれ程早くなく、速度で翻弄しながら手足を切り、胴を切り、頭を切り、時に縦、横に寸断した。
淡々と影を成敗していくゼグレスの動きに圧倒された兵達からは、次第に応援の歓声が上がった。
◇◇◇◇◇
ゼグレスが影と対峙している最中、離れた森の中でマルクスは一人、影の軍団と対峙していた。
一部隊として待機していたが、突如現れた影の軍団に圧倒され、更に数多くの兵が影の波に呑まれて気功が一斉に切れた反動で次々に気を失った。
逃げた兵達もいたが、その安否は確認できず、数名の兵達と一緒に囲まれた。
「マルクスさん、俺が囮になりますので、どうか別部隊と合流してください!!」
言いつつも、次々に兵達は影にやられていく。
「出来ない。これだけ多いとこの場を逃れることすら困難だ!」
マルクスは焦っていた。それは、現状のままでは全滅してしまう焦りと、ドルグァーマに関しての焦りである。
ドルグァーマと言葉を交わした時から不意に思い出されたことがある。
どのようにして自分はドルグァーマに勝てたのか。
勝てたとして、なぜドルグァーマは生きているのか。
王の命令は討伐なら、対峙して殺さないのは不自然であり、どういう展開が成されたのか。
もしかして、自分は何かの策に嵌められて英雄に祭り上げられているだけなのか。
そういえば、なぜドルグァーマはフィナの容体を気に掛けたのか。
次々浮かび上がる疑問が、脈拍を上げ、呼吸を乱した。
「――マルクスさん!! 逃げて!」叫んで影に飲まれた。
最後の味方の兵が影にやられた。
今、マルクス以外の兵達は倒れ、影達が群れて周囲を埋め尽くしている。
呼吸が乱れ、視線が留まらない。
焦りに反して無意識で武器に力を込もる。
不思議と何かが込み上げて来る気がする。
それは恐怖でも焦りでもない。熱く、強く、この焦りを沈めてさえくれる。
マルクスは呼吸を整え、手に込めた力を更に強め、こみ上げるその感情に身をゆだねた。
そんな彼目掛けて、影の軍隊が一斉に押しかけ、マルクスを飲みこんだ。
――パァァン! 手を強く叩いたように何かが弾ける音がした。
突如、マルクスを中心に、波紋状に気功波が広がり、影達の大半を一瞬で払った。
「……ふう。随分俺を喜ばせる状況になってるじゃねぇか」
剣を肩に乗せ、態度が先ほどより一変した。
目は興奮で見開き、口元には余裕の笑みをこぼし、気功も全身から満ち溢れている。
「おいおい、こんなもんじゃねぇだろ? そういえば以前、纏まって強くなったはずだ」挑発めいた眼つきで影達を睨んだ。「さっさとやれ。俺を呼んで退屈で終わらそうとするなよ」
まるでその言葉に乗ったかのように、影達は集結し、以前ドルグァーマが対峙した化物のような存在が優に二十体は超えて出現した。
「そう! そうだ! それだ!!」
マルクスは左手で顔を鷲掴み、興奮のあまりさらに目を見開いた。
「出し惜しみせず俺を愉しませろ! お前等の存在意義を俺に全てぶつけろぉ!!」
両手で剣の柄を握り、気功を放出して駆け、近くの一体を寸断した。
「どうしたぁ!! こんなもんじゃねぇだろ!!」
マルクスは条件が揃うと好戦的な戦士に豹変する。
焦り、苛立ち、不安、危険、責任の重圧。
それ等が揃った状態で武器を手にしたとき、彼は変貌する。
変貌したマルクスを止める方法は二つ。
一つは豹変させた存在を完全に打ち負かすこと。
一つは気功が完全に底尽きること。
興奮するマルクスは、更に二体、影を消滅させた。
「来い下郎共、もっと俺を追い込め」
見開いた挑発的な目で見つめ、小首をかしげた。
◇◇◇◇◇
周囲で様々な展開が繰り広げられている中、いよいよストライのアルガ発動に必要な祈りが終了した。
神々しいまでに白く輝きを見せる魔気を纏ったストライは、背から翼の様に象った物を作り、天高く飛び上がった。
「我がアルガ、広域を照らし、生きとし生ける者達を緩やかに心地よき世界へ誘え。『我が親愛なる女神の加護』!」
アルガに本来名前は無いが、ストライの心意の現れが、技名にわざわざ読みを入れるようなものと仕上がった。ストライらしいといえばストライらしい。
ストライを中心に白い光の波が広がると、まるで雪のように白い小さな光の粒が降り注いだ。
一方、王子の憑きモノと対峙していたガンダルは、ストライのアルガから降り注ぐ光に気づくと、同時に憑きモノが突如震えだし、憎い憎いーー、と叫んで地面を殴り、陥没させ、さらにガンダルにまで暴力は飛び火した。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――!!!!!!」
ガンダルは気づいた。先ほどまでの威力が極端なまでに落ちている。
さらに、殴り掛かる化物の顔から人の泣き顔が薄ら見えた。
化物を蹴り飛ばして距離を取ると、変わらず憎い、と言い続ける相手の顔から、またも顔が現れた。
次は別の人の顔。それ影に飲まれると、次は獣族と思しき顔、そして次は魔人族、また人間。そんな変化が数回続くと、化物は何かに気づき、その方向を見ると、まるで撃ち放った砲弾の如く飛んでいった。
多くの疑問を残しながらも戦闘を終えたガンダルは、魔気切れと疲労から、その場へ仰向けになって倒れた。
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