混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第5話 〇白銀の一族

公開日時: 2020年12月12日(土) 18:24
文字数:2,414

——— 〇 Tina



 サバノ亭の奥に通されると、油や酒、タバコで汚かった内装より、綺麗な生活空間があった。

 智奈たちは、大きなダイニングテーブルの周りに並ぶ椅子に腰掛けた。


「なあに、あんたもうお酒飲めるの! じゃあとびきりのお酒出してあげる。二人はとびきりのジュース出してあげようね」

 曄は、キッチンスペースの棚から赤黒い酒を出して木のコップに注ぎ、能利の前に出した。


「いや、お構いなく……」

 遠慮する能利の頬は、緩みを隠しきれていない。


「ああもう、せっかくできた可愛い友人に迷惑かけんじゃないわよ」

 能利の前のテーブルにいるクズネが、ぽつりと呟く頃には、もう能利は酒を舐めている。


「美味しいですね、これ」


「芙炸さんの手で絞り上げた果実からできてるからね。その辺の機械よりしっかり味出てるわよ」


 能利はピタリとコップの傾きを止める。

 それを聞いた一同は、目を合わせ、微妙に顔を顰めた。


「いいなあ」

 霧亜が、能利の前に出された飲み物を眺めた。


 智奈と霧亜の前には、緑色のジュースがおかれる。これも、酸味がきいていて美味しいジュースだった。


「来年な」

 顔を顰めたものの、美味さに負けたのかまた飲み出す能利が言った。


「一口」

 霧亜が能利のコップに手を伸ばすと、能利は指をならした。


「あっづ!」

 霧亜の手には、一瞬炎が灯る。


「能利と飲まない方がいいわよ」

 クズネが、ぽつりと霧亜に呟いた。


「ずっと言ってるよね。能利、お酒飲むとおかしくなっちゃうの?」


 智奈が聞くと、クズネは押し黙った。

 能利を見ても、目を逸らしてチビりと赤黒い飲み物を飲む。

 智奈の両親である功路とレンミは、家で酒を嗜んではいたが、少し陽気になる程度だった。あれ以上お酒でおかしくなってしまう人を、智奈は見たこと無い。




 見廻が退散し、店の外での騒動がひと段落した芙炸が戻ってくる。


「お騒がせしました。どうです、うちの飲み物。お、あなたは飲めるんですね。よいよい」

 戻ってきた芙炸は、智奈たちの向かいの椅子に座った。


「まさか、あなたが混血だとは思いませんでしたじゃ。安心してくだせえ、わしらは混血人種、賛成派ですからね」


 芙炸と曄の夫婦は、うっとりとこちらを見つめる。見つめる先は、霧亜の髪の毛だ。


「成人していない、こみえ一族に会えるなんてなあ」

 芙炸がしみじみと呟いた。


「ええ、本当に。ルルソから抜け出してきたの? 辛かったでしょう」

 曄は、哀れみの目で霧亜を見つめる。


「それが謎なんだよ、なんでそんな珍しいんだ?」

 緑色のジュースを飲みながら、霧亜が夫婦に訊ねる。


 能利も、霧亜のことをまさかこみえ一族だったなんて、と驚いていたのを智奈は思い出した。こみえ一族とは、そんなに珍しい一族なのだろうか。


 霧亜の言葉に、芙炸は目を丸くする。

「こみえ一族に育てられてないのですか」


 霧亜は、ライルで育ったこと、智奈と兄妹であることだけを、夫婦に話した。

 それを聞いた芙炸は、後ろにひっくり返るのではないかというほど、仰け反って驚く。


「まさか、ご兄妹! しかも力を抜かれていない混血! 奇跡が重なっておりますじゃ」


「兄妹って、珍しいんですか?」

 第一の世界の中国でやっていた、一人っ子政策のようなものだろうか。


「こみえ一族は、親や兄弟を殺して体力を吸い取り、最強の戦士を作り上げる技術を持つ少数民族ですじゃ」


 智奈は、芙炸の言う意味がわからなかった。

 親を、兄弟を殺す? 自らの手で?


「知ってた?」


 智奈が能利に聞くと、能利は首を横に振った。

「名前だけ。こみえ一族は、滅んだと思ってた」


 芙炸はうんうんと頷く。

「百五十年前の戦争で、多くのこみえ一族が駆り出され、死んだとされています。今はルルソに身を潜めているという事だけが、このメネソンでは伝わっていますじゃ。だから、外を歩くこみえ一族は大変珍しいんです。あの一族は他との交流を好みませんからな」


 智奈たちの今いるメネソンは、体術師の多い国。だからこそ、体術師の一族の顛末が語り継がれているのだという。


「……だから、こみえに智奈が狙われてるのか」

 霧亜が合点のいったように、深く青い瞳を智奈に向けてくる。


「あの森で毒で怪我してた時か?」


 能利の言葉に、智奈と霧亜は驚く。

「なんで知ってんだ」


「智奈とナゴのの怪我を治した」


「能利だったのね、助けてくれたの。ありがとう」

 ナゴが、ゴロゴロと能利の手に頭を擦り寄せる。


「ありがとう」

 智奈も頭を下げる。ずっと、霧亜かと思っていた。


「お前、オレたちのストーカーか?」

 霧亜が冗談交じりに言う。


「それはお前の———」

 言い淀んだ能利は、口を噤んで酒を呷った。


「いい飲みっぷりね」

 曄が、新しく能利に酒を注ぐ。


 芙炸は、じっと智奈と霧亜を見つめた。

「こみえに既に狙われてるんなら、ルルソには絶対に近付かん方がいい。こみえに攫われるか、どちらかが殺されますぞ」


「母さん、こみえのこと一切教えてくれなかったな」

 ちびりと霧亜は緑色のジュースを飲む。


「弥那さん———お母さんって、どんな人だったの?」

 ふと聞いてみる。そういえば、この世界に来た時に見た、写真の印象でしか、智奈はお母さんを知らないのだ。


「暴力的だった」


「え」


 霧亜の顔を見るが、冗談を言っているようでもない。いたって真面目な返しをする顔だ。

 正直、知らない人ではあるけれど、優しい人だとか、綺麗な人だとか、そんな言葉を予想していた。


「なんでも、腕っ節で解決できると思ってるゴリラ」

 あの、写真に写っていた白銀で髪が長く、穏やかに笑う女性のイメージとはだいぶかけ離れる。しかし、智奈はこの世界に来た頃に言っていたサダンの言葉を思い出した。


 ———弥那に全力でぶっ飛ばされるんでやめてもらえます、そういうの。


 弥那という、智奈と霧亜の母親は、体術師として強いだけでなく、人そのものが強い人だったのかもしれない。


 会ってみたかったな。

 もう、会うことのできない、本当の母親を思い、記憶の棚に入れられた写真の中の弥那に向かって、智奈は笑いかけた。

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