——— ◯ Tina
次の日。
給食後の昼休みに、智奈は絢香とクラスで流行っているバスケをしようとボールを持って廊下を歩いていた。
絢香に昨日の事を話すと、見てみたい! と言いだしてうるさかった。そんなイケメン見てみたい、と。もう少し、泥棒だったかもしれないという点と、智奈に何もなかったということについて、驚いて心配してほしかった。
冷静に思い返せば、目を見張るような、すれ違ったら振り返ってしまうような顔だったと思う。知らない人の家に勝手に押し入る変人だとしても。
「なんか、ひとだかりがすごい」
絢香の言葉に、そちらへ顔を向ける。
そこは、女子率多めである人を中心に人が集まっていた。頭一つ飛び抜けて、中心には二つの頭が見える。
二つの頭のうち低い方は、六年生の宮田康太だ。一度だけ学年縦割りの遠足で一緒だった気がする。
その隣にいる高い方は、昨日の不法侵入者だった。昨日の、絢香にも話した、不法侵入者が、そこにいた。
「六年生かな、見たことないね、転校生?」
「そうかも……」
転校生だったのか。
触らぬ不法侵入者に祟りなし。
智奈は人集りに隠れるように、絢香と体育館へ移動しようとする。が、そうはいかなかった。まず、転校生の顔を確認したい絢香が、智奈のTシャツを引っ張り、行かせてくれない。そして次に、もう一つの障害が現れた。
「あ、智奈」
何故か、智奈の名前を知っている不法侵入者は、何故か、智奈の顔をしっかりと見て、何故か、にやにやと笑いながらこっちに向かってきた。
隣の宮田と一緒に、人だかりもこちらについてくる。
不法侵入者にも、周りの女子にも囲まれた。完全に四面楚歌だ。
智奈は口をあんぐりと開け、ほぼ何も言葉を発せない。
「お世話になってます」
不法侵入者はにっこりと笑った。
宮田は不思議な顔をし、智奈と整った顔立ちの友人を交互に見る。
「どんな関係?」
「オレ、智奈の家に居候させてもらってるんだ。遠い親戚でさ、快く許可してもらえてよかったよ」
説明口調丸出しの声は、智奈に言い聞かせているようにも聞こえた。
宮田は、へえ。と智奈を見ながら相づちを打った。
「よかったな、一人でこっちに来てるんだっけ」
「そうそう。親の仕事がイギリスで決まっちゃったから、智奈の家族に了承もらってさ」
この不法侵入者は、よくこんな嘘をベラベラと喋れるものだ。
〔その不法侵入者っての、やめてくんない?〕
頭の中に、目の前の不法侵入者の声が聞こえたような気がした。イヤホンで聴いているような声。
〔ちょっと今は黙ってろ。上手く話合わせとけよ。オレはお前の親戚っていう設定な。オレの名前はキリアだ〕
目の前の不法侵入者の口は宮田と軽快にしゃべっている。が、薄い灰色の瞳が一瞬しっかりと智奈を捉え、智奈は身動きができなくなった。
「キリア……?」
「あ、ごめんな、引き止めて。また後で」
キリアに手を振られ、こちらも無意識に力なく振り返す。
宮田もにこりと笑顔でこちらに手を振り返した。六年生の二人は、自分たちの教室の方へと姿を消した。
圧倒されて何もできなかった。
キリアたちが去った後、さっきの光景を遠巻きに見ていた人集りからの質問攻めに遭い、智奈と絢香は体育館に行く間もなく鐘が鳴ってしまった。
学校は、キリアの話題で持ちきりだった。六年生の転校生なのに、五年生の教室にもたくさんの情報が流れてきた
無理もない。
絵に描いたような女子を虜にする王子様キャラが転校してきたのだ。キリアのいる六年三組の周りは、女の子でいっぱいだった。こんな光景、初めて見る。
帰り道、智奈はキリアの事をずっと考えていた。智奈を親戚と嘘を押し通す理由がわからない。
「智奈、大丈夫?」
横を見ると、絢香が心配そうな顔でこちらを見ていた。
知らない人がいきなり自分の事を親戚だって言い出して、超能力みたいなの使ったり、居候させてるんだって嘘をつかなきゃいけなくなる日常がやってきてしまったから、大丈夫ではない。
「その、いきなり親戚がこっちに来たから、なんかビックリして」
「そっか。でも外国人が親戚なんてなんか憧れるなあ。すんごいイケメンだった。当分夢に出そう」
絢香は両頬を両手で包み、今すぐにでも夢を見そうだ。
「そうかな……」
絢香はいつも別れる十字路の前で足を止め、智奈の顔をじっと見つめてきた。
「な、何?」
「やっぱ親戚だからかな、ちょっと似てるよね」
智奈は目を瞬いた。
「智奈もさ、少し髪の色薄いし、ハーフっぽいし、やっぱり智奈も外国の血が少し入ってるの? 確か、クオーターとかって言うんでしょ?」
思いもよらない絢香の言葉に、智奈は愕然とした。まさか、似てるなんて言われるとは思っていなかった。しかも、気にしていた髪の事まで。
智奈は無意識に、これ以上バレないようにと目を伏せた。これだけは、見つかりたくない。友達と思っていた人に否定される苦しみは、もう味わいたくない。
「似てない! 絶対に!」
思わず声を上げる。
絢香は驚いたように硬直してから、両手を合わせてきた。
「ご、ごめん。そうだよね、似てない、全然似てないね、やっぱ。本当にごめんね」
あまりに誠実に謝ってくる絢香に、智奈は恥ずかしさを覚えた。
絢香には、目の色のことは言っていないが、前の小学校で、容姿のせいでいじめにあっていたことを伝えていた。こんな小さな事で、声を荒らげる事なんて、自分でも思っていなかった。
「ごめん、じゃあ、ね」
その場に立っていられなくなった智奈は、走って十字路で立ち尽くす絢香を置いて家路を急いだ。
走り込んだ勢いのまま、家の門をあけ、数段のステップを上がってポーチから鍵を取り出す。鍵を開け、靴を脱いでリビングに向かおうとした。
まただ。
覚えたくもなかった靴。黒いミッドカットブーツ。
それを見た瞬間、絢香との会話もあったせいか、智奈の頭に血が上った。
リビングの扉を思いっきり開けると、昨日と同じような光景が目に入ってくる。ただし、今度はソファーに寝転んで、テレビを見ている。昨日よりかなりくつろいでいる状態だ。
そこにいるのは、間違いなくキリアだった。
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