混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第4話 ◆ 壮介の真実

公開日時: 2020年10月25日(日) 20:31
更新日時: 2020年10月29日(木) 03:54
文字数:3,140

——— ◆ Kiria



 次の日、いつもの待ち合わせ場所に、絢香は来なかった。


「あれ、風邪かなあ? 連絡なかったけどなあ」

 何も知らない智奈が、純粋に心配する姿にオレは胸を抉られる。


 その日、おそらく智奈のクラスに、絢香が転校したことが告げられるだろう。

 実際は、昨日起こった事件の通り。両親は逮捕され、絢香は両親と一緒にバベルに強制送還された。


 そこで、オレの中で一つ疑問が起こる。オレだけが覚えている記憶。

 絢香が言った。壮介も特別だと。

 そしてそれを聞く壮介も、絢香の言葉を止めようとしていた。


 壮介は何者なんだ?



「霧亜、ちょっといいか」


 二時限目が終わり、二十分間の中休みに入った時。

 教室に声が響いた瞬間、クラスが静まり返る。扉から顔を出してオレを呼び出したのは壮介だった。

 康太は、トイレに立っていていない。壮介の呼び出しは、オレだけでいいようだ。


 オレが椅子から立ち上がると、隣の女子がオレの袖を掴む。


「霧亜くん、栗木には、気をつけて」


 壮介の噂は変わらずだ。

「壮介はそんな奴じゃないって」



 壮介は、人のいない廊下の隅にオレを呼び出した。


「絢香が、転校したってことは知ってるか?」


「そうなのか」

 昨日の記憶がなければ、初聞きの情報だ。


 壮介は、その後を続けずにじっとオレを見てくる。


「なんだよ、今更惚れたか?」



「お前、バベルの子供なんだろ」



 オレはボケた表情のまま固まった。


 アヒロへの入世にゅうせいについての注意書きに、こんな言葉がある。

『バベルの人間であると、悟られるなかれ』



 壮介は続けてこう言った。

「絢香の転校も、バベルが関わってるんだろ?」


 類友って怖い。


 オレが何も答えないのに痺れを切らした壮介は、オレの答えを聞かずに話し出す。一体どこで、お前はオレがそうだと確信したんだ。お前、オレがもしバベルの人間じゃなかったら、今おかしなやつだからな。


「俺と絢香と康太は、幼馴染みなんだ。でも、康太は絢香がバベルの人間だってことは知らない」

 壮介は興奮気味に話す。まるで、同じアニメが好きな同志に会った時のオタクのよう。

「俺の噂は、絢香が俺に嫉妬するようになって始まったんだ」



 階段でオレを押したのも、鉢植えが上から落ちてきたのも、おめーの席ねーから! も、全て、魔術の力を使った絢香の仕業だったという。


「なんで、絢香がお前にそんなことするんだよ」


 壮介と遊びに行くとわかった瞬間、逃げた絢香。公園に現れ、壮介と自分は特別なんだと言った絢香。いまいち納得できない。


「それは———」


「あれ、二人とも俺をハブにして何してんの。仲間にいーれて」

 康太が、トイレから戻る道のりでオレたちを発見した。


 壮介は、興奮冷めやらぬオタクの姿から、一匹狼の壮介に戻った。

「智奈も心配だから、今日も公園に集まれるか? 智奈も呼んでおいてくれ」


「いいけど」


 ちょっと待て、壮介が何で智奈の心配する? お前、いつの間に智奈のこと呼び捨てにしてた? おい?






 その日の放課後、駄菓子を買い込み、またあの公園に集まった。

 オレはこの公園に多少なりとも抵抗があるけど、こいつらには記憶がないから、自然と足が向かうのはここだ。目の前で弾ける炎と、ごろごろと転がる動かない見廻、謎の男に倒される絢香の両親、最後に見た絢香の顔。


 思い出さなければいい。オレが思い出さなければいいんだ。



 もう、この公園は元の平和な公園に戻ってる。あの時は周りの木々がほぼ全て燃え上がっていた。あの惨劇があったなんて微塵も思わせない回復っぷりだ。


 公園に行こう、と帰りのホームルームが終わってオレが智奈を迎えに行くと、案の定智奈は放心状態だった。意気消沈、と黒い背景に書いてありそうなほど落ち込み、オレが話しかけても全く会話にならない。公園に集まってから、康太も絢香の転校を知ったらしく、表面は明るく話してるが、どことなく上の空だ。


「あの、さ」

 思い空気に殴り込みを入れたのは壮介だった。

「突然で悪いんだけど、みんなうちに来ない?」


 オレは買っていたラムネを吹き出しそうになった。


「汚い……」

 放心状態のはずの智奈がぽつりと呟いて、オレの心は止めを刺される。


「何も言わずに転校しちゃった、絢香を惜しむ会でもするの?」

 康太が壮介を責めるように言い放つ。


 あの公園に絢香が来たところから、すっぽり記憶のないこいつらにとっては、確かにそうとられてもおかしくない。


「それも、あるけど、その、もっと俺を知って欲しいっていうか」


 壮介はもごもごと、オレをちらちら見てくる。オレもお前のこともう少し詳しく知りたいよ。


「えー、でも最近、壮介んち危なそうじゃない?」

 康太がふと思い出したように壮介に問う。


 壮介は頷いた。

「今、“八木組”との乱闘が続いてる。それもあって、二人には知っておいて欲しいんだ」


 流石の智奈も疑問に思ったのか反応して、オレと智奈は顔を見合わせ、お互いの顰め面を見た。

「八木って?」


「親父の組と仲悪い組」


「クミ?」


「栗木組は、隣の街の八木組と仲悪いんだ。昔は兄弟の組だったんだけど、俺の爺さんの代から仲悪くなっちゃって」


 隣の街の八木組?


 一気にオレの頭の中は、白いスーツに赤いシャツ、背中に大きな龍の墨、柄シャツに眼帯でドスを持つのイメージが湧いてくる。


「ちょちょちょちょちょ、え、組ってあれ? 桜吹雪散らす系の組?」


「桜吹雪は遠山の金さん。じゃなくて背中に龍とか鯉とかどどーんって入ってる方」

 あ、また壮介がオタク壮介になった。


「ゲームでしかみたことねえよ」


「のりさん背中に龍入ってるよ」


 のりさんって誰だよ。


「待って、家がヤクザのお家って噂本当なの?」


 今まで耐えてきた智奈は我慢ならなくなったようで、頭を抱えて信じられないという顔をしている。


「言ってなかったよな、ごめん。二人と、こんな仲良くなれると思ってなくて」

 壮介はぺこりと頭を下げた。



 壮介に話を聞くと、つまりは、物騒な壮介の噂は、組の連中が喧嘩を起こすためにたつ噂だったってことだ。先生たちも、組がバックにあるから本当に怖がっていた。

 壮介が学校で仲良くする友達を作らないのも、組に何かがあった時に危険にさらしてしまうから。幼馴染の康太と絢香は、家族ぐるみで付き合いがあったから、何かあっても、栗木組が全力で守れたのだという。康太と絢香には、学校で関わらないように釘をさしていたらしい。


「じゃあ、なんで遊ぶ約束になったの?」

 智奈の純粋な疑問。


 康太が、壮介は悪い奴じゃない、と教えてくれた。噂は嘘なんだって。それも、何で今更、転校生のオレに康太はカミングアウトしてくれたのか。


 康太は、智奈にデレデレする鼻の下を、標準の位置に戻した。

「なんか、霧亜なら何とかしれくれそうって、思ったから」


 他力本願が過ぎるなあ。



「なんか、すごい、ね」

 智奈がオレのスナック菓子を奪いながら言う。

 オレは智奈のカステラをつまんだ。手をつままれ、強奪を阻害される。

 壮介はオレと智奈の菓子争奪戦に、くくっと笑う。


「霧亜と智奈ちゃんなら、サワコさんも大歓迎だと思う」

 康太が言った。

「あ、サワコさんって、壮介の美人お母さんね」


 康太が言うんだから、本当に美人なんだろう。

 

 智奈とオレはまた顔を見合わせた。

 多分、お互い頭の中に浮かんでるのは、着物姿に髪をしっかり纏め上げた組を束ねる姐さんだ。


 壮介は、ゴールデンレトリバーのような目の輝きようだ。

「日曜なら大丈夫だと思う」


 もう日程決まりそう。


 オレは智奈を見た。

「何か予定ある?」


 智奈は首を横に振った。


「じゃあ、決まり」

 康太は満面の笑みで手を叩いた。


「のりさんに伝えておく。何か料理用意してくれると思う。のりさん、たくさん食べる奴が好きだから」


 オレのことかな?


 今日は金曜日。つまり、明後日、早速オレたちは栗木組にカチコミに行く日程が決まった。生きて帰れるんだろうか。

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