混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第2話 ◯ラオとの別れ

公開日時: 2020年11月24日(火) 21:15
更新日時: 2020年12月4日(金) 00:23
文字数:2,481

——— ◯ Tina



 一直線の水平線を、甲板でじっと見つめる船の客たち。その中に、智奈と霧亜、ラオの姿もあった。ラオはこれから起こる光景は見飽きているらしいが、一緒についてきてくれている。


 海の底からの地鳴りが水を伝い、船を伝って足元から震えてくる。耳を塞ぎたくなるほどの轟音が聞こえたと思うと、目の前の海が大きく盛り上がった。それがどんどん膨れ上がると、ついに地下のマグマが水を割って姿を現し、目の前の太陽を隠すほど高く噴出した。

 それがゆっくりと重力で落ちてきたかと思うと、頭上に無数の小石が降り注ぎ、転覆するのではないかと心配になる程、船が大きく揺れた。が、船を覆う満瑠の魔術結界によって乗客が怪我をすることも、転覆することもない。徐々に頭上は落ちてくるマグマによって覆われ、船内は真夏以上の暑さになった。


「すごーい!」

 智奈は船の甲板から身を乗り出して、結界の向こうを見つめる。


「お、落ちるなよ」

 ラオは智奈のTシャツを心配そうに後ろでつかんでいる。


「はは、こんな大噴火、あいつが見たら喜ぶな」

 霧亜は、ぼそりと呟く。


「魔術って、霧亜は水ばっかり使うけど、得意不得意があるの?」

 ふとした疑問を智奈は口にする。


 今まで見てきた戦闘で、いくつか水以外の物質も動かしていた霧亜だが、大抵は水で攻撃と防御をしているように見えた。


「ん、ああ、ある。まず基本的には、自分の性質の魔術を使うのが一般的。優秀なやつだと、自分の性質と相生の関係のどちらかで二つ。オレはすごいから、相生の関係の両方で三つが使える。親父やサダンは化け物だから、自分の性質と相克の関係も含めて全部使える」


 自分で自分をすごいと言ったところが耳についたが、実際魔術学校を主席で卒業しているのだから、何も言えない。


「イメージが大事なんだ。物質が、どういう動きをするとか、どういう構造で変化するとか、理解してないと頭の中に魔法陣が描けない。物質の動きのイメージがないと、予想した動きにならない。性質の理解と物資のイメージの二つが伴わないと、魔力を上手く使えなくて、すぐに消費する」


「へえ。じゃあ、あのマグマ動けーとかやっても、動かないんだ」


 試しに智奈は、目の前に降り注ぐマグマをじっと見つめる。理科の授業でやったマグマの話を思い出す。そして、結界の向こうで流れるマグマの一部が、丸く浮かぶイメージを作る。

 霧亜と出会った時に、霧亜が初めて見せてくれた魔術のように、丸く浮遊する水。


「うわっ!」

 霧亜が突然声をあげた。


 振り返ると、親指の先ほどの小さなマグマが、霧亜の周りを飛び回っている。

「なんだこれ、誰がこんないたずらしてんだよ、ふざけんな」


 智奈は背中に冷や汗が伝うのを感じた。

 まさかと思いつつ、「落ちろ」と心の中で唱え、水滴が下にぴしゃりと落ちるイメージを持つ。

 霧亜の周りを飛んでいたマグマが、ぴしゃりと霧亜の足元に落ちる。


「あっぶねえな、どこのガキだよ」


 ふうと息をつく霧亜を、智奈は硬直して見つめるしかない。

 今のは、自分がやったものなのだろうか?


 動揺を隠せない智奈に唯一気付いていたのは、首元にいたナゴだ。

 ちらりとナゴを見ると、騒ぎ立てることはなく、よく見る猫のように首を傾げた。

「今の智奈?」

 こそりとナゴが耳元で囁く。


「わかんない……」


 だって、智奈の中に魔力はないと言われていたのだから。アヒロの人間と変わらない、魔術は使えないと言われていたのだから。




 その後、マグマ観光も終え、残りの船旅も満喫し、満瑠の船はガンの港へと到着した。


 そこは、最高気温は三十度を常に超え、夜も熱帯夜が続く常夏の島ガン。

 霧亜の魔術で、霧亜と智奈の客室のクローゼットを家と繋いでもらい、洋服を夏仕様に変えた。

 智奈はTシャツにショートパンツのみ。ニーハイソックスは暑すぎて脱ぎ捨てた。霧亜は緩いノースリーブに下半身は変わらずジーンズだ。

 本当は、楼斗の作ってくれたマントの冷却機能で、真冬の格好をしていても涼しく問題ない状態で歩けるらしい。が、見た目が暑いと満場一致で着替えることになった。






「ありがとうございました。お世話になりました」

 新たな装いの智奈と霧亜は、深々と満瑠とラオに頭を下げる。


「にぃにによろしくね。大好きよって伝えておいて」

 満瑠はふわふわと満面の笑みで手を振っている。


「しっかり、一言一句間違えないように伝えておきます」

 しかと頷く霧亜は、プルプルと笑いが堪えきれていない。


「元気でな」

 しょんぼりとしたラオが小さく手を振る。


「なんだよ、辛気臭いな」

 霧亜はにやにやと笑い、悲しそうなラオの頭ををわしゃわしゃと撫でる。

「また帰りは船使わせてもらうから、な?」


 撫でられるラオは、唇を真一文字に締めたままぐっと何か言いたげな顔をして、霧亜を見た。

 霧亜はラオの言葉を待ったが、何も言わずにまたしょんぼりとした顔をする。


 困ったように霧亜は満瑠を見ると、満瑠はふふ、と笑ってラオに言葉をかけた。

「言いたいことがあるんなら言っていいわよ、ラオくん」


 ラオは霧亜のノースリーブを両手で掴んだ。

「俺も、一緒についていきたいです」

 小さな声の嘆願。


「聞こえねえな」


 霧亜の冷たい一言に、ラオは顔をあげた。

「霧亜と智奈の旅に、一緒について行きたい!」


「駄目だ」


 即座に言い放ったのは、必死の顔で勇気を振り絞った言葉を目の前で聞いた霧亜だった。

「お前の体術の力は、正直勉強したい。むしろ教えて欲しい」


「ならっ」


「でも無理」


「何で……」


「オレがお前を守れる自信がない」


「守られる筋合いねえよ! 俺は自分で自分の身は守れる」


「見廻のやつらから自分の身も守れずに、智奈も守れなかったのは誰だ」


 霧亜の痛烈な言葉に、ラオはぐっと言葉に詰まった。

「それは、これから、俺も強くなる」


「強くなったらよろしくな」

 霧亜の顔は、何の感情も表していないようで智奈は霧亜に恐怖を覚えた。


 ラオは、霧亜の服からそっと手を離した。


「満瑠さん、ありがとうございました」

 霧亜は、もう一度満瑠に挨拶をすると、さっさと港を出て行ってしまう。


 智奈はぺこりと挨拶をして、「またね」とラオに手を振ると、霧亜を追った。

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