——— ▲ Noli
「上手く立ち回れば、お前が調停者の褒美を独占できる、かもしれない」
「何で、父親のお前が手伝わないんだ」
やっと絞り出せた言葉。混血の力をもらえるのならそれに越したことはない。が、暁乃家の問題に首を突っ込まされることが癪だった。
霈念は悲しげな表情を見せると森の外へ顔を向けた。
「オレなあ、あの子たちと一緒に行動できないんだ。一緒にいると、あの子たちに迷惑がかかる。お前と一緒だよ。お前にとってのオレが、オレにもいるんだ」
霈念も、誰かに追われているのか。
どうして追われているのか。その質問をする気はなかった。
「霧亜と一緒に智奈を守って、霧亜を手伝ってくれるなら、その時まで見逃してやる。四神の調停が終わったら、お前は混血の力を得ているかもしれないし、オレに力を抜かれているかもしれない」
全て、自分の行動次第なところは、能利にとってはいい条件だった。
「オレは、いつでも見てるからな。お前自身があいつらに危害を加えようとしてみろ。一瞬で首をはねる。そいつら獣化動物と一緒にな」
クズネもザンリも、この魔術師の言葉で息を呑んだ。
能利は、こくこくと頷くことしか出来ない。
霈念はふうと息をつくと、にこりと微笑んだ。
「ありがとうな。お前がいれば、きっと霧亜も嬉しいと思うんだ。お前のことあいつ大好きだからな」
頭をグシャグシャと撫でられる。能利は、知らないはずの父性を実感し、奇しくも嫌な感じはしない。
親がいたら、こんな感じなのかもしれない。
「さ、交渉成立したとこで、早速智奈が危ないから助けてやってくれ」
バシッと背中を叩かれる。
その瞬間、結界がぐにゃりと曲がり、この森の本来の姿であろう、雷の轟音と風が能利を襲った。
「飛ばされる!」
クズネはひしと能利の髪をつかんでいる。
ザンリは、今の話を聞いていなかったかのように、無我夢中で肉の骨をしゃぶっている。
見ると、焚き火は既に火が消されていた。だいぶ前に消されたような跡。今さっきまでたき火は煌々と燃えていた。煙が立ちのぼる様子もなく、湿ったような跡。
まさか、魔術であの結界の中の時間さえも操っていたのか、あの魔術師は。時間を操る魔術師など、都市伝説だと思っていた。そこまではさすがに信じれず、能利はこのたき火の謎を解くことをやめた。
まずは、霈念に言われた通り、危ないと言われていた智奈を探さなくては。
そう思った時、近くで物音がした。
何かが、森を駆けてくる音。少女の声。そして、何かが倒れる音。
「あの猫と女子じゃないか。猫が死にそうだぞ」
ザンリが、食べ終えた肉の骨を吐き出して言った。
木の影から顔を出すと、智奈が大きなナゴを抱きしめて声を掛けているところが見えた。
目を凝らすと、ナゴの傷は何か塗られたのか、溶け出しているかのような状態だ。
能利はフードの中のクズネを見る。毒ならこちらで処理できる。
二人に近付く。もう、ナゴの意識はないようだった。うっすらとまだ意識のある智奈の手を見てみると、ナゴに触れたのか、同じような毒に侵されていた。ナゴの血が付着したところから、じゅくじゅくと皮膚組織を破壊していく毒のようだ。
「解毒の調合をしてくれ」
能利は、フードからクズネを掴むと、ナゴの背中に放った。
「なんであたしが」
ライアント魔術学校で、ファイトを繰り広げた獣化動物を治すのが気に触るのか。能利がひと睨みすると、クズネは渋々解毒を始める。
土蜘蛛の獣化動物であるクズネは、体内に毒を有している。クズネに毒は効かないし、どのような毒でも解毒する力を持っている。
能利は杖を出した。火の力を強められるようにあらゆる魔法陣がびっしりと彫り込まれている。
クズネの調合まで、ナゴと智奈の毒が身体に回らないようにできる限り体力と傷痕を治療する。智奈とナゴの周囲に、大きな魔法陣が浮かび上がった。
「何これ、作り方が素人じゃないわよ。なんでこんな毒くらってるのよ、この子たち。まあ、なんとかなるけど」
解毒を開始するクズネは大きな土蜘蛛の姿に変化している。
ナゴの溶けた肉を少し口に含み、体の中で解毒のできる薬を調合する。
「クズネ、あと数分で二人が危なくなる」
「お医者さまは黙ってて」
クズネは口から緑色の液体を出すと蜘蛛の糸に包み、能利に放ってきた。
治療魔術を終了させ、掌より少し小さなその糸玉を、能利は穴を開けて智奈の口を開かせ、中に注ぐ。クズネも同じようにナゴに薬を飲ませていた。
智奈の土気色の顔が、少し赤みを帯びてきたように感じた。毒はこれで大丈夫だろう。
智奈の手の傷も、ナゴの溶けた肉も治してある。
これで、目が覚めればなんともないはずだ。
「まーた何かいるわよ」
森の奥から、女の声がした。
振り返ると、腰のベルトに小瓶を大量にくくりつけた大柄な男と、頭に布を巻いている裸足の女。その後ろには、オレンジ髪の小さな少女がいる。
男はどうだかわからないが、女はおそらく体術師だろう。体術師は、己の身体が武器なため、身軽な格好が多い。
なんだ、この家族は。
能利は、大柄な男の腰にぶらさがる小瓶を見て、合点がいった。
あの中に入っているものは全て毒だ。おそらく、智奈とナゴを襲った連中だろう。
どういった状況なのかわからないが、智奈を守れと仰せつかったのだ。
能利はじりっと地面を踏みしめ、いつ彼らの攻撃が来てもいいように杖を握り直す。
「おっきい蜘蛛さん! やだー」
女の子がひしと女の足元にしがみついた。
「ロクリュ、離れてなさい」
女は近くの木を指差す。
あんな弱みを見せられて、そちらを攻撃しないわけないのだが。自分に関係のない人間は、別に殺すことも厭わない。
この謎の家族と戦闘態勢に入る予定だったが、全速力で近付いてくる、アホみたいに魔力のデカい誰かの気配を感じた。
ああ、いたのか。
「行くぞ」
能利はクズネに合図を送ると、その場から姿を消した。
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