混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第4話 ◆ 体術師の女

公開日時: 2020年11月15日(日) 20:13
文字数:2,015

——— ◆ Kiria



「遊ぶなら怪我をしない程度にな」

 男の冷静な声。


 オレは数メートル離れたところに着地した。が、着地のバランスをとれるほど全身の筋肉が作用しなくて、木の根元にどっかりと座り込む。


 オレの攻撃が当たった感覚はあった。が、クイじゃなく、突然現れてクイを庇った男の手だった。男の掌には、直径二センチほどの穴が開いて、血がだらだらと滴れている。


「いい加減にしろ。俺は仕事をしに来たんだ。標的が逃げられてる」

 男は静かに、クイに言い放つ。


 クイは拗ねたように唇を突き出した。

「ごめんなさい、シュウカ」

 と、クイはこっちに近付いてきた。


 オレは身体に鞭打って立ち上がろうとしたが、想像以上の筋肉の疲労で、全く身体が言うことを聞かない。

 主人のピンチに、アズがオレの前に立ち塞がるように降り立つが、クイはその脇を瞬時にすり抜け、オレの前にしゃがみ込んだ。


 ちょ、ちょっと待って。そういえば、こいつ綺麗な顔してるし、真っ赤な唇が宝石のようだし、布面積少なくて、真っ白な布から出てる白い生足が輝いてるし香水の匂いするし、健康的男児からするとキツいものがあるんですが!


 クイはオレの頭を撫で、外れたマントのフードを被せてきた。

「こんな頭して、杖をあまり振るうもんじゃないわ。フード被っときなさい」


 風にはためく女の被る真っ白なヒジャーブ。頭隠して尻隠さずってか? ……うるせえな。

 オレの心の葛藤なんぞつゆ知らず、綺麗な二重から覗く灰色の目がオレをしっかりと見つめてくる。

 クイはオレの頬にキスをすると立ち上がり、シュウカと呼ばれていた男の方へ駆け寄った。


「気に入ったのか」

 不機嫌そうなシュウカの声。


「違うわよ、バカね。身内には優しくしなくっちゃ」


 軽快な会話をする二人は、シュウカの魔術で姿を消した。


 アズは、羽を畳んでこっちを向く。

「いい女ですねえ、旦那」

 まだ、でかいままのアズが、皮肉の表情でオレを睨みつけた。


「香水のキツさ以外は好みかな」


 アズは小さな目をこれでもかと開き、嘴も大きく開けた。

「旦那……」


「冗談だって。その顔怖えから元戻って」


 アズは一度羽ばたくと、元のずんぐりむっくりな通常サイズのカラスに戻る。


 クイの行動……こみえの髪の色は目立つ。混血だと思われるから、隠せって意味だったのか。


 全力で治癒に魔力を当てて、なんとか筋肉が動かせるほど回復させて立ち上がる。

 こんなに動けなくなるまで身体を動かしたのは初めてだった。筋繊維が崩壊していく音が聞こえた気がする。能利の体術よりもより洗練されてて、もし一発でもモロに当たってたら、筋肉疲労じゃ済まなかった。


「あいつら、智奈さん襲ってたんすよね」

 アズはさりげなくまたオレのパーカーに潜り込んでくる。頑張ってくれたが、まだこの森の威圧は消えてないみたいだ。


「ああ。でも、ナゴいるから大丈夫だろ」


「いや、ちょっと急いだ方がいいと思うっす」


「え?」


「ナゴ姉さんの血の匂いが続いてる」


「早く言え!」


 オレは魔力索敵をまた森に広げて、微弱な智奈の性質の気配を探す。魔術師の魔力量も体術師ほどの精神エネルギーもない智奈を探すのは、結構神経集中しないと見つけられない。が、優秀なオレはナゴと一緒にいる智奈を見つけた。そこに、もう一つ火の性質を感じる。やばい、もうあいつら追い付いたのか。


 オレは見つけた方に走り出した。もう一度、手足に加速の魔術をかける。

 加速をつけてだいぶ走ったところに、さっきの三人組の気配が近付いた。バレることは承知で走り込む。

 そこにいたのは、地面に倒れる智奈と、智奈を後ろに守りながら威嚇を見せる獣化したナゴの姿。その前に立つクイとシュウカと小さな女の子。


「智奈!」

 叫ぶと、三人組は振り返った。


 その隙に、ナゴは智奈のマントを咥えると放り投げて背中に乗せ、全速力で走り去る。途中、智奈がもぞもぞとするのが見えた。


「クイ、追え」

 シュウカに言われ、クイは頷く。


 オレは智奈を追われる前に、地面を蹴ってクイの前に立ちはだかる。

 組み合ってる時は気付かなかったが、思ったより背の高い女で、百六十五あるオレより高そうに見える。


「もう追わせねえぞ」


 オレの言葉に、クイはさっきと同じく口角をあげてにやりと笑みを見せる。

「生意気ね」


「子供いじめて楽しいかよ」


「あの子が何をしたのかは知らないが、殺しの依頼が来たからこうしてるだけだ。子供は家に帰ってろ」

 シュウカが言った。


 依頼……まさか、こみえから依頼された? 親父の言ってたことか? 智奈の命が危ない、こみえから守れって。本当に、狙ってるやつらがいるってことか?


 クイはオレから一旦飛び退き、一気にこちらに近付いてきた。その時だった。オレとクイの間に、突然大きな雷が落ちた。

 突如、空の雷も風もぴたりと止む。しんとその森が空気を張りつめたように静かになった。



「調停者か?」



 辺りに轟音が轟き、地鳴りのような声が聞こえてくる。


 オレの目の前に、オレの顔よりもでかい、蛇のような目玉があった。

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