——— ◆ Kiria
「親父が手配犯?」
「犯罪者の子供は、自分の父親の罪なんて知らないもんな」
男は杖を出した。
「知らずに売られておけ」
オレの背後で、ラオが、応戦のために地を蹴ったのがわかった。横をラオが抜けようとした時、オレはラオの肩を掴む。
急に減速を余儀なくされたラオは尻餅をついた。
「なにすんだよ!」
「手出すな」
オレは後ろに隠れていた智奈をラオに預ける。
また、親父の話だ。きっと、この状況もあいつはどっかでオレたちを見てる。
突発的じゃない、妙なふつふつとした怒りが込み上げて来る。
面倒な数が襲いかかって来る前に、オレは杖を出して地面に立てた。杖の先から魔法陣が広がり、観衆のちょうど足先まで伸びる。
見廻の二人、智奈とラオ、そしてオレを捕まえようと出てきていた五人の男。それ以外は、結界の中に入ってこれないようにする。観衆の声は聞こえるようにしておこう。勝った時気分良さそうだ。
それを合図かのように、男たちが向かって来た。三人が杖を出すのを見る限り、内訳は体術師が二人に、魔術師が三人。
この前は体術師の女に負けそうになってから、色々身体の動かし方を研究したんだ。ここで試させてもらおう。
オレは地面に立たせた杖に魔力を注ぎ、天候悪化の準備をしておく。オレの性質じゃない『木』の魔術を使うには、相当な魔力量と集中力が必要だ。
体術師の男が一人、オレに向かって走って来た。こいつらもグルってわけじゃないから、独り占めするために共闘はしてこなさそうだ。ありがたい。
オレが男と組み合おうとした時、ラオが叫んだ。
「バカ霧亜! そいつコンユウチョウだ! 逃げろ!」
「コンユウチョウ?」
オレはさっきラオに追いつくためにつけた魔法陣を使って、跳躍で後ろに飛び退き、体術師の男から距離をとる。
「ライルの魔術学校のエリートでも体術の基本は知らないのかよ! 金熊重だよ! そいつ『金』の体術師だ。体格差のある『金』の体術師からは逃げるのが基本だ、バカ霧亜!」
初めての言葉をオレは頭にインプットする。なるほど、体術も性質によって何かあるのか。だから、能利は自分に合った拳法を知れって言ってたんだ。能利の体術と、クイの体術も、名前があったのかもしれない。
金の体術師は、地面を叩き割って持ち上げて投げつけて来た。やだ、大胆。
オレは地面に手をついて、土中の鉱物を押し固めて鋼の壁を作り上げると、投げられた地面が壁にぶつかって散乱した。
オレは水が大得意だけど、金も一応使える。使えるけど苦手なのが木だ。
投げられた地面に隠れてたのか、もう一人の体術師がオレの作った鋼の壁の上から降ってきた。
体術師の渾身のパンチを避けると、その勢いで体術師はオレのいた地面にクレーターを作る。こいつひょろっこいのに、体術師怖えー。
降ってきた体術師が構えた。構え方が、やっぱり能利と違う。重心が後ろで、片足を出した構え。腕は幽霊の真似事のように両手を前に出して、ゆらゆら揺れてる。まるで蛇のようだった。
「そいつは土蛇這だ! 『土』の性質! カウンターが多いから無闇に手出しすんなよ!」
解説席のラオが次の名前を教えてくれた。
なるほどなるほど。いいね、体術の知識が増えてく。
そしてやるなと言われたら、やってみたくなる。オレは土の体術師に、魔法陣で加速と加重をつけた右ストレートを放ってみた。すると、本当に蛇のように、オレのストレートに体術師の腕が絡まってきて拘束され、いつの間にか死角から足をひっかけられる。
んー、なるほどな。金がパワー系で土がカウンター系か。
いつの間にか近付いていた金の体術師のぶん殴りを受け流して、顔と喉に一発ずつ拳を入れ、怯んだ瞬間に腕を掴んで、土の体術師に向かって投げ飛ばした。が、まあ当然だが見廻の二人と違ってぶつかり合うことはない。
まさか、魔術師が接近戦をしてくると思わなかったのか、体術師二人は一度目配せをすると共闘を始めた。金の体術師に捕まらないように避けて、その攻撃が土の体術師に向くよう動き回る。たまにハマれば、お互い自滅し合ってくれてる。いい感じだ。
二人の体術師を相手にして、クイとの戦闘ほどの疲労はなかったが、汗が滲んできた。一旦引こうと後ろにバク宙をするが、途中で金の体術師に足を掴まれた。
しまった。
足を掴まれた腕を振り下ろされて、地面に叩きつけられる。オレは地面から水を吹き出させて間一髪で地面への激突を防いだ。
足を一向に離してくれなさそうな男の顔を蹴りつけて地面に降り立つ。
オレは二人の足元を見据えた。体術師二人の足元がもこりと盛り上がると、地面から間欠泉のように水が吹き上がり、男二人は空へ吹き飛ばされた。結界にぶち当たり、どしゃっと二人が落ちてくる。
んー、重めの金の体術師も飛ばせるほどの威力。やっぱ水はいいね。バイバイキンだ。
やっと、空がオレたちの頭上だけ雷雲が生成されてきた。
天候を左右する魔術は、『木』の性質。青龍のところで、雷がどう落ちるのかとか、じっくり観察できたから、イメージはバッチリだ。
体術師が敗れ、魔術師たちのアップが完了したようだ。まず、魔術師の一人は金の体術師が粉々にした地面から、砂嵐を作り出す。そしてもう一人が、砂嵐から無数の針を生成し、こっいに飛ばしてくる。こいつらも、土と金の魔術師かな。
水でバリアを作ってもいいけど、せっかくだし、能利がやってた体術での避け方を練習させてもらおう。
針と針の間に身体を滑り込ませ、避けきれないものはマントで防ぐ。ロウのマントは簡単なナイフなんて通さない。この辺の土から生成した金物なんて通すわけない。
今まで動いていなかったもう一人の魔術師が、オレが体術師を吹き飛ばしてまだ出続けている水に杖を当てた。再利用しようって魂胆か。そんなケチなことしたらダメだぞ。
オレは手を伸ばして湧き出しを止めて、天高い水の柱に変える。
足の魔法陣を加速に変えて、一気に二人の魔術師の背後に回り込み、足元を払って背中を蹴り飛ばし、水柱にダイブさせた。
しっかりと水の魔術師の杖が水の柱に付着していることを確認する。
「ケチは嫌われるぜ」
オレは飛び退きつつ、地面に立てて準備をしていた杖を拾い上げ、上から下に振った。
辺りが一瞬白く光る。
凄まじい轟音と共に、空から一陣の白い光。
水に落とした電撃が、地面に通り抜けないように水に細工をかけ、雷に打たれて身体が動かなくなった魔術師たちを球体状に変形させた水に飲み込ませる。
バチバチと綺麗な雷の映える、スノードーム魔術師盛りが完成した。
体術師との戦闘は、まだまだ勉強不足だが、魔術師に魔術で勝つのなんか朝飯前だ。三つの性質使える魔術師なんて、そういないからな。
今までの戦闘の総復習は及第点かな。
大きく息を吸って、吐いた。やっぱ、木は苦手だ。かなり疲れた。水なら湯水のように溢れ出させても平気なのに。
ま、いっちょ上がり。
つい最近、能利とクイが、いい予習になった。能利が『火』の性質だとして、今の体術師たちを見る感じ、クイは『木』か『水』の体術師だったんだろう。いい予習と復習だった。
「よっしゃあ!」
周りの観衆と同じように、ラオが嬉しそうに飛び跳ねてガッツポーズを見せ、智奈の手をとって舞っている。
子犬のようなやつだ。
「親父のこと教えろ。あとオレらのことは見逃さないとお前らもあの球体ぶち込むぞ」
結界を張ったのは、これ以上オレたちを捕まえようとする奴らを増やさない為と、もう一つは、見廻の二人を逃げられないようにするためだった。
二人の見廻は、結界の隅で縮こまっていた。は観念したようにため息をつく。
「暁乃霈念のことだよな」
時間でも稼ぐかのように、見廻はキョロキョロと辺りを見回す。
「いちいち確認すんな。そうだよ」
「暁乃霈念は、こみえの——」
見廻の男が言い終わる前に、オレの結界が何者かに割られた。
辺りを見回しても、それらしき人物は見つからない。目の前の見廻なわけがないし、オレに向かってきた五人の輩でもない。ラオなわけもない。
何かがオレの横を通り過ぎた。鼻を突く香水の匂い。
「家族のことでも、知ってはいけないこともあるのよ、可愛い魔術師くん」
ふわりと肩に腕を置かれ、耳元で女の声がする。頭に白い布を巻いた裸足の女、青い森で接敵した女、クイがそこに居た。
オレは百八十度身体を捻って女へ殴りを入れるが、もちろんそれはクイに当たらない。
もう、姿さえもそこになかった。
もう一度見廻の男達を見ると、どしゃっと折り重なるように倒れている。たった今首の骨が折られたのか、頭があらぬ方向にねじ曲がり、ビクビクと痙攣している。
周りの観衆は、オレが見廻の二人をただ倒したと見えているのか、歓声がまだまだ上がっていた。
ふとした瞬間、瞬き一回した瞬間に、辺りから音が消えた。お祭り騒ぎのように喚いていた観衆が、ピタリと動きを止めている。
何事かと全方位見渡しても、空の鳥も、オレの雷スノードームも、智奈とラオも、全く動いていない。
全員固まっている。
「今すぐに、逃げろ。このままじゃあ、お前が見廻を殺したと思われる」
声がした。
聞き慣れてきた、声。結局またお前かよ。
「この見廻は、なんて言おうとしたんだ」
オレの言葉に、声は答えない。
「なあ親父!」
「……オレが、悪かった」
「答えになってねえんだよ!」
声は返ってこない。
このまま黙って、動かないでいてやろうか。
時空間魔術の中でも最も難しい、使える魔術師はこの世でも数人だろう、時を止める魔術だ。人間を止めた吸血鬼さんよりは、長く止めれるだろうが、さすがの親父でも、一分が限界だと思う。
「霧亜」
懇願と警告の親父の声。大人って、身勝手だ。
覚えている限り、数回しか、親父の口から呼ばれたことがない名前。
オレはラオがしっかりとナゴを掴んでいることを確認して、智奈とラオを抱えて、転移魔術でオレは時の止まる観衆の中心から、姿を消した。
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