混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第10話 ◆ ズルい親父

公開日時: 2020年11月10日(火) 21:53
文字数:2,538

——— ◆ Kiria



 親父は唖然とするオレたちの顔を見回すと、窓に目を向けた。

「能利くんは?」


「出てった」

 オレは反射的に答える。


「そっかー」

 親父は力が抜けたように、校長室にある来賓用のソファにどっかりと座り込む。

「オレの魔術から抜け出すとか大したガキかと思ったんだが、サダン、お前だろ」


「能利くんが助かったって、お前からだったんですね」

 サダンは眼鏡の奥でにこりと微笑む。

 サダンと親父は同級生だと言っていた。

 変わらぬ丁寧語から発せられる「お前」が、妙な違和感を感じる。


 親父はだるそうにソファにもたれる首をゆるゆると横に振る。

「殺そうなんてしてねえよ。あいつの封印を解こうとしただけだ」


 今まで姿を現さずに、オレを孤児院に放り込んで、家に帰ってくることも無かったのに、ここ数日でこんなに姿を見るなんて、複雑な気分だった。嬉しくないといったら嘘になる。でも、素直に喜べない。ムカつき度数の方が上だ。


「親父、この封印解いてくれ」

 封印の内容がわかって、智奈もここにいる。

 これでオレの封印を解いて、親父は今能利を追っているようだから、いずれ能利の封印も解いてくれれば、智奈に元の力が戻る。


 親父はオレを見た。

 心の中まで透かして見るような真っ直ぐな青い眼を、オレは真っ直ぐに見返せない。


「それは無理だ」


「なんで」


「色々大人は難しいんだ。わかってくれ息子よ」


「でも———」

 反論しようとしたが、親父の顔が真剣だったことに、何も言えなくなる。


 親父は体を起こし、智奈をじっと見た。

「智奈は、オレのことわかんないよな」


 智奈はおずおずと首を縦に振る。わかるはずがない。アヒロでは、親父を見て怖くて逃げ出したくらいだ。


 親父は悲しそうに笑顔を作った。

「こっちの世界は楽しいか?」


 智奈は、悩んだ末に自分に言い聞かせるように、数回首を縦に振る。

「はい」


「そっかあ、こっちで暮らしたくなっちゃうかもしれないなあ」

 親父の声は、今までで知る以上に優しい声色だった。

「でもごめんな、智奈の力を封印した、こいつらの術は解いてあげれないんだ」


「なんでだよ、そもそも、なんで智奈を連れてったんだ」


 親父はまた悲しそうに口角だけ上げる。

「霧亜、調停者、お前がやるんだよな?」

 下手くそに話をそらされた。

「この学校首席で卒業したんだって? すごいじゃないか。もう、お前も立派だ。きっと大丈夫。やりきれよ」


 オレは眉間にしわを寄せることしかできない。


「智奈はついていくのか?」

 親父の質問に、三度目の首の縦振りを、智奈はロボットのように動作する。

「そうか」


 ナゴが、親父の足元にすり寄った。

 親父はナゴを持ち上げ、ナゴの腹に顔をこすりつけた。

「子供二人をよろしくな」


「言われなくてもあたしが守るわよ、弥那の子なんだから」

 親父は嬉しそうにナゴの鼻にキスをする。


「智奈、ちょっとこっちおいで」

 ナゴを下ろし、親父は両手を広げて智奈を呼び寄せる。


 智奈はどうすればいいのか助けを求めるようにオレを見てきた。

 智奈の背を軽く押すと、おそるおそる親父に近付いた。


 物心着いた時には、アヒロで、別の親に育てられてたんだ。ここにいる、智奈と同じ髪色をした男は、智奈にとってはただの他人に見えてるんだろう。


 親父は智奈をしっかりと抱きしめた。

「ごめんな。全てが終わったら、全部話すよ。ただ、今はこうしてないと智奈の命が危ないんだ」


 オレは最後の衝撃の言葉に耳を疑った。

「智奈の命が危ない?」

 思わず復唱した。


 親父は智奈を放すと、うなずく。

「オレも、本当はこの喉からぜーんぶ話してやりたいんだが、ちょっとまだそれは時期尚早だ」


「いつかは、力を戻してやれるのか? 封印を解いて」

 オレの質問に対して、親父の返答の間が、それは難しいことを物語っている。

 親父は、何を隠してるんだ? なんでオレ達に話してくれないんだ。


 智奈の頭に手を置いて、智奈の顔を覗き込みながら、嬉しそうに笑う親父。

「綺麗な眼だ。生まれた時から、何度見たって飽きない。弥那の眼に俺がしっかり混ざってる」


「意味がわかんねえと、守るもんも守れねえよ」


 オレの言葉に親父は大きく息を吸って、吐いた。

「そうだよな」


 言葉は無くとも、言いたいのに言えないことくらいわかった。だからといって、理由も何も教えてくれないことに納得はできない。


「オレは絶対にお前たちを守る。お前は、智奈を絶対に守るんだ。まずは、調停者を無事に完遂しろ」


 暁乃に誓って。

 呪いのような言葉を親父は呟いた。


「何で、いなくなったんだ」

 思わず、口にしていた。

 ずっと、思ってた。思ってたけど、聞いたところで納得のいく答えが返ってくるとは思わなくて、聞こうと思ってなかったのに。


 親父は、立ち上がるとオレに近付き、オレの頭を自分の肩に引き寄せた。

「でかくなったな、お前」


「親父は抜く」


 親父は鼻で嬉しげに笑う。

「霧亜、能利くんと戦ったか?」

 直後のことで、オレは予想以上にその名前に敏感に反応したらしい。親父はあはは、と笑った。

「天才坊主の、初完敗だったか」

 なんでわかんだよ、こいつ。

「お前の顔見りゃわかるよ」

 なんでわかんだよ。


「霧亜」

 群青にも近い青い眼が、オレを捉えた。

「お前は強い。向こうの世界でだって、立派に智奈を守っただろ? 心配しなくても、大丈夫」

 と、親父はオレの耳に顔を寄せてきた。

「霧亜、約束してくれ」

 親父はオレにしか聞こえない小さな声で囁く。

「こみえから、智奈を守れ。絶対に」


 そう言い残すと、オレの頭をぐしゃぐしゃと撫で回し、オレから離れた。

「とりあえず、能利くんの封印は想定外案件なんだ。能利くんを追いかける」


 サダンが、何かを親父に投げ渡す。それは、智奈からつまみ取った能利の獣化動物の、子蜘蛛だった。


「おお、ありがたい」

 しっかりやれよ。と、親父は蜃気楼のように姿を消した。



「本当に嵐のような男ですね、誰かさんに似て」

 智奈に向かって言っていないのは明らかだ。サダンなりの褒め言葉と受け取っておこう。


「霧亜」

 サダンに声をかけられる。


「なんだよ、慰めの言葉ならいらねえよ」


「先程、気持ち良く割ってた花瓶の値段、いくらか知ってます?」


 体中の血の気が引いた。

 恐る恐るサダンを見ると、サダンは細いフレーム眼鏡の向こうでにっこりと微笑んだ。


「出世払いで……」


「出世することを願います」

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