――― ◆ Kiria
「うわ!」
オレは驚いて尻餅をつく。
それは、青い鱗、白い髭、長く大きな立派な角、ギョロリとした金色の眼、大きく長い身体は森のあちこちにまで伸びて、所々から小さな足が伸びている。
アズが、パーカーからするりと降りると、オレは何もしてないのに勝手に獣化した。大きな羽を広げて、頭を垂れる。アズの羽根は小刻みに震えていた。契約者との契約を通り越して獣化させる力があるなんて。
後ろの茂みから姿を現したのは、ナゴだった。ぱちくりとオレとオレの前にいる青い龍を見ると、ひゅっと息を吸い、前足を出して頭を垂れる。
「天の四霊に栄光あれ」
ナゴの言葉に、青い龍はゆっくりと頷いた。
ナゴでも、頭を垂れ、賛美の言葉を口にする。オレの脇汗と冷や汗が、多量分泌された。
「りゅうだー!」
三人組の、お子様が声をあげた。
龍はぐるりと後ろを振り返り、クイたちがいるはずの所に顔を向ける。
「何をしている」
怒りを込めた一言。腹の底から恐怖を抱く声。
きゃあきゃあ騒ぐ旺盛な女の子。
「かっこいいねえ、きれいなりゅうだねえ」
「四神って、本当にいたのね」
クイが小さく呟く。
「人気のないところに入って行くから頃合いかと思ったら、神に見られてるなんてな」
シュウカの声にも、震えが入っている。
これが、青龍だ。思ってた数倍も大きくて、思ってた数倍重々しい。声が、いくつもの太鼓を生で聞いた時のような、腹に響く声だ。
「調停者を殺せるのは四神のみだ」
青龍が、シュウカに顔を近付けて言った。シュウカの顔に、冷や汗が垂れているのが見える。
そうだ、そうだ。オレたちちゃんと任務があんだ。お前らなんかが殺そうとしちゃいけない命なんだよ、バーカ。
「あの兄妹を殺すなってことか」
シュウカの問いに、青龍は鼻息を荒く吹かす。その風には雷が伴い、周りの青い木がバリバリと音を鳴らした。
「調停者は兄だ。妹は知らん」
え。
「じゃあ青龍さま。私たちの依頼はあの猫の上で寝てる妹です。殺してもいいでしょう?」
クイの猫撫で声に、青龍は小さく息をついた。
「好きにしろ」
待て待て待て。
「じゃあちゃっちゃとその調停者さんとお話してくださいな。待ってますから」
クイの隣にいる女の子はくすくす笑った。
「クイ、かみさまにごういんね」
考えろ、考えろ。クイの相手だけでも身体がついてこなかったんだ。そこに、あのシュウカっていう男と、女の子もどんなやつかわからない。ナゴとアズがいても、戦えるかわからない。
その時、オレの目線は自分の提げていたペンダントに落ちた。
家に、誰かがやって来た。どんな人だったか覚えてないけど、玄関に出たオレに、その人がこのペンダントを渡して来た。金色の細い金属でできた丸の中に六芒星の線が絡まり合ったペンダント。オレの後から出て来た親父は、その人に怒鳴ってた気がする。親父が持っても、何も反応しなかったこのペンダントが、五歳のオレが持つと、ぼんやりと輝き出したんだ。
「ああ、次の調停者が決まった。ありがたや、ありがたや」
その人はそう言うと、家を出て行った。そして、親父はオレに言った。
「なあ、霧亜。そのペンダント、俺にくれないか?」
「やだ」
こんな綺麗なもの、親父に渡してなるものか。オレはそんな気持ちで親父に反抗した気がする。
「これは危ないんだ!」
そう、親父に怒鳴られた。
それでも、オレは綺麗なペンダントを、反抗心で渡さなかった。
それから少しして、親父は智奈を連れて家を出て行った。オレの、せいかもしれない。オレが親父に、ペンダントを渡さなかったから。当時は、そうも思ってた。そんなことない、親父はオレのことを、暁乃の誇りだと思ってる。そう慰めてくれた。
親父はオレから調停者を取ろうとしてた。きっと、この調停者の仕事が危ないから。息子にやらせたくなかったから。選ばれたやつが渡そうと思えば、調停者の権利を渡せるんじゃないか?
「あの!」
オレが声を上げると、青龍はこっちをじっと見つめて来た。金色のぎょろっとした目に足がすくむ。
オレは首に提げているペンダントを、ナゴの上で気絶する智奈の首にかけた。
「権利を、妹に渡します! これからは智奈が調停者だ!」
青龍は、首を傾げた。
「調停者の権利を、暁乃のその者に移すのか?」
オレは首をこれでもかと縦に振った。やっぱ、暁乃一族じゃなきゃいけないらしいが、智奈は血の繋がった妹で暁乃の一族だ。権利譲渡は可能。
クイやシュウカの抗議の声が聞こえる気がする。
「良かろう」
智奈にかけたペンダントが光る。目を細めるほど強く青色に光ると、収縮するように光は消えて元のペンダントに戻る。
「東の承諾を以て、調停者の権利譲渡を許可しよう」
よし、やっぱ可能だった。これで、智奈は安全だ。殺されることは無い。
「これで、智奈は調停者だから殺されないよな?」
オレの声に青龍は頷くと、ゆっくりと三人組に首を向ける。
「この調停者が、代替わりの調停を済ませるまで、この娘を殺すことはできない」
圧倒的な威圧。いやだと言ったら、今この瞬間で殺されそうだ。
「わかったよ、りゅうさん!」
女の子が唯一、声を出した。
「ロクリュ!」
クイが慌てた声を出す。
「だって、きっとりゅうさん、いうこときいてくれないよ。わぁ、ころされたくないもん」
全てを知っているかのような女の子の声に、大人二人は声も出ない。
青龍はこちらに顔を向き直した。
「願いが叶うというのに、権利を譲渡するとは珍しいな」
青龍はにやりと笑った、気がする。
「残念ながら、今回の代替わりは私ではない。他を当たれ」
そして、あっさりと言われた絶望的な言葉。
「代替えの四神が、どれなのかわからないのか?」
あわよくば、一匹目に聞いて次で終われると思ってたんだが。
「誰が死にゆくのかは知らん」
と、青龍はオレに近付くように顎で指す。
「鱗を一枚剥がせ。これが、青龍に面晤した証となる」
オレは言われるがままに、青龍の首元の鱗を一枚指にかける。鱗ったって、一枚がオレの掌くらいでかい。恐る恐る剥がさせてもらうと、ペリッと気持ちの良い音をさせて剥がれた。一枚板の宝石のような鱗は、智奈のペンダントに吸収されるようになくなった。
「私の次ならばガンに向かえ。そこに朱雀がいる」
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