混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第6章 朱雀

第1話 ■ 船の乗客

公開日時: 2020年11月23日(月) 19:46
更新日時: 2020年12月4日(金) 00:21
文字数:3,376

——— ■ Rao



 ラオの目の前に見えているのは、真っ青な群青色の世界と、一日の始まりを告げる光が、海から半分ほど顔を出すところだった。

 満瑠の操縦する船が、日の出前にショーロを出発した。


 ラオは船の出発準備を手伝いながら、乗客の荷物にまぎれさせて、貨物室に智奈と霧亜を詰め込む。船員は満瑠とラオの二人だけだ。ラオはいつも満瑠の船に一緒に乗り込み、船の整備などを手伝っていた。

 船が出発してから、貨物室から二人を救出して、部屋に案内した。

 船の乗客は名前などが政府に提出される。二人の名前を出せないため、このような乗船の形になった。


 満瑠の船は、豪華客船より一回り小さい船だが、一番安いワンルームに、ベッドは二つ、風呂付。サイズは小さいが、ガンの街へ渡るのに船に乗るしか方法のない人たちにとっては人気の船になっている。

 ショーロから、五日間の船旅だ。



 今、ラオは智奈と一緒に船の甲板にいた。


「昨日、ごめんな。置き去りにしちゃって」


 見廻に絡まれた時、ラオは一瞬で自分じゃ敵わないと悟った。道場で何度も訓練していたからわかる、相手との力量差。

 魔術師と戦ったことがなかったラオは、自然の物理を覆してくる魔術師の攻撃に、成す術がなかった。だから、満瑠と霧亜に慌てて助けを求めたのだ。


「ううん、霧亜を呼びに行ってくれたんでしょ」


 栗色の柔らかそうな髪が、さらさらと涼しい風に揺られている。いつもは一つに結いているが、今は髪をおろしている、一日一緒にいただけでも新鮮だと思う智奈の姿。

 青い瞳がラオを捕らえると、青い面積を狭くして目尻が下がる。


「ありがとう」


「俺、もっと強くなって智奈を守るよ」

 ふと出てきた言葉。


 共に道場に通う女子に、こんな感情を抱いたことはなかった。守ってやらねば、と思う。この触れれば壊れてしまいそうな女の子を、傷つけさせたくない。


「五日間、よろしくね」

 今度は歯を見せて、小悪魔的な笑みを見せた智奈。

 朝日に当てられすぎたか、顔が火照るのを感じた。


「よう」

 後ろから声がした。


 振り返ると、眠そうな顔をした霧亜が立っていた。霧亜は大あくびをしながら智奈の隣に立ち、柵に寄りかかって全て顔を出した朝日を眺めている。

 船出が朝早すぎたせいか、霧亜は部屋に案内した瞬間、ベッドにダイブして動かなくなった。それから、三時間ほど時間が経っている。


「こっからの景色が有名らしいじゃん」

 霧亜は船からの景色をきょろきょろと探す。


 そのために起きたのか。

「海底噴火だろ。二日目くらいに見えるよ」


 ショーロからガンに向けて進む途中、運が良ければ、海底から噴出するマグマが見れる。有名なスポットでもあった。


「え、起きた意味」


「残念だったな」


 ラオが笑うと、霧亜は顔を顰め、ため息をついた。

「もっかい寝てくる」


 去ろうとする霧亜を、智奈も追った。

「朝ご飯食べようよ。ラオは?」


 ラオは首を横に振る。

「まだやることある」


「わかった。じゃあ、朝ごはん先に食べてるね」

 智奈と霧亜は自室に戻っていった。


 ラオも一緒に食べることを前提として、智奈が話していることが嬉しかった。


 これから、一度乗船した人達の見回りをしなければいけない。といっても、満瑠の方針で、よほど怪しい人物でなければ、無賃乗車でも乗せていくのが方針だ。

 


 ラオの父親は、ラオが生まれてすぐ、どちらかの力を抜かなかったことによる罪で、収監され懲役を受けている。

 本来は正式に出生後ラオはすぐに魔力を抜いているが、あの政府たちによる報告ミスで抜き忘れたことになっていた。

 全てが理不尽な話だが、それがまかり通るのがこの世界だ。混血人種とその親の地位は一気に下がり、まともに話を聞いてもらえなくなる。


 だからこそ、ラオにとって、霧亜と智奈には、逃げ延びて欲しかった。彼らが、混血の希望でもあるから。



 船を見回っていると、廊下の途中に小さな子供がいた。もちろん、周りにとってはラオ自身も小さな子供だろうが、その子はラオよりも小さかった。

 可愛らしいワンピースに、オレンジ色の髪の毛。ふわふわの髪は左右サイドに二つ結いている。

 女の子は、船内につまめるように置いてあったテーブルの上の菓子をじっと見つめていた。


「食べていいよ」

 ラオが声をかけると、女の子は大きなくりくりの目をこちらに向けた。髪よりも薄く黄色い黄金のように輝く瞳。


「いいの?」


 ラオが頷くと、女の子は満面の笑みを見せてお菓子を三つほど手に取った。

「お空を見ながら食べるんだ」


「甲板に行くのか? 落ちないように気をつけろよ」


「うん! 落ちても大丈夫!」

 女の子は手を振って去っていった。

 魔術でどうにかなると思っているのか、ラオと同じく泳ぎが得意な体術派の子供なのか。


 どちらにせよ、あんな小さな子供の乗客申請は、ラオの持つリストにはなかった。親が無賃乗船でもしているのか、子供だけお金を浮かせようと申請しなかったのか。

 満瑠の方針のため何もできない。


 見回りの最後に、ラオは船の動力源である機関室に入った。ここは満瑠の魔術で勝手に全て動くようになっているが、一応確認だけいつもしている。


 部屋に入ると、大きなエンジン機械がごうごうと音を立てて動いていた。

 そこに、人の気配があるのに気付く。

 機関室の奥の方に、黒い塊があるのがわかった。ラオはこっそりと気配を悟らせないように近づく。黒いマントを身にまとった人だった。

 こんなところに隠れているのを見る限り、おそらく乗客リストにはないお客様だろう。


 いち早くラオの存在に気付いたのは、彼の獣化動物らしき蜘蛛だった。


「ちょっと! ちょっと、人来たわよノリ!」

 蜘蛛は、慌ててノリと呼ばれる人の髪の毛を引っ張って起こそうとしている。


「放り出さないから大丈夫だよ」

 呆れてラオが言うと、蜘蛛はホッとしたのかぺたりとノリと呼ばれた彼の肩に平たくなる。


「良かった。この子疲れてるのよ。ここで休ませていただいても大丈夫?」


 ラオは頭をかく。

 客室に空きがないわけではない。満瑠ならどうするか。———必ず、客室を使わせろと言うだろう。


 ラオは人差し指を口に当てた。

「周りの客には言わないでおいてくれな。客室使っていいから、そのご主人起こしていいか?」


 蜘蛛は四つ並ぶ目をキラキラ輝かせると、コクコクと頷いた。

「あんたいい子ね、ありがとう! 大好きよ!」


 ラオは笑って、蜘蛛のご主人の肩を揺すった。

「すいません、起きて」


 肩を揺すった瞬間、ノリはばちりと目を開けると、即座にラオの首を掴んで床に張り倒してきた。

 ノリの金髪がラオの顔にかかる。琥珀色の威嚇した片目がラオを捉え、もう片方は赤い魔法陣で閉じられている。


「ノリ! ノリ待って! この子助けてくれるって言ってるのよ、離してあげて」

 蜘蛛が主人の肩の上でぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 ノリは蜘蛛の言葉を信じていなさそうで、まだ眠そうな顔で検分するようにじっとラオを見つめてくる。


 片目を封じた魔術師に先手を打たれるなんて、自分はまだまだ未熟だと感じる。

 だが、やられっぱなしじゃいられない。ラオはノリの腕に猿のように足をかけ、手首を掴み返し、足を捻り上げてテコの原理で腕を折ろうと試みる。

 ノリは即座にラオから手を離し、ラオの腹を蹴りつけて一歩退いた。


「もうバカ!」

 蜘蛛は、ノリの頬に何かを吹きかける。


「いって」

 吹きかけられたノリの頬は、じゅっと音を立てて煙をあげた。

 あの蜘蛛、毒蜘蛛の獣化動物だ。


「客室使わせてくれようとしてた優しい船員さんなのよ、この神経質! 気張りバカ!」


 蜘蛛に言われ、ノリはきょとんとラオを見る。

「本当か?」


 ラオは、腹を擦りながら頷く。

「うちの船長がそういう人だから。余ってるし、いいよ」


 ラオが言うと、ノリはこちらに近づいてきてきて首と腹の痛みを魔術で和らげてくれた。

「魔術、嫌がらないんだな」

 ラオに手をかざしながら、能利が言う。


 体術師は、魔術師に魔術をかけられるのを嫌う人が多い。特にこういった回復系だ。先程のラオの動きで、体術師だと悟られたようだ。


「この、魔術回路の機関室作ったの母ちゃんだから」


 そこまで言えば、ノリはラオが混血であったと推測するだろう。


「そうか。いい腕の船長だな。ここの居心地が良かった」


 だからって、機関室で体を丸めて寝るなんて考えつかないが。

 満瑠を褒められ、ラオは気分が良くなった。

「案内してやるから、ついてきて」


 ノリは、小さくぺこりと頭を下げた。

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