混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第7章 こみえ一族

第1話 ⁂ 家族を護りたかった男

公開日時: 2020年12月1日(火) 19:23
文字数:2,684

——— ⁂ Qui




「ご乗船ありがとうございました」

 女性の船長が、船の出口に立って乗客へ挨拶をしている。


 体術師の女クイと殺し屋を営む魔術師である秀架しゅうかは、こみえ一族から殺すように依頼を受け、『暁乃智奈』を追って、ガンに向かう船に乗っていた。

 青龍から暁乃智奈を殺さないよう圧を受けたとはいえ、せっかく見つけたターゲットを逃すわけにもいかない。このまま殺さずに時間が過ぎたら、依頼を受けた秀架が依頼主に殺される日も遠くない。それほど、こみえ一族は短気で恐ろしい一族だ。青龍の圧よりも、身近な脅威だった。


 船長の挨拶に会釈をして、クイと秀架は船を降りる。

「次回は、是非お金を払って乗船してくださいね」

 後ろから声をかけられた船長の声に、クイと秀架は驚いて振り返る。女性船長はにっこりと笑いかけてきた。

 特に報復をされるわけではなさそうだった。クイと秀架は再び会釈をしてすごすごと船を後にする。


 クイは初めての、ガンの地を踏み締める。裸足であるクイは、すぐに地面が木であることがわかった。

「木でできてるの?」


 クイの質問に、秀架は遠くを指差した。クイがその指先を目で辿ると、木の幹と生茂る葉が見える。ここからあの木まで相当遠いはずだが、大きさは目の前の木ほど大きく見える。木の木陰か、島を覆うほどの大きな木のようだ。

 殺し屋を営む秀架は、各地を渡り歩いているため、地理や気候などなんでも知っている。学のないクイの兄のような存在だった。


「まさか、この地面あの根っこでできてるっていうの?」


「そうだ」


 ふうん、とクイは地面の木の根に触れた。

「素敵な自然の島じゃない」


 ルルソの砂地で育ち、嫌いなものは人工物と魔術。自然の多いマンダの森も、クイにとっては最高の地だった。

 魔術は嫌いだが、クイはこの秀架という魔術師と生活を共にしている。

 秀架は、クイとロクリュを拾ってくれた命の恩人だ。たとえ彼が魔術師でも、彼の魔術だけは許せる。


「またあの子いなくなったのね」


 クイと秀架は、突然姿を消したロクリュを探していたため、船客の最後に船を降りたのだった。船の中でも、ロクリュは結局見つからなかった。

 彼女は、秀架がクイと同じように拾った子供だ。よく、どこかに消えては帰巣本能でもあるのか、ふらりと帰って来るため、特に心配しているわけでもなかった。


 暁乃智奈は兄の霧亜と共に海岸の方に向かったようだった。

 砂浜で遊ぶ若者や獣化動物の姿。

 それを横目に、クイと秀架は鬱蒼と木々が生い茂る森の中を進む。


 まさか伝説の神獣に殺しの邪魔をされるとは思っていなかった。彼女を狙うにあたって、青龍がこれからも邪魔をしてくるのかどうかを見定めなければ、次の暁乃智奈の殺しの計画も成功はしない。


「それにしてもこの暑さ、ルルソみたいにカラッとしてないから無理だわ。どこか建物の中に行きましょうよ」


 クイが汗を手の甲で拭って、秀架のマントを掴んだ時、秀架がぴたりと足を止めた。

「つけられてるな」


 クイと秀架をつけている何者かは、秀架の言葉で潔く姿を現した。

 この暑いガンの地には似つかわしくない黒いコートの男。秀架もマントを羽織っているが、この魔術師たちはマントで体温を調節している。自然の温度には触れておいた方が身体に良さそうなものだが。


 黒いコートの男が姿を現した瞬間、秀架の気配がぴりりと変わったのをクイは感じ取った。まるで、殺しの前の秀架の雰囲気と同じ。


「おじさま、良かったらお話聞くわよ」


 クイが黒いコートの男に話しかけた時、無風のはずのガンの森に、暴風が吹き荒れた。その暴風が、クイの頭の布を吹き飛ばす。

 風に揺れ、森の木漏れ日に照らされて、クイの白銀に輝く短い髪が露わになった。


「ほう、やっぱりこみえの女だったか。いい色だな、本当に」

 黒いコートの男は深いため息をつく。


「……何してくれてんのよ」

 男の木の魔術によって、隠していた白銀の髪を晒されたとわかったクイは、激情して男へと走り込む。


 再びナイフのような鋭い風が襲ってきたが、クイは飛び上がって男の頭上を超えると、男の背中の頚椎を右足の踵で思い切り突いた。

 水のように柔軟な動きを得意とする、隼波水はやなみが、クイの一族に代々伝わる体術だった。脊椎を攻撃し、神経を麻痺させ、筋肉繊維の収縮を停止させる。つまり、筋肉である心臓も、この突きだけで止めることが可能だ。

 男は血を吐き出すとどしゃりとその場に倒れる。


「クイ、退け!」


 秀架の叫びに、クイは飛び上がって頭上の木の枝に着地した。

 瞬間、倒れたコートの男の姿はバラバラと紙へと変わり、無数の紙が風に煽られてクイと秀架の周りを舞う。


 その紙に魔法陣が描かれているのに気付いた時、紙が爆発を始めた。

 クイと秀架の周囲にばら撒かれていた紙が一気に爆発する。


 が、クイは自分の周りの紙全てを破り捨て、発動できなくしていた。秀架は、毒液を飛ばして魔法陣の紙を無効化している。


「なるほどな、殺し屋とそのガールフレンドなだけはある」

 男の声が、森に聞こえる。


「ガールフレンドじゃない!」


「なってくれてもいいけどな」


「うるさいわよ、秀架!」


 木の上から地に降りようとした時、身体が動かないことに気付いた。硬直した身体が地面へ激突する直前、いつの間にか現れた黒いコートの男によってキャッチされる。


「こみえを動かすと面倒なのは、よく知ってるよ」


 クイを抱き抱える黒いコートの男。クイは自分の足に、爆発とは違う魔法陣が描かれた紙が一枚張り付いていることに気が付いた。見落としてたなんた、まさか、有り得ない。身体が動かなくなったのはそのせいだ。


「気安く触るな」

 秀架の声が聞こえると、黒いコートの男の足元がぶくぶくと泡立ち始める。地面を腐らせる秀架の得意な毒と、土の魔術だ。


 男は瞬時にその場から消える。クイが毒の沼に落ちる前に、秀架が受け止めた。

 秀架がクイの足にある魔法陣の紙を剥がし、クイの身体は自由になった。


「うわ! 最悪だよ。いつか霧亜にやろうと思ってたのに」

 数メートル先に現れた男が声をあげる。


 秀架の毒に触れたコートの先が、煙をあげていた。

 男はコートを脱ぎ捨てる。その両腰には、脇差わきざしほどの長さの刀が二本、挿さっている。


「その刀……どうしてあんたが———」


 クイはその刀を見た事があった。こみえ一族から盗まれたという、代々伝わる刀だった。


 男は、クイが自分の腰にある刀に目を奪われていることに気付く。

「魔術師が刀とは珍しいか。これは亡き妻の形見だよ」


 クイは目を見開いた。

 そうか、こみえ一族から刀を盗んでいたのは、一族から逃げ出して殺された、この男の妻であり、依頼のあった暁乃智奈の母親、こみえ弥那だ。

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