混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第2話 ◯ 純潔の危機

公開日時: 2020年11月20日(金) 21:04
文字数:2,631

――― 〇 Tina



「お前、魔術学校行ってないのか?」

 ショーロの街を歩いていると、ついて来たラオが訊いてきた。


 明日の船の出航を待つ間、満瑠の手伝いをするということで、智奈は今日の夜ご飯の食材の調達、霧亜は船の修繕や力仕事を任されていた。


「うん、あたし魔術も体術もできないよ」


「何でだ! 霧亜の妹なんだろ? あいつは魔術師なんじゃないのか」

 興味津々のキラキラした顔でラオは質問をぶつけて来た。

 ラオは、子犬のようにぴょこぴょこと智奈についてくる。智奈より一、二歳年下のように見える。


 智奈は、自分がアヒロから来た人間であることを伝えていいものか迷った。サダンも知っている、霧亜は楼斗にも話していたから、大丈夫だろうか。


「あたし、アヒロで育ったの。最近こっちに来たから、こっちの世界のこと全然知らないんだ」


 智奈の言葉に、ラオは顔をしかめた。

「アヒロ? 霧亜もか?」


 智奈は、霧亜やサダンから伝え聞いた話を、ラオに伝える。二歳のときに父親にアヒロへ連れて行かれたこと、霧亜が迎えに来て、バベルに戻ってきたことをラオに話した。


 ラオはじっとこちらを見た。

「お前、混血人種なんだな。しかも抜かれてないのか」


 はっと智奈はラオの真剣な眼を見る。

 サダンの言葉を思い出した。

 ―――混血の存在は疎まれもするし、称賛もされる。

 彼の目は、一体どちらの意味を持っているのか。


 すると、ラオは目尻をすっと下げた。

「魔術も体術もできないんじゃ、ほんとにアヒロの人間と変わらないな。安心しろ、この街の知らないことはないから、俺が守ってやるよ」

 いひひ、と笑い、ラオは智奈の先導をきった。


「調子のいいガキね」

 呆れたように首元のナゴはふうと息をつく。



 ラオは体術師として、道場に通っているらしい。

 背の高く狭い路地などは壁を移り渡ったり、高い塀は智奈をお姫様抱っこで飛び越えたりと、足腰の訓練だから、と言いながらどんどん街を進んでいく。

 そんな恥ずかしいことできないと、拒否をしたが、この細い腕の少年の力に見合わない怪力で、為す術がなかった。

 これが、体術師というものなのか。


「体術師にも色々いるよ。性質にもよるかな。足速いやつもいるし、ナイフが得意なやつとか、いろんな武器持ってるやつとか。俺の性質は『金』なんだ。力強くて、泳ぐのが得意なんだ」

 得意げに話すラオ。

 確かに、初対面の時に突然海からあがってきたのは驚いた。



 ある程度の買い物を終え、オンボロクルーザーのある港に帰ろうとした時だった。


 相変わらず、ラオは狭い垂直の壁を忍者のやうに走ったり、アヒロの世界のゲームにいる、配管工のように壁ジャンプを披露している。


「おい、ラオじゃねえか」


 声をかけられ、ラオは立ち止まって智奈をの隣に降ろした。


 声をかけてきたのは、スーツをぴっしりと着こなした男二人だった。髪の毛もジェルで固め、嫌味ったらしい、にやにやとした笑顔をラオに向けている。


「なんだ、その子。新しいガールフレンドか?」


「うるせえ」

 ラオは男たちを睨みつけ、智奈の手を取る。

「こいつら政府派の見廻だよ。ショーロの見廻はふざけた奴が多いんだ。早く行こう」

 こそっとラオが智奈に耳打ちをし、手を引かれる。


 よく見ると、男たちの胸元には、ひし形を重ねたような、同じピンバッジが付けられている。


「お前の父親はまだこっちでこき使われてるが、元気そうだぞ、ラオ。たまには顔見せてやったらどうだ」


 去ろうとするラオの足を止めさせた、見廻の言葉。


 振り返ったラオの顔は、眉間にシワがより、今にも見廻の男に殴りかかりそうな顔をしていた。

「俺はもう魔力は抜かれてる! 父ちゃんはちゃんと申し出たはずだ! お前らが間違ってるだけじゃねえか!」


「すまねえなあ、俺がミスしちまって」

 ラオの言葉に、見廻の二人はがははと笑い、小さな智奈たちの顔を覗き込むように腰をかがめる。

「悪いなあ、ここでは俺らが正義だ」


 怒りを抑えられないラオは、腰をかがめた男に殴りかかった。素早い動きで、見廻の男は見切れずに顔に喰らい、横の壁に叩きつけられた。


「クソガキ」

 もう一人が、杖を出して壁を弾く。


 右側の壁がいきなり突出し、ラオの身体が壁に吹き飛ばされた。すると、ラオが激突した壁がぐにゃりと変形して、ラオの手足を壁に埋め込ませた。


「ふざけんなくそ野郎!」

 じたばたとラオはもがくが、壁はびくりともしない。


「そこのお嬢ちゃん、お名前は?」

 ラオを吹き飛ばした見廻の男は、杖を智奈に向けてにこりと笑った。


 智奈は恐怖で何も答えられない。

 首元のナゴが威嚇の声を出す。


「もしかしてそれ、猫又じゃねえか? 珍しいな。くれよ」

 ラオの攻撃をくらった男が、こちらに近付いてくる。


 智奈は咄嗟にナゴの前に手を差し出した。ナゴは小さくその手を噛み、獣化する。

 が、見廻の男の一人が何かをこちらに投げた。

 それがナゴの首に当たると、首輪のようにぐるりとナゴに巻き付き、ナゴは獣化を止め、苦しそうに地に落ちる。


「猫又を獣化させたら手に負えないからな」

 と、ナゴを欲しいと言った男の方に、ナゴを蹴り飛ばす。


 見廻の男は、足元に転がったナゴの首根っこを荷物のように掴んだ。だらりと、ナゴの手足は動けなくなっている。


「さて、君もラオと同じ道場の体術師かな? ラオは汚れた混血だって知ってるか? 一度でも混ざりあったら、その血は汚ねえんだ。君はちゃんと純血? それとも手遅れ?」


 男は智奈の手を掴み上げ、智奈に顔を近付けた。

「ん? おかしいな」


 智奈を持ち上げる男の反応に、ナゴを持つ男はこちらに近付いてくる。

「どうした」


「こいつ、力の反応がない」


 ナゴを持つ男はにやりと笑った。

「精密検査が必要だな。もしかしたら、逃げ延びてる混血かもしれない」


 智奈を持つ男も、汚らしく笑った。

「本当にそうだったら、俺たち昇進あるかもなあ」


 その時、壁に手足を埋め込まれたラオが雄叫びをあげた。凄まじい叫声で、空間がビリビリと響く。

 ラオを拘束していた壁が割れ、ラオは自由の身になった。


「怪力バカが」

 見廻の男は再び杖を出す。


 が、ラオはこちらをちらりと見ると、歯を食いしばって一目散にその場から走り去った。


「ありゃ、ボーイフレンド逃げちまったな」


「逃げ足は早いやつだ。どっかに応援呼ばれる前にずらかるぞ」


 言われても、智奈を掴む男は動かない。

「ガキでも楽しめることはあるよなあ」


 ナゴを持つ男は呆れたため息をつく。

「変態も大概にしろよ」


 智奈を掴む男は、智奈を頭の上から顔、身体、足先まで舐めるように見ると、鼻の穴を膨らませた。

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