——— ◆ Kiria
「魔術じゃ動かない」
能利は諦めたのか立ち上がった。
「……どういうことだってばよ」
「俺その漫画好き!」
ラオが手を挙げた。
「後で語らおうじゃんか」
能利の魔術で動かない要因としては、魔力が足りないから。それか、能利の火———マグマのイメージが明確じゃないから。だが、さっき能利はマグマを動かせてた。つまり、この目の前の滝のように流れるマグマは、マグマじゃないのかもしれない。
試しに、オレは青龍の森で体術師の女、クイに放った威力の高い水鉄砲を、滝に発射してみる。じゅっと音をたてて、オレの渾身の水鉄砲は、小さな煙をあげて蒸発した。んー、まごうことなきマグマのようなんだが。
ラオは、なんの躊躇いもなく近くを流れる川に指先を突っ込んだ。
「ぎゃっ!」
慌てて指を引っこめる。マグマに到達するよりも早く、マグマの熱気だけで火傷をしていた。
「お前はバカなのか」
能利は呆れたようにラオの火傷した指先を叩いた。
「いっだ! あ、ありがと」
ラオの火傷は治ってる。
治癒に関しても、性質は一緒だから、火傷の治癒はオレより能利の方が上手い。身体の中で、その要素がどう影響して怪我をしてるのか、理解しないと治すものも治せない。
「青龍さん、どうすればいいですか」
智奈が、頭の上に落ち着いている青龍に訊く。
「自力でどうにかするんだな」
青龍はするりと智奈の頭から蜷局を解くと、智奈の胸元にある六芒星のペンダントに吸い込まれて消えた。
「いなくなっちゃった」
智奈は肩をすくめる。
捨て身タックルでもしてみるか。
「能利、火傷の治療魔術に自信はあるか?」
オレが訊くと、能利は頷く。
「そこそこには」
「しっかり練度を上げた魔力を用意しといてくれ」
言われてる意味を理解したのか、能利は目を丸くした。
「お前正気か」
オレは深いため息をつく。
「水が得意で良かった」
オレたちが立っているマグマの川の岸から、滝までの距離は約五十メートル。
「ラオ、オレ一人持ち上げて飛ばすことは?」
「楽勝」
「よし」
じわじわとオレがやろうとしている事がわかってきたのか、智奈がオレのパーカーを掴んで頭をふるふると横に振り続ける。
アズは危険を察知したのかオレから智奈の肩へと移動した。
「大丈夫大丈夫、死にはしない。能利さんを信じて待っててくれな」
身体に水の防御膜を張る。生身で突撃するよりはいいだろ。
「いい? いくよ」
ひょろひょろのラオに腕をつかまれる。掴まれた腕の部分に、加速をかけておく。ラオはハンマー投げの要領で一周回ってオレをマグマの滝へ飛ばした。離される直前、加速で更にブーストをかける。
投げ飛ばされる間、直下がマグマで既に防御の水が蒸発しそうだった。
ものの数秒で、朱雀の目の前のマグマに近付く。オレは手を前でクロスして、身体を丸めた。
身体に張った水が、一瞬で蒸発する感覚。マグマに触れた感触はあったが、何故か熱くはなかった。
飛ばされた勢いそのままに、滝の向こうの穴に到達して、オレはふかふかの何かに突撃して、ゴロゴロと転がる。
「いったーい!」
聞こえてきたのは、声高な男の声。
転がり終わって、ダンゴムシが広がるみたいに丸まった身体を大の字に広げて、放心する。手を持ち上げて確認してみる。火傷の痛みは何も無い。辺りは、ただ、ふかふかの赤いベッドにいる気分。
「生身でつっこんでくる子は久々よお、もう。あんただいぶおバカね」
ふかふかのベッドが喋る。
頭だけ持ち上げてみると、ちょうどオレの股間部分に、鳥の頭がある。
鳥の額から後頭部にかけて、赤と金色を混ぜた長い羽。羽の先端は炎が揺らめいている。目は鋭く黄金の色で染まり、嘴は鉄も砕きそうなほど鋭い。
「ちょっと、そろそろどかないと、あんたの可愛いとこ啄むわよ」
嘴が動く。
オレは慌てて鳥からどいて、地面に降り立った。
鳥もバサバサと体勢を立て直す。家ひとつ分くらいでかくて、赤い鳥だ。
「いらっしゃい。ん? 調停者じゃないの?」
と男の声で可愛らしく首を傾げた。
「オレだったけど、下にいる妹に譲渡してて」
「ふうん。まあどっちでもいいけど」
大きな鳥はあはは、と笑う。
「あんたみたいなおバカが好きだからこんな試練にしてみたんだけど、案外みんな突っ込んできてくれないのよね。いい見せ物だったわ」
翼を広げて高笑いする朱雀。滝の奥にあった穴いっぱいに広がる、赤と金。翼の先も、振り返って穴から垂れる金の尾っぽの先も、炎が揺らめいている。
「青龍には行ったみたいね。残念だけど、あたしも代替えではないわ」
朱雀の言葉にオレは落胆する。また出直しか。もう少し効率的にならねえのか、この制度。百年に一度のイベントだから、しょうがないのか。
「代替えって、きっと白虎ちゃんじゃない? 前回は玄武だったし」
オレは朱雀の言葉に驚く。
「教えてくれるのか」
あはー! と朱雀はまた声を上げて笑う。青龍と違って、随分フレンドリーで陽気な神様だ。
「青龍は教えてくれなかったの? ケチ臭いわー、あの青二才」
「うるさいぞ」
いつの間にか、オレの隣に小さな浮遊する青龍がいる。
「あたしより百年若造でしょ。でしゃばらないでちょうだい」
ふんと息をつく青龍の鼻からは小さな雷がバチバチと飛んでいる。
「お仲間も多そうね、楽しいじゃない。白虎がいるのはメネソンよ。ほら、さっさと行きましょ」
ありがたい情報をくれた朱雀は、ぐっと力を込めると上へと羽ばたいていった。
朱雀の嘴で天井の木がバキバキと穴を開けていく。オレの頭上を朱雀が突き進み抜くと、小さな光が天井に見えた。地上まで、朱雀が穴を開けたらしい。マグマがこっちに流れ込んでくる様子もない。朱雀にとっては自分の縄張りだから、マグマを操るなんて簡単か。
「朱雀が死にゆく姿なんて、想像できないな」
一緒に上を見上げていた青龍がぼそりと呟く。
「青龍さん青龍さん、オレたちを地上へ連れて行ってくれたりしないか?」
期待を込めて、オレは訊いてみる。青龍に乗るなんて、夢だろ。
青龍はふわふわとオレの目の前に泳いでくる。
「私が、わざわざ大きくなって、わざわざ四人を乗せて上に上がれと?」
全く乗せてくれそうにない。オレはがっくりと頭を下げた。
「すいませんっした」
「良かろう」
「え!?」
オレが驚いて顔をあげると、目の前に大きな黄金の目玉が現れる。
「うわ、その驚かせ方やめろよ」
青龍は穴の中に、身体が入りきらないようでみちみちと蜷局をまいて、穴の下に尻尾部分が朱雀と同じく垂れている。
「早く仲間を呼んでこい。上に飛ぶぞ」
オレが突っ込んだ滝のマグマは、幻覚だったようだ。オレが発射した水は、川の蒸気で蒸発しただけだった。
オレは全員を青龍の前に呼び寄せる。初めてこのサイズを目にした智奈、能利、ラオは青龍を前にして硬直していた。
「こんな本物の龍に乗ったら、ザンリに当分乗せてもらえないだろうな」
能利が興奮気味に言った。
全員が乗り込んだのを確認すると、青龍はバチバチと雷の音を立てる。ぐっと力んだかと思うと、暴風を巻き起こして朱雀の開けた穴を一気に上った。
段々と光が大きくなってくる。洞窟によって蒸していた空気が、穴を抜けて一気に解放された。
新鮮な空気を、オレは大量に吸い込む。
ガンを作り出す巨大樹の木のてっぺんに、朱雀は降り立っていた。
「あら、全員乗ってるのね。いいわ、このままメネソン行っちゃいましょ」
そう言うと、朱雀は羽ばたいて浮き上がり、ガンの上空を旋回して、水平線に向かって飛んでいく。陽の光と海に照らされる朱雀は、宝石のように綺麗だった。
青龍に、一度智奈の両親の元へ戻ってもらい、別れの挨拶をして、オレたちは次の白虎のいる地、メネソンに向かった。
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