——— ◆ Kiria
地面である巨大樹の根っこがラオのかかと落としによって裂け、巨大樹の源であるマグマが目の前で吹き出した。が、突然現れた能利がマグマを押し戻し、マグマが流れ出たせいで熱くなった地面はオレが水で冷やした。
智奈が、ラオの作った裂け目から顔を覗きこませて下を見る。能利が押し戻したマグマは、地下数メートルでふつふつと揺らめいている状態まで落ち着いていた。
オレは辺りを見回す。
「誰か、要らない指輪持ってない?」
「なんで?」
純粋な妹の質問に、ただ邪推なオタク心を呟いただけのオレは酸っぱい顔をするしかない。
「こういうマグマに、指輪落とすの憧れてた」
有名なアヒロの小説だ。全部小説読んだし、映画も見た。あれは、最高のファンタジーだと思う。バベルにも、妖精とかエルフとかドワーフってのがいればいいのに。
「お前、アヒロの文化好きだよな」
呆れたように能利が言った。
魔術より魔法学校に通いたいって何度思ったことか。オレもシーカーになって一年生でトロール倒してえよ。
「アヒロで作った、結婚指輪投げてみる?」
智奈のアヒロでのお母さん、レンミさんが、楽しそうに左薬指から指輪を外す。智奈のお父さんの功路さんは呆れたようにため息をついた。
「せっかく地下への道できたし、ここから下に行ってみるか?」
智奈の隣で、オレも地面の裂け目から身を乗り出す。
「でも、このマグマをどうするの」
ラオは、オレも智奈も下に落ちないように洋服を後ろで引っ張っている。
「俺が開けよう」
能利が、杖を握って言った。能利の杖は、長く細い木に、火の性質を強める魔法陣がいくつも彫り込まれている。
「俺一人じゃさすがにキツい。お前の———お前と妹の魔力を貸せ。マグマを限界まで開けてみる」
なるほどな。オレには智奈の魔力が封印されてるから、能利と合わせて三人分の魔力がある。能利の火を扱う力があれば、この大量のマグマでも無理矢理こじ開けられるかもしれない。
「聖書のモーゼみたいだな。海じゃなくてマグマだけど。かっこよく手広げて開けろよな」
「……うるさい」
能利に頭を叩かれた。
「いでっ。なんだよ、急に!」
「お前、小さい頃は黙って後ろをついて回ってきて可愛かったのに……いつからそうなった?」
能利が深いため息をついた。
そんなこと言われても、こうやって成長したんだからしょうがない。
オレは、地面に手をついて魔力をマグマへと流す。そのマグマを、火を操るのが得意な能利が、コントロールする。
地鳴りと共に、地下のマグマが割れていく。まあまあ負荷のある重労働に、オレも能利も汗が滴る。
だんだんと割れていくマグマの底に、大きなマンホールのような鉄扉があるのが見えてきた。丸く、この地下十数メートル下にあるはずなのに、かなり大きく見えるってことは、鉄扉は直径数メートルはありそうだ。
「地下を開く者には扉が現れる」
智奈の頭の上の青龍が、歌うように言った。
「あ、あの下に行くの? 大丈夫?」
レンミさんが心配そうな顔をして、オレらの後ろではらはらとオレたちを見つめる。
「俺がついてるので!」
ラオが、智奈の手を握った。
「何を一丁前に」
オレはラオを小突く。
「ラオ、俺たちは魔術で精一杯だ。智奈を抱えて下に降りれるか? 様子を見てきてくれ」
能利が、ラオに訊ねる。
ラオは大きく頷いた。
「智奈空気みたいに軽いからな。むしろ落としそう」
「落としたらお前をマグマにぶち込むからな」
オレの警告にラオは変顔で対抗してきた。
能利はマグマを開く持久戦を続けたまま、地層から土を拝借して、ラオが扉まで飛び移れるようにある程度の足場を作ってやる。
オレが、見えた鉄扉に冷たい風を送っており立てるように冷やす。
「いってきます!」
ラオは智奈をおんぶすると、下へ飛び降りて行った。続いて、ナゴもラオと同じ軌道を渡って降りる。
下で、豆粒の大きさにしか見えないラオが、どうにか扉を開けようとしているが、ビクともしてないように見える。怪力を披露してくれたラオが開けれないなら、おそらく何かしらの鍵が必要なようだ。
オレも能利も、かなり汗だくでこのマグマを地底まで開けてるんだ。そろそろ限界も近いかもしれない。
が、もったもったと下の二人は全く開けられる様子はない。
「能利、あとどんくらいであの二人焼き焦がしそう?」
「あと……五分」
「オレも、木使ってってから無限にはやれねえんだよな……」
オレはアズを呼び出して、アズの目と喉に自分の視覚と声帯を繋げる。
「二人の様子と、扉を見てきてくれ」
合点承知を言わせず、アズは二人の元へ急降下していく。
アズの見ている視界が、オレに流れてくる。視界ジャックだ。ガンの地下にある鉄扉は、決して屍人がいるわけではなく、重厚的な彫刻が施された扉だった。朱雀と思われる神秘的な鳥が彫られ、周りに魔法陣のようなものも一緒に彫られている。そして、真ん中に六芒星の凹み。これは、はめ込めって言われてるようなもんだ。
「智奈、ペンダントだ。ペンダントを真ん中にはめ込んでみろ」
アズの喉を使わせてもらって、智奈に指示を出す。
てか、青龍も一緒に行ってんならヒント出してやれよ。ケチめ。
智奈が、青龍の時に首にかけさせたペンダントを扉にはめ込んだのか、鉄扉が内開きに扉が開いていく。マンホールのように地面に水平に設置された扉が内に開いて、智奈、ラオ、そして動物たちは滑り降りるように扉の向こうに消えていった。
「よし、じゃあオレが、先に降りるから」
能利に先に行かれたら、マグマが塞がる。
「俺がマグマを開けておく保証はない」
「信じてるぜ、お兄ちゃま」
能利に満面の笑みをプレゼントすると、能利はため息をついた。
智奈の両親に会釈をすると、二人は手を振ってくれる。
淵から飛び降り、無事にオレは能利に焼き殺されることはなく、ガンの地下に着地した。
扉の向こうは、洞窟のようだった。オレと智奈が並んで手を広げればお互いに壁に手がつくくらい狭い。天井もオレや能利が手を伸ばせば掌がしっかりつく。能利の方が、オレより背が高い。空気はじめじめとサウナのように蒸し暑い。
暗く、光源のない空間だった。能利が自分の手に火を灯して明かりを作ってくれる。すると、能利の炎の近くにある壁がじりじりと燃えた。岩じゃない。ここも、この洞窟全てがガンと同じ、木でできていた。
変に壊すと、またマグマに襲われそうだ。
「この一本道を進めば、朱雀はいる」
智奈の頭に乗ったままの青龍が、教えてくれる。扉は何も教えてくれなくて、今はこんな素直に教えてくれるってことは、このあと何かしらありそうだな。
青龍に教えられ、オレたちは洞窟をひたすら進んだ。
先へ進むと、広い空間が待っているようで、視線の先に明かりが見えてくる。能利は自分の火を消した。
光に吸い寄せられていくと、そこは大空洞になっていた。光源は、幅五十メートルほどのマグマの川だ。その川の上流には、二十メートルほどの滝。その滝と川の流れが全てがマグマで、所々から煙が上がっている。地獄、っていう印象が最適かもしれない。
「滝の奥、何か光ってないか?」
能利が大きな音を立てて流れるマグマの反り立つ壁を指差す。
目を凝らしてみると、マグマの壁の向こう側に、直径数メートルの穴があり、そこに鎮座するようにマグマを透かして光る赤い大きな鳥の姿があった。
黄色から赤色にかけて、様々な毛色を持つ、アズが獣化した時よりも大きな鳥。黄色い尾っぽは穴から垂れるほど長い。羽を閉じて、フクロウのようにじっとそこに佇んでいる。
アズ、ナゴ、能利のフードの中にいる蜘蛛は、青龍の時ように震えるようなことはない。
「そういえば、能利って龍の獣化動物いるよな?」
あの赤い龍かっこいいよな。今連れてきてないっぽいけど。
「ザンリか? あれは龍じゃない。鯉の獣化動物だ。龍に成れない鯉だから、龍の姿は長くは持たない」
「へえ、でも龍にはなるんだろ? 今度乗せて」
「あいつに気に入られればいくらでも」
気の難しい獣化動物なのか。
「あれが、朱雀?」
智奈は、川に足をかけて、ラオにTシャツを引っ張られながら首を伸ばす。この光景、さっきからよく見る。智奈も、絶対楽しんでる。
「寝てるみたいだけど」
オレは大きく息を吸い込んだ。
「すいませーん、調停者の者なんですが!」
朱雀はピクリとも動かない。
マグマの向こうってことは、また能利にマグマを開けてもらう必要があるのか。
オレの視線に気付いたのか、能利は木のでこぼこした表面の地に手をついた。
「まだ魔力残ってるか?」
「もちろん」
オレは能利の肩に手をついた。
数秒間、能利はじっとマグマの滝を見つめている。マグマがぴくりと動くことも、何かしらの振動があるわけでもない。
「能利さん、起きてる?」
能利の肩にある指先をトントン叩いてみる。
能利は困惑気味にオレを見てきた。
「動かない」
「は?」
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