混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第2話 ◆ 謎の高揚感

公開日時: 2020年10月23日(金) 22:08
更新日時: 2020年10月29日(木) 03:54
文字数:2,977

——— ◆ Kiria



「いやー、お邪魔かなって思って」


 ここで無理矢理退場しようとしたら、見廻五人に囲まれる。四人背負って逃げ切れるかって言ったら、正直悩ましい。


「少年、入世書を見せてもらえるか」

 見せなきゃどうなるかわかってるだろうな。という後ろの言葉まで聞こえてきそうだった。


 オレはトレーナーのポケットに手を突っ込んで、智奈の家で姿無き声が渡してきた、入世書を見廻に見せる。


 見廻は書類を確認すると、オレに返してきた。

「ありがとう。この子たちは?」

 見廻は気絶する智奈たちに目をやる。


「こっちで仲良くなった友達」


 智奈がオレの血縁者と言ってしまうと、智奈もバベルの人間なのは当然なわけで、書類が必要になる。智奈の入世書はない。面倒になりそうだから絶対に言わない。


「そうか。その腕の中のバベルの子はともかく、この子たちは記憶を消すことになるよ。相当なものを見られてしまった」


 バベルの存在を知られないように、アヒロの世界では必要があれば人々の記憶を消し、証拠をもみ消す。あの宇宙人を倒す黒いスーツのハリウッド映画みたいにな。あのピカってやつを、こいつらがやるんだ。


 そうか、そうだよな。壮介にもしっかりオレが戦う姿や、絢香の暴れまわる姿を見られたし、智奈にも相当ショックな場面を見せちまった。

「どこまで、消すんだ」


「この子が公園に現れた辺りからだ。忘れたければ、君も同じ箇所で記憶を消すが、君はバベルの子だからな、親御さんの許可が必要だ」


「いや、あいつらだけで大丈夫」



「絢香!」

 突然、絢香の名を叫ぶ男女がオレの真横に現れた。夕食準備をしていたらしいエプロンの女とサラリーマン風のスーツ姿の男。


「ママ!」

 絢香が、オレから離れて母親に抱きつく。


 絢香の母親は、オレとその周りで気絶する小学生たち、そして見廻の姿を見て、オレを睨みつけてきた。

 いやいや、オレじゃねえって。


「娘さんの入世確認が取れない。私達は鋭牙えいが派だ。悪いようにはしない。バベルまでご同行願いたい」


 見廻に言われ、絢香の父親は絢香の抱きつく母親の肩を抱いて、うなだれた。



 バベルの見廻は、政府の人間は、腐ってる。それは、十四年しか生きてないオレでも十分わかる。その中で一番オレたちが恐れているのが、希少価値である混血人種の人身売買だ。それを恐れて絢香の両親のように、アヒロに亡命する人も少なくはない。

 この見廻が言った『鋭牙派』っていうのは、今の政府を悪として対抗する、見廻が集まって分かれた派閥だ。混血人種を捕まえても、売り買いに出されることはないだろう。



「娘は、どうなるんですか」

 母親の声が、静かな公園にぽつりとこだまする。


「バベルに連れ帰って、すべての記憶を消す。アヒロで生活していたことは、残念だが残せない。また、どちらかの力を抜かなきゃいけなくなる。亡命した時点でそれは覚悟の上だっただろう」


 母親が地面にうなだれるが、だんだんと母親の周りに熱気があふれてくるのが、空気の動きでわかった。

「もう、バレたらおしまいよ」


 急に気温が急上昇したかと思うと、一瞬にして、公園全体が炎に包まれる。


「少年、友達を守ってろ!」

 オレの肩を掴んでいた見廻が、舌打ちをして母親の方へ走り出した。


 オレは遠くで伸びる康太を近くに空間移動させ、智奈と壮介の三人が燃えないように自分と共に水の膜に包む。

 そこで、オレは智奈、壮介、康太を連れて、転移魔術で逃げていれば良かった。戦闘が始まると思って、見たいと思って、その場にいちまったのを、後で後悔した。

 目の前は、凄惨な光景が一瞬にして広がった。


 絢香の母親は大量の炎で渦を巻き、見廻を蹴散らす。見廻が炎の渦に気を取られている隙に、弧を描くように立ち回る父親が、素早く見廻たちの死角に近付き、急所を素手でついて殺していく。父親の手は巻き上がる風で手刀のようになっているのか、見廻に触れると刃物に裂かれたように血を流している。父親は、木の性質を持った体術師だ。父親の立ち回りで風が起こり、母親の炎がより強くなっていく。『木』は相生の関係である『火』を大きくする。相性のいい夫婦だ。


 初めて、人が簡単に死んでいく光景を目の当たりにした。オレの足元に、一番最初に声をかけてきた若い見廻の首が転がってきた。殺されるとは思っていなかったであろう、驚いたような顔が、水の膜の向こう側で揺らめいている。それが、高温の炎で焼け爛れ、黒く焦げていく。


 急に胃の中が逆流してきて、オレは草むらにさっきまで食べていた駄菓子を吐き出した。

 炎に焼けただれた火達磨が駆け回り、大量出血の傷にのたうち回ったり、首をかき切られて目を見開いて死んでいく。


 強い風が、水の膜を吹き飛ばした。一瞬で、周りの熱気がオレたちを包む。蛇のように動き、絡みつく、見廻たちを焼き尽くす炎が、絢香の炎より何千度も高そうな炎が近付いてくる。

 智奈たちの周りに最大限の魔力を注ぎ込んで水の膜を張り直し、オレはその前に立ち塞がった。

 心臓が、口から出てくるんじゃないかと思うほど、大きく跳ね上がっている。炎の熱さなのか、肝が冷えているからか、興奮なのか、汗が止まらない。


 目の前に迫る炎。


 跳ねる心臓。


 防げるか、攻撃し返せるかわからないオレの力。


 オレは笑っていた。



 ———最高だ。




「ママ!」

 絢香の声が公園に響く。


 水で柱を作り上げ、風を起こして竜巻を作る。それが、突然更に大きく巨大化し、母親の炎を飲み込んで消し去った。

 竜巻を大きくしたのは、オレの前に立ち塞がった、黒いコートの男だった。この男が、オレの竜巻の周りに金属板を出現させ、冷やした金属の表面に浮かんだ水滴を加え、水のかさ増しを図っていた。

 竜巻が母親を飲み込んで巻き上げ、竜巻から吐き出されると、ボロボロの人形のように地面に落ちた。


「苦手な木の風を使うよりも、ここは金の方が効果的だぞ、少年」

 黒いコートの男が背中で語る。


 また、出てきた。


「お前……誰だ? 智奈のストーカーか?」


 黒いコートの男はぶはは! と盛大に笑った。フードを深くかぶっているせいで、顔は全く見えない。

「確かに、ストーカーだな」


 いつの間にかオレの背後に絢香の父親が近付いていた。父親の回転で巻き上がった風が、オレの頬を裂く。いち早くそれに気付いた黒いコートの男は、指をついと動かすと、オレの竜巻を強くした金属板が音速のようなスピードで飛び出す。風の摩擦で削り取られた金属板は棒のような状態に姿を変え、絢香の父親の両手首に突き刺ささった。手首を貫通した棒はまだ黒いコートの男の思うままに動き、操られる父親はそのまま地面に叩きつけられた。

 『木』の相克は『金』。さっきの母親は、オレの竜巻を『金』で大きくして母親を倒した。その『金』を瞬時に状態変化させ、地面に父親を叩きつけた。上手い。こいつ、性質を使い慣れてる。


「罪の無い子供にまで手をあげようとするのはけしからんよ」

 やれやれ、と余裕そうな黒いコートの男は、首を横に振る。



「そこの魔術師!」


 応援に駆けつけたのか、別の見廻が同じく五人ほど公園に姿を現した。声をあげたのは、入世書を見せ、智奈たちを守るよう指示した見廻だ。生き残っていたようだ。


 黒いコートの男は、オレの頭にポンと手を置くと、ゆらりと姿を消した。


「くそ、何なんだあの魔術師。魔力こんまで消してやがる。常習犯だな」

 駆け付けた見廻が、ぼそりと呟いた。

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