——— ◆ Kiria
ついに日曜日がやってきた。
いつもより髪の毛は整えた。服装も買い物に行って黒いジャケットを買ってもらった。下は昨日洗ったジーンズ。靴も一応布で拭いた。心の準備もできた。
智奈も昨日アイロンをかけた白いワンピースを着ている。
康太との待ち合わせはオレたちの家の前だった。家を出ると、康太がオレたちの家の前で待っている。康太はオレを見るとプッと吹き出した。
「待って面白すぎ。写真撮りたい」
康太の格好はいつも通りだった。ただ菓子折だけは持っている。
「ちょっとお菓子忘れてる」
智奈も玄関から出てきた。
今日の約束を取り付けた後に、「サワコさんはチーズ菓子が好きだから、持っていくといいよ」と康太に聞いていた。
「ちょっと待って霧亜どいて。智奈ちゃんの白ワンピ」
康太に手を引っ張られ、後ろに退けられる。が、康太はすぐに地面に崩れ落ちた。
「あああカメラ持ってない」
「あっても撮らせねえ」
いつの間にか智奈はオレの後ろに隠れている。
「智奈ちゃんの白いワンピース」
ぼそりと康太は立ち上がる。
「ほんときもい」
康太の案内で、学校からオレたちの家よりもっとまっすぐ進んだ所に歩いていくと、大きな木造の壁が立ちはだかった。左右に首を振っても、漆喰の壁しかない。江戸時代ってやつに出てくる家のようだ。中から侍とかが出てくるような。
さらに康太についていくと壁の一部がへっこんでいる、両開きの門へとたどり着いた。
木造の門の右端にはしっかりと栗木という仰々しい名札が掲げられていた。
康太は何の躊躇もなしにインターホンを押した。遠くでインターホンのベルが鳴る音が小さく聞こえる。
「いらっしゃい。開ける」
上ずった壮介の声がインターホンから聞こえてくる。
木造の門が勝手に観音開きで開いていく。門の向こうには、ゲームで見ていたような光景と、ほぼ同じものが広がっていた。
門から玄関まで、地面は良い石の砂利道。その左右にずらりと並ぶスーツか柄シャツの男達。両足をがに股に開き、手は後ろに、仁王立ちで全員真ん中の道を向いている。
怖い怖い怖い怖い。
「いらっしゃいませ」
一人の男が声を上げると、全員が復唱する。
怖い怖い怖い怖い。
康太を見ると、「こんにちはー」と、慣れたように砂利の上を歩いていく。オレと智奈は慌てて康太の後ろをついていった。
武士が住んでるような屋敷の横開きの扉の前に、すらっとした着物の女性が立っていた。康太の言っていた通り、いや、想像以上に綺麗すぎて、年齢不詳だ。白い着物に紫の帯。髪をしっかりと上げてきりっとした目はオレと智奈をしっかりと見定めている。
「お久しぶりですサワコさん」
康太は軽い足取りで着物の女性に近付き、ひしと抱き締めた。あいつ、絶対鼻の下のびてる。
「よう来いはったな、康太。壮介と遥平も中で待っとるよ」
「はーい。あ、これどうぞ」
完全にオレたちを置いて、菓子折をサワコさんに渡すと、オレが止める間もなくバタバタと家の中に入っていった。
智奈は後ろから無言でオレにチーズ菓子の紙袋を渡してくる。何だ、オレが渡せってか。玄関前で智奈と無言の喧嘩をしていると、ふとサワコさんと目が合った。
あっ殺される。
「あっ、の、これ、つまらないものですが」
緊張で声が上ずった。
サワコさんは、しなやかな手で紙袋を受け取ってくれた。にこりと笑い、家の中へ誘ってくれる。
「ありがとう。壮介の母の爽子です。中、入ろうか」
オレは小さく何回も頷き、とりあえず忍び足で中に入った。
爽子さんは後ろ手でぴしゃりと扉が閉め、玄関にはオレと智奈と爽子さんの三人になる。
「あんたが霧亜くん?」
切れ長の瞳がオレを引っ捕らえる。
またオレはこくこくと首を縦に振る。
「あんたが智奈ちゃん?」
透き通った黒い瞳が智奈に動く。
智奈もオレと同じ動きをした。
すうっと息を吸い込むと、爽子さんはオレと智奈をがばっと抱きしめてきた。甘過ぎない、いつまでも嗅いでられそうなめちゃくちゃいい匂いと、着物の和風な匂いが混ざる。
何が起こったのか理解できなかった。
「あんたらかっこかわええなあ。おばちゃん、あんたら二人見たとき興奮してしもたわあ」
さりげなく頰にキスをされた。もう一度ぎゅっとされてから、解放される。
「壮介の友達なんて、あたしらのせいで全然できんくて、本当申し訳なかったんよ。おばちゃん嬉しいわあ。ありがとな。これからも壮介と仲良くしてやって」
玄関の前の階段からバタバタと音がする。壮介が、小さな男の子と下りてきた。
「こんにちは! ようへいです!」
大きな声で、遥平君は手をあげる。
「いらっしゃい」
遥平にしがみつかれてる壮介は、照れ臭そうに笑った。おっと、ここでいい兄貴属性もつけるのか、お前は。オレとキャラ被りしてんじゃねえよ。
爽子さんは、階段を下りてきた壮介をオレたち同様がっつりと抱擁した。いつもの光景なのか、するりと母親をかわした遥平は、さっさと隣の和室へ消えていく。
「あんためちゃくちゃイケメンとかわい子ちゃんやん! よくやった息子!」
「ちょっと離して」
身動きの取れない壮介はもぞもぞと恥ずかしそうに体を動かす。
「あ、のりさんがご飯作ってくれてる」
頰にキスの嵐を受けている壮介は隣の部屋を指差した。
中に入れてもらうと、和風の居間に大きくて黒くて高そうな背の低いテーブルが置かれ、大量の料理が並べられていた。大所帯の宴会場のような光景だ。和洋折衷、菓子からケーキやら。まるでバイキングだ。
豪勢な料理に唖然としていると、奥の部屋から割烹着を着た男が出てくる。照れくさそうに笑う割烹着の男は、白い帽子を脱いだ。つるりとした禿頭が顔を出す。
「坊のお友達さんが来るって言うから、張り切りすぎちまった」
半袖の割烹着の下からチラリと見えるのは鱗のようなものだ。ああ、これが背中に龍を背負うのりさんだ。
「すげー! のりさんいつものよるごはんよりごうか!」
遥平がばたばたと宴会場を走り、豪華な料理を眺めていく。
「遥平、行儀悪くするな」
壮介に言われ、遥平はべっと舌を出した。
みんなが腹がいっぱいになった頃、オレは本気を出し始めた。少しずつ残った大量の料理を、全部喰らい尽くしていく。
マジ、この料理美味すぎる。智奈が作ってくれるごはんもめちゃくちゃ美味しいけど、智奈はお母さんに教わった料理の味。今オレの胃袋に吸い込まれていくのは料亭の味。
「いい食べっぷりやねえ」
爽子さんがころころ笑った。
「テーブルにご飯が大量にあったのに」
康太は信じられないという顔をしている。
「あと五人前はいける」
奥の厨房から太い笑い声が、聞こえた。
康太は、もう見たくないと喉に手を当てて吐き気を催すポーズを見せてくる。
「霧亜、まだ食べるの? 見てると吐きそうだから上行って遊ぼう」
康太が呆れたように子供たちに提案した。
さすがに見飽きてたのか、智奈と遥平は頷くと、ごちそうさまでした、と廊下に出て、階段を上がっていく。
「アイス持っていくから、先行ってて」
壮介が、康太に伝える。わかったーと康太も階段を上がって行った。
その場が、爽子さんと壮介、そしてオレだけになる。
オレの、みんなの残した料理をひたすら口に運ぶ音だけが、宴会場に響く。なんか、食べるとこをじっと見られてると恥ずかしいな。
「壮介、目付きが怖いやろ。お父そっくりなんよ。付き合ってくれてありがとな」
母親がそれを言うか。
「お父は今出張に行ってていないんよ。今度霧亜くんに会わせたいわあ。きっとお父好きやわ、霧亜くん」
「康太が、教えてくれたんです。壮介の本当のこと」
「やっぱり、康太は人の輪を広げる力があるなあ。またいつでもおいで」
そわそわと、壮介がオレと爽子さんを交互に見つめている。んー、嫌な予感。
「霧亜くん、あんたバベルの子なんやってな」
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