——— ◆ Kiria
せっかく、可愛い妹と再会できて。
せっかく、アヒロの世界の学校生活にも慣れてきて。
せっかく、仲良くなった友達と遊びに来れて。
せっかく、これから順風満帆に妹とのアヒロライフを楽しもうと思ってたのに。
これだよ。
類は友を呼ぶ、とアヒロの日本では言うらしい。このことわざを知った時は、そんな偶然あるわけないだろと笑ったもんだ。
……そのまんまだよ、ちくしょー。
絢香が魔術の力を持っているのは、智奈たちとの帰りに、黒いコートの男を見て、智奈が猛ダッシュしたあの日に気付いてた。
怒りを見せた絢香から、魔力を感じた。しかも、修練したことのなさそうな、粗雑なもの。魔術学校の一年生が、感情のコントロールができないで起こすような癇癪で出たような魔力だった。
絢香は、バベルの人間だ。
智奈と友人だったのはたまたまだったのか。
いや、絢香は、智奈が両親が別にいることを知ってたらしい。つまり、智奈が本当はバベルの住人だってことも知ってたに違いない。
ただ、絢香はオレのように魔術学校に通っていたとは思えない。攻撃に、稚拙な魔法陣で形成可能な、タバコの火ほどの温度の火球しか出してこない。
今の絢香の状態は、怒りに任せて魔力が暴走してる状態だ。かなりコントロールができなくなってる様子。
人間の魔力がゼロになった時、人は死ぬ。
絢香のあの暴走状態で、このまま戦わせたら、本当に死んじまう。
簡単には治したが、智奈を守った時に腕に受けた火傷が延々と痛む。
火の性質は苦手だ。オレは小さい頃にも火傷したことがあって、トラウマがある。
治療魔術は、性質を理解してないと完治させるのは難しい。
頭上が何やら熱い。
上を見上げると、公園にすっぽり収まるほど大きな火球が近付いていた。
「えー、オレ、メテオは初めてくらうわ」
これが当たったら、絢香、お前の親友諸共、大火傷じゃすまないぞ。
「ま、相性が悪かったな」
オレは手を叩き、火球に向かって手を広げた。オレの両手のひらには、それぞれ、水を使う魔法陣と、広く伸ばす作用の魔法陣が浮かんでいる。
大気中の水分を、俺の目の前に集め増幅させる。公園を覆い尽くす、大きな水の盾だ。
巨大メテオをガードされた絢香は、次にオレの水の盾の下から、火球を次々と飛ばしてくる。オレの身体に水を薄く張って熱さをガードしておきつつ、走り込んで火球を障害物競走に見立てて渡りきり、絢香に近付いた。
バベルの人間が、誰しも絢香のような跳躍と怪力を持っていて、魔術を扱えるわけじゃない。
アヒロの人間の身体能力を遥かに超えた体力と筋力の持ち主を、体術師。魔術を使えるほどの魔力量を持っている人間を、魔術師と呼ぶ。
両方の力を持ち、体術と魔術両方扱える人間は、『混血人種』と呼ばれる。
呼ばれたなあ、類が友を。絢香は、オレ達と同じ混血人種だ。
一か八か、絢香の丹田、臍の下に絢香の『火』の性質の相克である『水』の性質でできた、オレの魔力を大量に流し込めば、暴走した絢香を止められる。相克の魔力を流し込み過ぎたら、絢香が死ぬ可能性もあるが、オレならできる。
「絢香! お前このままじゃ死ぬぞ!」
近付いた絢香の顔は、涙と汗でぐしゃぐしゃになっている。
「なんか、やだ。怖いよ……。霧亜くん……助けて……止まらないの」
絢香の意思と関係なしに、魔力が暴走している証拠だ。魔術学校の低学年クラスではよくある光景。それを助けてやるのは、暴走した生徒と相克の性質を持つ一部の上級生か、先生の役目だ。
「混血同盟だな、助けてやるよ」
絢香はオレの言葉に目を見開いた。
オレは絢香の足を払って後ろに倒れさせる。絢香が地面に倒れ込む前に腕を滑り込ませて左腕でキャッチすると、右手を絢香の臍あたりに押し付けた。短時間だがかなり練りこんだ水の魔力を流し込む。
絢香は叫び声をあげると、気を失った。成功だ。
その時、真横に絢香の放った最後の炎があった。熱さで気付いて、横に顔を向ける。目の前がオレンジ色に明るかった。
「最後に攻撃しておくのは無しじゃん……」
一か八か、鼻先に感じる熱さと火球の間に、水の膜を張り、万一に備えて気絶する絢香を背中で庇う。
爆発音と共に、熱せられた水が辺りに飛散する。
「あっつ!」
爆発した水が、熱湯となってオレの体をしっかりと濡らした。全身ずぶ濡れで、前髪と鼻先を代償に、絢香の炎は消え去った。
いつの間に止まっていた息を、大量に吐き出す。アドレナリンの生成が一瞬にして終わったのか、キツくなかった息が切れてくる。汗が、頭から顔からどっと吹き出してくる。
戦闘の疲労とともに感じる高揚感。魔術学校でも、戦闘訓練の終わりは気分が良かった。
「君、大丈夫か?」
オレの肩に手を置いたのは、スーツを着た若い男だった。オレはスーツ姿の男の胸元を確認する。バベルの政府のバッジ。こいつは、アヒロの世界でいう警察だ。
見廻なんて、呼んだ覚えない。なんで、こんないち早く駆けつけるんだ。
オレも絢香も、智奈も、こいつらに見つかっちゃまずい。見廻は、混血人種を目の敵にする。オレたちも、見廻が嫌いだ。
目の前の男を含め、見廻は全部で五人ほど来ていた。
「何があったんだ?」
オレの肩に手を置いた若い見廻が訪ねてくる。
「楽しく駄菓子パーティしてただけっす」
「そうは見えないけどな」
若い見廻が、冷ややかな目で、ずぶ濡れのオレと気を失う絢香を見据えている。
若い見廻はオレと絢香をじっと見てから、別の見廻に報告しに行く。
会話が耳に入ってくる。
「魔力の痕跡から調べましたが、あの少女の入世確認が取れません」
「不法入世者か。親を呼び出してみるしかないな」
「あの少年の記録はあります。書類を持っていれば、問題ありません」
「他に倒れてる子供は?」
「あの子たちは、アヒロの子供のようです」
なるほど。もし、絢香が不法入世者なのだとしたら、早く智奈たちを起こしてここを立ち去った方がいい。
入世許可書なしにアヒロに移動するのは、パスポートなしに海外に渡航するのと同じだ。逮捕される。そして、逮捕された混血人種の末路は、考えたくない。
オレは立ち上がって絢香を抱えると、智奈の方へと近づいた。
揺らしたからか、絢香が目を覚ます。
「へえっ!? 霧亜くん……?」
「もう大丈夫だぞ。見廻が来てる。さっさとずらかろう」
お姫様抱っこに赤面していた絢香は、はっと周りの状況を確認すると、顔を隠すようにオレにしがみついて来た。やっぱり、見廻に見つかりたくないタイプの人間か。
智奈も壮介も、気絶しているようだった。壮介は頭から血を流していたように見えたが、治っている。見廻が治してくれたのか。康太も公園の端で伸びているだけのようだ。
オレは智奈たちがオレの転移魔術の範囲内にいることを確認する。
よし、逃げ―――
「どこに行こうとしてる」
見廻に肩を掴まれた。しっかりと、魔術を使えないよう、オレの性質である『水』の相克に当たる『土』の性質の魔力をオレに流し込みながら。
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