混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第6話 〇ご馳走と酔っ払い

公開日時: 2020年12月13日(日) 19:21
文字数:3,004

——— 〇 Tina



「お腹空いたでしょう。もう夜ご飯の時間よ。今日は店も閉めましょう。私の腕の見せ所ね!」

 曄は立ち上がり、鼻歌を歌いながら巨大な身体をキッチンへ移動させた。


「そうじゃな! せっかくの客人だ」

 と、芙炸は居酒屋の方へ向かうと、玄関の鍵を閉め、窓のカーテンを閉じた。



 曄の手によって、短時間で料理の品があれよあれよとテーブルに並ぶ。全てが大盛りの、様々な料理の匂いが智奈たちのいる空間に漂う。

 テレビの中でしか見たことの無い大きな海老や、知らない名前の動物の肉詰めピーマン。更にはローストビーフの見たことも無い葉っぱ添えなどなど、第一の世界で知る一般的な材料から、知らないものまで数多くの料理が並んだ。


「わあ美味しそう!」

 クズネが、料理から料理へぴょんぴょん飛び回る。


「クズネなら大丈夫ってわかってても、ちょっと身構えるよな、蜘蛛が一回乗った料理って」

 霧亜が、料理を飛び移るクズネを見て生唾を飲んだ。


「失礼しちゃう。美味しそうよ、頂きましょ」


 ナゴもアズもクズネも、テーブルの上で智奈たちと同じ料理を、それぞれの器から食べる。

 獣化動物は、アヒロのペットのように決められた餌がない。餌というと、彼らには失礼に値する。獣化動物は、契約者である者に仕えている形にはなるが、ほぼ対等な立場なのだ。


 智奈たちも、席に着いた。


「こっちの世界でも、牛豚鳥は食べるんだね」


 智奈が曄の料理に舌鼓を打ちながら、小声で言うと、霧亜が答えた。

「種類違うだろうけどな。向こうの世界にあるものは基本なんでもあるよ」


 芙炸と曄には、アヒロに智奈がいたことは伝えていない。


「まだあるから、食べれるなら言ってね」

 曄は嬉しそうに言った。


「まだいけます」


 霧亜の即答に、能利は眉を顰めて霧亜を見た。

「そんな食うのか、お前」


「孤児院の料理、おかわりできなかったじゃん。めっちゃ我慢してたんだ」

 言いながら、霧亜の口へと掃除機のように料理が吸い込まれていく。



 曄の美味しい手料理を頂き、霧亜の大食いを見て曄は次々と嬉しそうに腕を振るう。

 芙炸と能利は、体術についての論議を酒を交わしつつ口を回す。

 智奈は、満腹になってからは、曄と一緒にキッチンに立ち、霧亜に吸い込まれていく料理の作り方を教わった。


「嬉しいわ、子供が一気に増えたみたい。まだメネソンにいるつもりなら、是非泊まってちょうだい」

 曄が、たくさんの料理レシピをマスターした智奈を抱きしめる。曄の胸や腹に埋もれるのではというほど、きつく抱きしめられた。


 寝室は、空き部屋が二つあるということで智奈と霧亜は同じ部屋へ。能利は別の部屋を借りた。

 かなり飲んだのか、能利は、少し足取りがフラフラとして、眠そうな目をしている。


「飲みすぎだぜ、お兄ちゃん」

 霧亜が能利の頭を叩いても、能利は、んー、としか反応をしない。


 それを好機と、霧亜は嬉嬉として能利にあてがった部屋に能利を連れ込むと、ベッドに彼を放り投げ、能利の上に馬乗りになり、身体中をまさぐり始めた。


「な、何やってんの」

 イケナイものを見せられていると判断した智奈は手で顔を覆う。


「智奈、指の間からガン見してる」

 呆れたナゴの声が首元から突き刺さる。

 

「旦那が能利さん襲ってるっスー!」

 アズも智奈と同じポーズで窓枠から二人を凝視する。

 アズの頭の上にいるクズネは、ため息をついてそれを見守った。


「ちっげーよ! こいつ体術すごいじゃん、しかも火の性質の。だから観察。———え、こいつオレより筋肉ありそうだな。瞬間的な力を出すものなのか。確かに、師匠に教わった隼波水はやなみより、爆発力って感じの体術だったもんな……」

 霧亜は能利の腕や足を持ち上げたり、胴回りを観察してぶつぶつと呟く。


 まさぐられている間、能利は全く起きることなく、気持ちよさそうにすよすよと寝続けていた。


 満足いくまで能利を観察し終わった霧亜は、能利の頬をぺちぺちと叩いた。

「なあ、能利。火の性質の体術って名前なんていうんだ」


「……火吼獅ひぼうし

 もぞもぞと寝ぼけまなこの能利は、ぽつりと呟いた。


「ひぼうし? 強そうな名前。能利、今度また手合わせしてくれよ」


 能利が、ぼんやりと目を開けた。

「……手合わせな……やろう」


 突然、霧亜が背中から壁に打ち付けられる。


 智奈は驚きで言葉が出なかった。


 能利が、ベッドから半身を起こしていた。霧亜を突き飛ばした肘を、ぽとりと脱力させる。

 ぼんやりとしていて、しかし口元は微笑みを浮かべてる。うっすら開いている瞳が智奈を捉える。じっと見つめられ、それからゆっくりと壁に激突した霧亜へ視線を移す。

「パンプキンパイにチョコミント……綿あめにブルーベリー……」


「は? 何だって?」

 壁に突き飛ばされた霧亜は、咳き込んで顔を上げ、眉を顰める。


「なくならないうちに、全部独り占めしなきゃ……」

 目で追えないほどの速さで、能利は霧亜に殴り掛かった。


「おい、今手合わせしろなんて言ってねえよ! 酔っ払いすぎだぞ、お前!」

 応戦する霧亜は、なんとか能利の体術の攻撃を受け流している。


「あー……まったく」

 クズネが、アズの頭からぽてりと床に降りた。かさかさと素早い動きで能利に近付くと、能利の手に噛み付いて獣化する。


 部屋に、巨大な大蜘蛛が姿を現した。

 智奈は恐ろしさのあまりその場にへたりこんでナゴを抱きしめる。


 獣化したクズネは、能利を即座に八本足の内四本で、手慣れたように能利を拘束する。

 能利も、クズネに拘束されると、大人しく捕まり、暴れる様子はない。が、物欲しそうに智奈と霧亜を見ているのは変わらない。


「能利、酔うと幼児退行して、人間もデザートに見える、気狂いの甘党になるの。ごめんね、あたしが責任をもってこの部屋に閉じ込めるから! 二人は安心して寝てね!」

 能利を拘束したままフルフルと手を振ると、クズネは智奈たちを部屋から追い出し、扉を閉めた。


「ただの甘党の目じゃなかった」


「捕食されるかと思った」

 霧亜が、ぷるりと身体を震わす。

「クズネには、あんまり獣化してほしくないな。二年生なのに、禁じられた森であいつらよく頑張ったな」


「その物語、魔法のやつでしょ? ちょうどそこから怖くて読んでない」


「お前、それはないわ。名作中の名作シリーズだぞ。最後とか、マジ結婚しよってなるぞ」


「聞こえてるわよ、アヒロオタク!」

 壁の向こうから、クズネの怒鳴り声が聞こえる。


 ごめんなさーい。と智奈と霧亜は聞こえるように謝り、与えられた部屋に戻ってベッドの就寝準備を始める。そこにはベッドとソファーがあり、智奈とナゴはベッド、霧亜はソファーで寝ることが決まった。そして窓枠にアズだ。


「霧亜って、すごいあっちの世界の文化詳しいよね」

 智奈の知っている作品から、全く知らない作品まで。おそらく、壮介たちといち早く仲良くなれたのも、アヒロの漫画、映画、ゲーム、小説を霧亜が知っていたからだ。


「お前がアヒロの日本にいるって知ったから、色々調べてたら面白くて好きになった。バベルでも、アヒロの文化は伝わってるぜ。バベルより、文化の違いってのが幅広いからな」


 なるほど。智奈のせいで霧亜はアヒロオタクになったわけだ。


 明日は、無事にラオが帰ってきますように。

 ナゴを抱いて、智奈は眠りについた。




「おい、密告があったのはこいつらだよな」

「他の部屋にもいるぞ」

「こみえはこいつだけじゃないか?」

「いい、とりあえず全員ひっ捕らえとけ」


 寝ぼけ眼の智奈の耳に聞こえてきたのは、裏切りの声だった。


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