——— ◆ Kiria
物凄い風と、うるさすぎる雷の轟音。怖いもの全般苦手なのは知ってたが、やっぱり智奈は雷もダメだった。ずっとマントの裾を後ろに引っ張られ続けている。
アズも怖がってオレのパーカーに潜り込んでくる。獣化動物がこんなに怖がるなんて、やっぱり四神という神獣は動物の頂点にいるものなんだろうか。
智奈と一緒に雷を怖がっていたナゴは、耳に遮音をかけてやると、ころっと表情を変えた。
「あたしは大丈夫よ、もう雷聞こえないから。きっと、青竜に威圧されてんのよ。あの子あたしより若いからね」
アズは、サダンに魔術学校を主席で卒業したお祝いでもらった。
アズにとっては、オレが初めての契約者だ。
別に生まれてすぐの子供でもないが、ナゴよりは子供だ。ナゴは、本当にあり得ないほど生きてるから、四神にも近しいのかもしれない。
「霧亜、ナゴは大丈夫みたい」
「ああ」
だろうな。
ふと目を離した隙だった。
「霧亜?」
不思議そうな智奈の声に後ろを振り返る。そこに、智奈とナゴの姿はなかった。
「智奈!」
オレが叫んでも、智奈の反応はない。いつの間にか、何者かに智奈を拉致られた。何の気配もしなかったのに。
「匂いはする。けど見えないわ」
ナゴの声。
いるんだ。ここに智奈とナゴは。そこにいるはずの音は聞こえる。智奈の少し上がり始める呼吸、ナゴの声。
オレは即座に杖を出して、辺り一帯に魔力を分散させ、智奈の索敵を図る。いや、やっぱりいる。いるんだここに。何故か、見えないだけ。それとも、この智奈の気配が幻なのか?
「霧亜! 霧亜!」
迷子の子供のような声を出す妹。不安だよな、こんな、嫌いなとこに一人ぼっちなんて。
オレの索敵に、突然別の魔力が現れた。魔術師の瞬間移動でさえも、直前に来る気配はするもんだ。
「あなた、あきのちな?」
女の子の声だった。ちょうど、栗木んちの遥平くらいの女の子だ。やっぱり姿は見えないが、声だけ聞こえる。
「あなた、暁乃智奈?」
怖いのが、智奈とその女の子はお互い見えてるってことだ。オレだけ、その場に手を伸ばしたり魔術をかけてみたりしても、何も反応がない。
「あきのちな、いたよー!」
女の子の叫び声に、オレは思わず耳を塞いだ。人が出せるような音量じゃない。パーカーの中のアズは、大音量に目を回している。
なんか、よくわからんが、よからぬことに巻き込まれている。
「アズ、木の上で待機できるか?」
「うっす」
女の子の大音量に泣きべそをかいているアズは、よろよろとオレのパーカーから這い出て飛び立った。
「あら、思わぬ遭遇ね」
笑う女の声。
次は、ちゃんと魔術師の移動の気配がした。智奈の前に立っているようだが、やっぱりオレには見えない。
「こんな子供が依頼の子なの? 随分ひ弱そうだけど」
「いくら子供でも、依頼に変わりはない」
男の声もする。
「こんな子供なら、あたし来る必要なかったわね。シュウカよろしく」
小瓶の割れる音。
「智奈!」
ナゴが獣化する気配。
そして、智奈とナゴは離れていく。ナゴがいれば、とりあえず安心だ。気配だけで判断するに、おそらくナゴは智奈を連れて逃げれた。
その瞬間、霧が晴れたように、智奈を囲んでいた男女と女の子の姿が見えるようになった。
オレの存在に気付いた男は、眉を潜めた。
「ガキがまだいたのか」
「てめえ、智奈に何しやがった」
オレは気配索敵を終わらせ、杖に魔力を集中させて戦闘態勢に入る。
向こうが少しでも攻撃してこようもんならこいつらを一瞬で水の中に沈める準備はできた。ここは森の中。水分は豊富だ。
「素敵な髪色の魔術師くんね」
女の声が聞こえた瞬間、目の前に女の顔があった。女の灰色の瞳が楽しそうにギラギラと揺れている。キツイ香水の匂いが鼻を刺す。
女は指を二本突き出してオレの腹にめり込ませようとしてくる。
オレは女の手を弾いて飛び退いた。
こいつ、直接丹田狙って来やがった。
体術師の正確な突きと腕力があれば、丹田の経穴を閉じることができる。そんなことされたら、魔力が生成できなくなって、魔術は使えなくなる。魔術師が体術師と戦う上で、最も気をつけなきゃいけない所だ。
女は高らかな笑い声をあげた。
「反応いいわね。魔術師が武術でも習った?」
オレは杖を地面に突き立てる。辺り一帯の木の水分を集めて増幅させ、オレの足元から森に大波を立てた。勢いの強い波は男女と女の子に襲いかかる。
水のないところでこの魔術。我ながら芸術だ。自由に動くオレの波。
「クイのわるいくせよ」
口に手を当てて笑う女の子。
「逃げたやつを追おう」
男が女の子を抱えて姿を消した。
「待ちやがれ!」
「魔術師くんはこっち見て」
クイと呼ばれた女の声に反応して振り返ると、クイはオレの波の上を走ってこっちへ向かってくる。
は? ふざけんな。体術師って水の上走るのか? 忍者かよ。
速すぎて、オレが操る水の上を走られてるのに、捕まえようとする水がクイに追いつけない。
クイは波の頂点から飛び上がると、くるくると身体を回転させ、オレの目の前に着地し、接近戦に持ち込んできた。オレは杖をその場に捨てて応戦する。
しなやかな身体からは想像もできないような重い打撃。流れるような攻撃から、オレが反撃をしようとすると有り得ない体幹でピタリと止まって、タイミングをずらしてくる。距離を取ろうとしても、瞬時に間合いを詰められて魔術も出せない。
オレは必死にクイの攻撃を避けるが、速すぎる攻撃を捌くオレの筋肉が悲鳴をあげ、段々と身体が反応しなくなってくる。
能利の体術の動きと、クイの体術の動きはまるで違った。体術師と呼ばれる人間と戦うのは、能利を含めて二人目。そうか、これが能利の言ってた性質の拳法ってやつの違いか。こいつの性質は、なんなんだろう。
クイは、さっきよりも口角を上げて、楽しそうに、笑い声をあげてオレに迫ってくる。
オレは能利が自分自身の手足にかけていた魔法陣の形を思い出す。陣の形成自体は教科書にも載ってる簡単なものだ。
一瞬の隙でもあればいける。
しっかり思い出せ。一つでも間違えた魔法陣を書いたらどうなるかわからない。そもそも、それができなきゃ、オレはこの女に負ける。
オレはクイにつられて、笑みを浮かべていた。
「アズ!」
オレの呼び声に応えたアズは、木の上で獣化し、八咫烏の叫声を青い森に轟かせた。
そうそう、さっきの女の子の声量これに近かった。どんな喉してんだ、あの子。
クイはアズに目を向けて、オレから気を逸らした。
即座に、オレは足に加速と跳躍の魔術を発動させる。後ろに跳ぶと、思ったより速く高く飛び出した。まあいい、これで一気にクイと距離をとれた。
空中で女にピストルを構えるように指で頭を狙い、威力を細く早く練り上げた水を発射する。
肉を割く手応えがあった。
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