混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第1章 転校生

第1話 ◯ いつもの夢

公開日時: 2020年10月12日(月) 22:16
更新日時: 2020年10月29日(木) 03:52
文字数:1,998

――― ◯ Tina





 女の人が泣いている。




 家のリビングの、壁の隅に座り込んで、泣きじゃくるように泣いている。



 隣には、小さな髪の白い男の子が立ち尽くしている。真っ直ぐにこちらを睨みつけるように、立ち尽くしている。その深く青い瞳は、自分の後ろにいる女性を、目の前の敵から守らんと立ちはだかるような面持ちさえ感じる。



 白い髪の少年の見据える先には、男がいた。

 その男の腕には、少年よりも、更に小さな少女を抱えている。


智奈ちな、お願い、生きて……」

 女の人が、泣きじゃくる顔をあげ、少女の名前を呼ぶ。


 智奈とは、自分の名前だった。自分の名前を呼ぶ、見知らぬ女性。



 ああ、またこの夢か……。



 こつん、と軽い何かが頭に当たる。

 

 智奈は目を覚ました。


「もう帰りの会」

 智奈の机の前には、いつも一緒に帰る絢香あやかがいた。


「うん……」


 寝ていたために、ゴロゴロと違和感のある目を何回も瞬き、顔を下に向けたまま、バレないようにコンタクトを元の位置に戻した。


 

 いつの間にか、帰りの会が終わっていた。絢香に急かされるまま、智奈はランドセルを背負って絢香と一緒に、学校を出た。


 絢香は、智奈の近所に住んでいる。この学校に来てからいつも一緒にいてくれる親友だった。


「智奈、そろそろニーハイやめなよ。暑くないの?」

 長袖の白いシャツに赤いミニスカートの絢香が、歩く智奈のニーハイを引っ張る。


 智奈の格好は、Tシャツにジーンズのショートパンツ、黒いニーハイのソックスだ。


 絢香が指を離し、ぱちん、と軽快な音がした。


「いったいな。ギリギリまでニーハイ履くの」


「もう汗かく季節だよ。智奈の足くっさー」


「言ったな!」


 智奈はランドセルがさがさと揺らして絢香を追いかける。

 きゃっきゃと絢香も智奈から逃げる。


 足の早い智奈が真っ先に絢香を捕まえ、絢香に腕を組まれてまた帰り道を歩き出した。


「智奈聞いた? また栗木くりきが学校の花壇壊したって」


「またかー、怖いね」


「智奈、可愛いんだから目付けられないでね」


「あは、それはないから大丈夫」


 栗木とは、智奈の学校で悪名高い暴力的ないわゆるヤンキーだ。六年生で、智奈たちの学年の一つ上だった。

 低学年を恐喝し、暴力を振るう、学校の窓ガラスを割るなど事件は多数。家がヤクザだという噂もあり、先生たちが、栗木の行動を注意することはない。



「それより、今日の算数テストどうだった?」

 絢香は暗い顔をして訊いてきた。


「テスト? 一個計算間違えたかもしれない」

 ここまで言うと、隣からため息が聞こえてくる。


「頭いい子はやだやだ。じゃあ、また明日ね」

 大きなため息と、最近ハマっているらしい海外ドラマの学生のように大きく肩をすくめると、十字路で絢香は智奈の家とは逆の道を帰って行った。



 智奈の家は生まれた頃から変わらない一軒家だ。小さいながらも、クリーム色が特徴的な二階建ての家。

 門をあけ、数段のステップを上がってポーチから鍵を取り出す。


「ただいま」

 鍵を開け、靴を脱ぎながら智奈は言った。


 家には誰もいない。

 夕方の日差しが入る、がらんとした暗い廊下。真っ直ぐ進み、戸を開ければリビング。すぐ目の前が窓で、夕日がこちらに向かって伸びていた。


 夕飯の準備をして待っていた母さん。夕食頃に帰ってくる父さん。二人は、今はいない。

 両親はつい最近、一週間ほど前に二人とも家を出て行った。


 それは突然だった。

 いつも通りに学校から帰ると、いつもはいるはずの母さんはおらず、リビングのテーブルに、一通の手紙が置いてあった。

 宛先は光谷こうや智奈ちな様。差出人は、光谷こうや功路こうじ光谷こうやレンミ。父さんと母さんの名前だ。


 手紙の冒頭には、一言『ごめんなさい』と書かれていた。

 その後は、事務的な、両親がいない事への周りへの隠し方、対処法がつらつらと書かれている。この事実を周りから隠すように、とあった。そして最後に、不思議な文で締めくくられていた。


『これは、私達にとっても苦渋の決断です。ただ、今でも私達があなたの事が大好きな事を忘れないでほしい。あなたは、たくさんの人から守られていることも、覚えていてほしい。奇跡が起こって、もう一度あなたに会える事を願っています。母さんと父さんより』


 生活費は、銀行口座に毎月父親の口座から振り込まれている。今のところ、親が学校に出席しなければいけない行事はない。サインが必要なものは、手紙の筆跡を真似て上手くやり過ごしていた。

 親からの言葉通り、智奈は周りの人に悟られまいと、振る舞ってきた。



 玄関の鍵を締め、廊下を進もうと足を上げた時、いつもと景色が違う事に気付いた。まわれ右をして、玄関を観察する。知らない靴があった。大きさと形からして、男物のようだ。黒くて重そうな、ミッドカットブーツ。

 この家の鍵を持っているのは、両親と智奈しかいない。父さんはこんな靴は持ってなかったはずだった。見たことあるのはスニーカーと仕事用の革靴だけ。

 そこまで考えた智奈の背中に、冷たい汗が流れた。


 不法侵入者……。

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