混血の兄妹

-四神の試練と少女の願い-
伊ノ蔵ゆう
伊ノ蔵ゆう

第6話 ◯ お兄ちゃんへの虐め

公開日時: 2020年10月17日(土) 21:26
更新日時: 2020年10月29日(木) 03:53
文字数:3,083

——— ◯ Tina



 霧亜の、衝撃的な告白と強制同居が決まった次の日。


 智奈は、父親が使っていたベッドで眠りこける、霧亜の上に掛かる布団を、数回叩いた。

「霧亜、遅刻しないでね、あたし日直だから先出るからね!」


 ゲホゲホと、咳き込む霧亜。

「おま、年の割に力強いのな……さすが―――」


 何も考えずにただ叩いていた智奈は、かっと顔が熱くなるのを感じる。

「バカ! 遅刻しても知らないから!」

 智奈はスペアの鍵を玄関の靴箱の上に置くと、家を飛び出した。



 ―――じゃあ、明日から一緒に登校しような!


 昨日、霧亜からの提案があったが、突然の同居人であり、突然のお兄ちゃんという存在と方を並べて登校するのは恥ずかしかった為、それはお断りした。



「おはよー」

「おはよ」


 家から学校までの道のりの丁度間。いつもの十字路が、絢香との待ち合わせ場所だった。

 日直の時間に登校して、日直でなければ始業のチャイムまで外で遊ぶ。それが絢香とのモーニングルーティンだ。


「あれ、霧亜くんが居ると思って楽しみにしてたのに」

 絢香は、ムスッとした顔を智奈に見せる。


「一緒の方が良かった?」


 絢香は頭をぶんぶんと横に振った。今日は可愛らしいツインテールだ。

 智奈は、常にポニーテールをかかさない。小さな頃から、母さんにしてもらった髪型だ。


「明日からは頑張って起こすね」


「霧亜くん、寝坊助さんなの?」


「うん、起きなかった」


 絢香はころころと笑った。

「可愛いー! 素敵ー!」


 智奈は顔を顰めて、はしゃぐ絢香を見つめる。

 朝から、“ゴリラ女”と同義の言葉を夢見がちの兄に発せられ、可愛い、素敵とは流石に思えなかった。


「霧亜くん、学校で見れるかな」


「帰り、呼ぶから一緒に帰ろう」


「霧亜くんと一緒? やった!」

 絢香は飛び跳ねて、智奈を置いて学校へと駆けていった。


 学校までは、町内に設置された、遊具が豊富な公園を抜けて、智奈の家から徒歩で十数分のこさところにあった。






 なんだかんだ同じ学校でも、一学年違うとあまり霧亜と顔を合わせることはない。が、たまに起こるブラザーエンカウントイベントは、周囲の注目を浴び、絢香も騒ぎ立てる為、智奈は会うのを極力避けていた。


「智奈ー」


 それでも、霧亜は学校で妹に会えた喜びで、智奈を見掛けると大きく手を振ってくる。

 智奈はやめてよと言いたげな顔をして、小さく手を振り返すしかない。


 六年の教室がある三階には、音楽室があった。音楽の授業を受けに三階に上がれば、霧亜に見つかる。


「霧亜くん、智奈にしか手振ってくれない。もう少しファンサービスいいと嬉しいんだけど」

 既に、霧亜をアイドルか何かと勘違いしている絢香が、眉を八の字にして霧亜に一方通行の手を振っている。


 一方霧亜はというと、智奈に手を振り終えると、さっさといつも一緒にいる宮田と他数名のクラスの生徒と共に教室を出て、階段を降りようとした。


 すると突然、下り階段に足をかけた霧亜が前につんのめった。まるで誰かに背中を押されたように。

 映像がゆっくりと見えた智奈の目には、頭が早めに階段の下へ落下していく霧亜の様子が見える。


 一緒に歩いていた六年の女子の叫び声。


 それは一瞬の出来事だった。落ちる、と思ったが、霧亜は落ちている間に体をひねって、押された場所を確認する。そして万歳をして階段の途中に両手をしっかりとつき、バク転の要領で、一つ下の階へと着地した。


 生徒たちの息を飲む間が、三階を駆け巡る。

 突然の一般人離れした技を見せられて、周りの生徒はポカンと口を開けていた。


 霧亜は突然の沈黙に負けたのか、両手を大きく頭上に掲げ、体操選手の競技終了ポーズをとった。

 忘れていたかのように、わあっと拍手喝采が起こり、四方八方から大丈夫? 怪我はない? の言葉の嵐が起こる。


 智奈と絢香も階下に降りて霧亜の元へ駆け付けるが、本当に霧亜はどこも怪我をしていなさそうだった。


「ねえ、あれ……」


 絢香が智奈の肩を叩き、ある方向を指差す。


 霧亜が足を踏み外したその場に、栗木が立ち尽くしていた。

 この学校で、最も悪名高い男子、栗木くりき壮介そうすけ。切れ長の目はしっかりと霧亜を捉え、ぎんとした野生動物のように睨みつけている。


「昨日話に聞いてたけど、思っていたより早いご挨拶だな。オレ、もう少し堂々と決闘とか、赤札とか果たし状とか欲しかったたんだけど。今の時代はツッパリってやつとは違うのか」

 呑気にそんなことを言う霧亜の顔は、テーマパーク入園を控えた子供のようにキラキラとしていた。


 霧亜の身体能力が高かったから良かったものの、一歩間違えれば大事故だった。

 呆れ顔の智奈と視線が合ったのは、霧亜の隣を歩いていた宮田だった。宮田はというと、希望を見出したような、興奮気味の顔で霧亜を見ていた。宮田の視線が智奈に変わると、にこりと微笑んできた。

 訳がわからず、智奈はぺこりと小さく会釈をする。






 その後数日、派手な喧嘩や暴動の噂の絶えない栗木にしては、陰湿ないじめが霧亜に多発した。



 例えば、朝登校したら、霧亜の汚された机と椅子が、グラウンドに落ちていた事件。これに関して、霧亜は心底嬉しそうに、


「おめーの席ねーから案件かよ! 虐められてるかいあるなあ」


 と喜びながら、霧亜がグラウンドから机を運び込んでいる姿を、智奈は五年生の教室から見ていた。



 また、霧亜と絢香と帰るため、校舎の外を歩いていると、頭上から鉢植えが振ってきた。

 が、智奈と絢香の背中をポンと押した霧亜が、腕で鉢植えを防いだ。


 鉢植えの割れる音が、グラウンドに響き渡る。


「大丈夫!?」


 絢香は慌てて霧亜の腕を見るが、なんとも無さそうだ。


「霧亜くんすごい、強いんだね」

 絢香がここぞとばかりに霧亜の腕に触っている。


 智奈は上を見上げた。その窓には、栗木の姿。

 栗木は智奈と目が合うと、慌てたように窓から姿を消した。


 霧亜も、上を見上げて栗木を確認してから、絢香に視線を戻すと、にやっと歯を見せる。

「鍛えてるからな」


 智奈は見ていた。霧亜の腕に当たる直前に、鉢植えが淡く光り、リビングで見た魔法陣が鉢植えに現れて、鉢植えが自ら割れたのを。霧亜が被ったのは、その割れた残骸だ。霧亜のいう、魔術というやつだろう。






 その後一週間の間、栗木から霧亜への熱烈アプローチは続いてた。


「オレさあ、最近栗木に興味湧いてきた。見つけたら話しかけるようにしてんだけどさ」


 家で、霧亜はお気に入りのコンソメポテチを頬張っている。

 智奈は、夕食の支度をしていた。


「大丈夫なの、それ」


 智奈が、玉ねぎをみじん切りにする作業から目を離すことはない。今日は、ハンバーグにするつもりだった。


「あいつ、すばしっこくてさ、話しかけるとすぐにどっか行っちまうんだよな。なんかそのせいか、アプローチ増えてるし」


 ちなみに今日は、トイレ個室から水入りバケツが降ってきたそうだ。古典的極まりない。


「でもさ、オレのおかげで栗木が完全にオレ狙いになったらしくて、周りの被害が減ったらしいぜ。オレお手柄じゃない?」


 智奈は切り終わった玉ねぎと、牛乳に浸した生パン粉、ひき肉をボールに入れて混ぜる。転校早々大変そうな兄様の為に、にんにくも少し加えた。


「気を付けてね、栗木、ヤクザと繋がってるって噂だよ」


 智奈が言うと、霧亜はだひゃひゃと笑う。

「マジかよ、こっちに来てモノホンのヤクザ見れるかもしれねえの? 栗木と仲良くなるしかねえな。龍と鯉が入った人か、般若入った人が見てえなあ」


 こちらの世界、アヒロという名の世界の文化。アニメやゲーム、小説といった文化が好きな霧亜は、すぐこうやって食いついてくる。


 そして、霧亜は有言実行の男だった。

 それは、虐めが勃発してから一週間が経った頃だった。

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