——— ◆ Kiria
オレは手を伸ばして水弾を発射して車を止めようとしたが、思いとどまった。中に智奈がいるんだ、車を事故らせられない。
車は右折して姿が見えなくなった。
「壮介!」
康太が壮介に走りよる。
オレはうずくまる壮介を助けおこし、話が出来る程度まで回復させた。どうしても光る魔法陣が康太に見えないように、壮介の背中に手を隠して、目に見えて魔術を使ってるようには見えないように。
壮介は呼吸が落ち着き、ふらりと立ち上がった。
「八木だ。あいつら八木組だ」
栗木とよく騒動を起こすとかいうもう一つのヤクザの組か。
「智奈ちゃんが、殺されちゃう」
混乱した康太は壮介に肩を貸しながらオレに縋るように言う。
「どうしよう、追いかけよう。でも、壮介走れる?」
康太は、オレと壮介と走り去った車を交互に見過ぎて、目を回しそうになってる。
こいつらを一緒に連れて行くわけにはいかない。
オレは立ち上がった壮介の尻ポケットをまさぐり、智奈の使っていた赤色の人生ゲームの駒を取り出した。さっきまで智奈の名をつけて智奈の駒として使ってたものだ。まだ壮介に完全に譲渡されていないと信じて、智奈の所有物としていけるはず。
「帰って爽子さんに看てもらえ。オレが探す」
康太の背中を軽く押し、壮介に目配せすると、オレは車が右折したところまで走った。
康太が、壮介を連れてちゃんと家まで戻るかどうかはわからないが、あの様子ならオレの言うことに従ってくれるだろ。
オレは持ち出した人生ゲームの車の駒を地面に置き、指先で地面に押し付ける。駒の周りに魔法陣が現れ、その図形と文字が空間に浮かび上がって、駒に吸い込まれた。すると駒が浮き上がり、持ち主に向かって進んでいく。車の去った方向に進んでそうだから、所有者は智奈のままのようだ。
こんなふわふわじゃ追いつくもんも追い付かない。
「おら、早く行け」
駒にデコピンをくらわすと、駒は弾かれたように目的地まで急発進した。もう駒は遥か彼方見えない。そんな早く行くなんて聞いてない。
オレは慌てて住宅街の塀に飛び乗り、もう一段飛び上がって屋根の上に失敬し、住宅街の屋根と屋根を渡って駆け出した。
速さはきっと、陸上部ハードル選手や幅跳び選手がオレを見たら自信喪失するレベルだ。速さのせいで突然目の前に現れる木々や電信柱を避けながら、最スピードパルクール全開で駒を追った。今人様に見られたら、現代に蘇った忍者だと思ってもらえれば嬉しい。
追っている最中に、オレは肩に一匹カラスを召喚した。肩に召喚されたはいいものの、オレの速さに肩に捕まっていた足がもたついて結局並行して飛んでいる。
「うわあ、やべえ旦那あ! ここ第一の世界ですよね! 初めて来たー!」
「うるさい黙ってろ。こっちじゃカラスは喋らないんだから」
オレはカラスの頭に指をつけ、栗木家のイメージを送った。
「アズ、ここに行って、綺麗な着物の女の人に、今から言う言葉を一字一句間違えずに伝えろ。いいな」
カラスのアズは頷いた。
「智奈が八木組に、誘拐された。智奈はオレが助ける。その後はなんとかしてくれ」
「物騒っすね」
「復唱」
「智奈が八木組に、誘拐された。智奈はオレが助けるから、その後はなんとかしてくれ。オレが組潰す前に」
セリフの相違点があるが、他は完璧にオレの声が模倣される。バベルで伝言を伝えるやり方の一つだ。
「そこまでは言ってないだろ」
「心の声が聞こえたっす」
間違いはない。
「そのまま、栗木の人をオレのところに案内しろ」
「わかりやした」
「よし、行ってこい」
「合点承知!」
アズは一声鳴くと、一周旋回して栗木家に飛び立って行った。
そして丁度、オレが追い着いた時、智奈をさらったバンはあるビルの駐車場に入っていった。壮介が言っていたように、町を一つ越えたくらいの場所で、玄関扉には四角い紋の中に“八木”と書かれた。
オレは近場の木の上から獲物を狙うフクロウのようにそれを観察する。
ビルは十階建てとまあまあ高めのビルだ。外からだと、地下に行ったのか、エレベーターを使って上の階に来るのかわからない。
数分待つと、電気が既についている八階辺りにもぞもぞと人が動いている影が見える。
あそこだ。
手足に力をこめ、一気に木の枝を蹴り出して、木からビルの五階辺りに飛びついた。そこから窓枠と排水管を飛び越え、八階の窓枠に手をかけた。
カーテンの向こうから、男たちの声が聞こえてくる。
「弟連れてこいっていっただろ!」
「一緒にいる一番小さい奴だったんで」
「もっと小さい小学生だ、馬鹿たれ」
「じゃなくても知り合いだろ。おびき出す材料にはなる」
「親類じゃなかったら本当にあいつらが動くかわからねえぞ」
聞いてられない。この部屋に智奈がいるのかと思うと胸がざわついた。
ただ、アクション映画のように窓をぶち割って入ったら、智奈に怪我させるかもしれない。
オレは片手でジャケットのポケットから魔法陣の彫られた小瓶を取り出した。蓋を開けると、小さな水滴が出てくる。水を糸のように細く変形させ、窓の鍵部分に滑り込ませた。鍵を開け、腹筋で脚を持ち上げて靴の先で窓を開け、逆上がりの要領で部屋に飛び込む。
目に入ったのは、腕を掴まれ呆然としている智奈と、八人くらいのチンピラのような男たち。全員、アヒロの一般人だ。
うん、いける。
「誰だてめえ!」
拳とナイフと拳銃が奴らの武器だ。拳銃がある辺り、ちゃんとした組の人間なんだろう。
「そいつのお兄様だ」
オレは目の前のテーブルに置いてあったウィスキーの瓶をテーブルで割り、床に敷かれている絨毯に撒き散らす。そうして、床を思いっきり両手で叩いた。周りに茶色い水滴が大量に浮遊する。
それを、男たちの目に向けて飛ばした。汚い悲鳴がビルにこだまする。
智奈の腕を掴んでいる男にもヒットし、智奈の腕から手が離れた。オレは智奈の手を取って窓から退散しようとする。
後ろに妙な気配を感じ、その方向へ手を伸ばすと、まだ残していたウィスキー弾を発射させる。が、部屋にいつの間にか蔓延していた、砂に吸収され、弾はボタボタと床に落ちた。
「お前だけがバベルの人間だと思うな、クソガキ」
伸ばした手に、蛇のように男の腕が絡みついてきた。
しまった、と思った時、智奈の手は離したが反応が遅れ、オレは地面に叩きつけられていた。なんとかして地面との接地面に水のクッションを滑り込ませ、その水を無数の針のようにして男に攻撃する。
男はすぐさま後ろへと飛び退いた。
男が二人いた。うるさい柄シャツを来た金髪のオレを地面に叩きつけた男と、だらしないスーツの着こなし方をしている、この部屋に砂を蔓延させている男。
空気も床も、全てがざらざらと砂っぽい。オレの水が思うように動かなかった。
水は土で汚される。『水』の相克は『土』。体術師の蛇のような構え方と動きからしても、こいつらは、オレとは最悪な相性の、土の性質の体術師と魔術師だ。
類友が過ぎるなあ……。オレ最近、類友って何回呟いただろう。八木の組に体術師がいるなんて想定外すぎる。アヒロのちょっと怖い大人たちから、智奈を連れ帰ってくるだけだと思ってたのに。
魔術師の男が地面に手をつく。すると、魔法陣が浮かび上がった床がぐにゃりと曲がり、まだ固まっていないコンクリートへと変化した。それが無数の腕となってオレと智奈を捕まえようと手を伸ばしてくる。
アズの鳴き声が、窓の外から聞こえる。
オレは智奈を両手で抱き抱えると、八木組の窓から飛び出した。
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