——— ◯ Tina
楼斗に、旅に出るためのマントを作ってもらうことになった。夕ご飯の片付けを終えると、テーブルの上は楼斗の取り出してきた様々な布でいっぱいになる。
採寸をされ、付属したい魔術を聞かれる。全くわらなかった智奈は、全て楼斗と霧亜にお任せした。
「智奈ちゃんのマントは、土に耐性あるもの作っとくよ。霧亜は木が下手くそなんだから。あと、霧亜がもし戦闘に入った時のために、少しでも補助できるように水をより強くするのも付けておこう。霧亜、智奈ちゃんの性質はなんなの?」
楼斗は左右に二本ずつ耳にペンを挟み、楽しそうに付与する魔術を書き出している。
「あ、知らねえな」
霧亜は、部屋に置かれている植物や布を珍しそうに覗いていたが、こちらを向いて近づいて来た。
「おっけ、じゃあ智奈ちゃん、この布に手を置いて」
楼斗が取り出したのは、真っ白な薄い布だった。
楼斗に言われるがまま、智奈がその布に手を置くと、布は内側からじんわりと緑色に色付いてきた。
年長者二人は、智奈が手を置いた布を覗き込み、感嘆の声を上げた。
「おお、木の性質か珍しい。木の性質の人って、少ないんだよ」
「いいねえ、水のオレが、智奈の木を育てる相生の関係だ」
魔術とは、五行思想という自然の成り立ちから出来ているらしい。バベルの人にはそれぞれ、生まれ持った性質が存在するという。
霧亜の性質は『水』。そして『木』が苦手。
八木組の霧亜を殺そうとしたヤクザたちは、『土』の性質を持った魔術師と体術師で、相性が最悪だったのだという。
楼斗に注文を終えると、霧亜と智奈は夕飯の礼を言い、店を出た。
ナゴを肩に乗せながら、楼斗の店から家までの商店街をゆっくりと進む。
電化製品を取り扱う店から、魔女が営んでいそうな薬屋。中には、霧亜の持っていた長い杖のお店もある。和洋折衷、温故知新、智奈の頭の中に最近習った四字熟語が浮かんでくる。
「オレも、ぱあぁっと光って、杖に選ばれたかったなあ。今使ってる杖、めちゃくちゃ使いやすさとか調べて、水が使い易くて、軽くて振り回しやすい杖にしたんだ」
杖の店の前を歩く霧亜が言う。
「そんなこと言うなら、チェスであたしに勝ちなさいよ」
ころころとナゴが笑う。
「お前が強すぎんだよ、妖怪ババア」
ナゴの三本の爪が霧亜に襲いかかる。
霧亜の頬に、綺麗な引っかき傷が出来上がった。ナゴがふんと鼻を鳴らす。
「ないものがないね、この街」
話を逸らすために、智奈はナゴに話しかけた。
「この街は特に、魔術師が多い国だからね。この国に揃ってないものはないんじゃないかしら」
ナゴが、首元で解説をしてくれた。
智奈たちのいる国は、ライル、というらしい。
「四神の旅って、大変?」
ふと言葉が口に出る。
霧亜は歩む足を止めた。
「大変よ。情報が少ない中、探し回って四神たちに会いに行かなきゃいけないんだもの」
答えてくれるナゴの言葉に、楽しい長期旅行の感覚でいた智奈の心が、ざわりと歪む。
「ナゴは、一緒についてきてくれるんだよね?」
智奈の言葉に、ナゴは目をぱちくりとしばたいてから高い声できゃははと笑った。
「あたしは智奈と契約したのよ。あたしは弥那の一族、こみえ一族に代々仕える猫又なの。数百年前からこみえの子たちを見守ってるわ」
数百年前なんて、本当にもう妖怪じゃないか。ああ、猫又は妖怪だ。
智奈のひいお婆ちゃんよりももっともっと前のご先祖様から、ナゴは一族と一緒にいるのだ。
頭に軽い猫パンチが飛んできた。肉球が柔らかい。
「ちょっと、今あんたもお婆ちゃんとか思ったでしょ。猫又はもっと生きるんだから。あたしはまだピチピチよ!」
頼もしい猫ちゃんだ。
商店街に人が多くなっている。夕方になろうとして、買い物帰りや学校帰りだと思われる人たちが帰路へと歩いていく。
「オレが、絶対守るから。大丈夫」
オレンジ色に髪が照らされる霧亜は、誓いを立てるようにこちらを見つめた。
「大抵は霧亜がいれば大丈夫よ。なんてったって、ライアント魔術学校の主席卒業生で、最強の魔術師一族、暁乃の血を引いてて、戦闘民族こみえの子供ですもの」
智奈の首元から、ナゴはにやりと霧亜を見る。
「並べられると、恥ずかしいからやめてくんない」
霧亜はナゴを睨みつけた。
頼もしい兄と、可愛い契約者と話して歩いていると、人通りが多いために智奈は、向かいから歩いてくる青年と肩がぶつかった。
「すいません」
よそ見していた。
「いや、こっちこそ」
相手は、黒いフードを被っている金髪の青年だった。右目を隠すように前髪が垂れている。
下に視線を巡らすと、フード付きの黒いマントだった。智奈と霧亜が作ってもらうマントの、完成品と言ったところか。マントには、金色の綺麗な蝶の刺繍がされている。
青年は、ただ肩がぶつかった人にしては、立ち去らずに顰め面を向けてくる。彼の琥珀色の瞳がこちらを睨むと、人よりも動物に睨まれているような感覚で、智奈は動けなくなる。
そんなに怒らせてしまっただろうか。ついさっきは、こっちこそなんて言ってたのに。
「おい、何だよただぶつかっただけだろ」
霧亜が、青年の肩を掴んだ。
何故か智奈をじっと見つめる青年は、顔を歪めて髪で隠れる右目を押さえてフラフラとよろめく。
驚いた霧亜も、突然のことで慌てて手を離し、智奈に向けてオレじゃないと必死にかぶりを振る。
「大丈夫ですか?」
智奈が青年を支えるように腕を持つと、青年はより痛みに呻いた。
すぐに智奈も手を離す。智奈も霧亜も、どうすればいいのか慌てていると、智奈の首からするりとナゴが降り、青年の服を嗅いだ。
「ノリ?」
ナゴの言葉に、汗を滲ませて呻く青年ははっとナゴを見た。
その左目は、夕陽に照らされた琥珀色の眼は、真っ赤に燃え上がるような色をしていた。
ナゴの声に驚いた青年は、右目を押さえる手をふと離した。痛みを発しているであろう右目は閉じられ、目蓋の上から、霧亜の肩にあったような魔法陣の痣がある。その痣自体が、うねるように波打ち、心臓のようにドクドクと鈍く光っている。
恐怖心が青年への心配よりも上回り、智奈は霧亜の袖を掴んだ。
智奈が顔を上げて霧亜を見ると、霧亜は信じられないといった驚いた顔で硬直している。
「ノ、ノリ?」
霧亜がやっと発した言葉。
痛みで息を上げる青年は、霧亜にも顔を向ける。数秒間霧亜をしかめ面で見つめ、段々と警戒心を見せていた真っ赤な目が、丸く、驚きの顔に変わっていく。
青年が何かを発しようと口を開いた時、後ろから轟音が響いた。
智奈が振り返ると、轟音と共に街の通路を塞ぎそうなほど大きく細長い生き物が高速で近付いてくる。
突然、智奈は青年にどんと肩を押され、霧亜の方へ身体を投げ出される。受け止めた霧亜は、青年の名前を叫んだ。
霧亜のパーカーに埋もれた顔を上げると、高速で近付いてきた生き物に掴まった青年が、空を登っていく姿だった。青年の掴まっている生き物は、龍だった。真っ赤な鱗と黄色い髭と角を持った大きな龍が、天高く登っていく。
動く本物の龍を、初めて見た。
「龍じゃないか」
「珍しい」
「ありがたや、ありがたや」
商店街で赤い龍を目撃した人々は、突然大きな龍が通ったことで、口々に騒めいている。
智奈が空に消えた龍と青年から顔を下げて霧亜を見ると、霧亜は、悔しげな表情を浮かべて空を見上げていた。
「知り合いだったの?」
智奈が霧亜に聞くと、霧亜は唇を噛んだ。
「行方不明になってて探してた、孤児院の兄ちゃん」
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