庭先をやはり心地の良い風が通り過ぎていった。爽やかな風は鬼の話をするような雰囲気とはかけ離れていて、鬼がいるといったさくらさんの顔はとても静かで穏やかで、やはりきれいだと思った。
「昔、このあたりには鬼がいたそうです」
「伝説、ですか。そんな昔話がここにあったとは。こんなにも穏やかな場所には似合いませんね」
「そうですか?」
「ええ。さくらさんはその昔話、信じていらっしゃるんですか?」
さくらさんは「そうですね」と言って言葉を切り「信じるというより……信じたいじゃありませんか」と静かに微笑んで鬼の伝説を語り始めた。
「鬼は人が住むよりずっと昔からここにいたそうで、山や大地とともに暮らしていたそうです。月日は流れ、いつしか人間がこの山にやってくるようになりました。鬼は人間にたいそう興味を持ち近付いていきました」
「ああ。そういう昔話はきいたことがあります。だいたい最後は悲しい結果に……泣いた赤鬼とか……ちなみにここの鬼は何色だったんでしょうね」
「色、ですか」
さくらさんは少し驚いたような顔をして俺を見た。いっけね。おかしなこと言っちまったかな……。
「ええと……ほら、赤とか青とか……緑とか?」
「さて……白、かもしれませんよ」
白……。俺はさくらさんの透き通るような肌をみた。
「む、むら、びとはびっくりしたでしょうね。そんな白くてきれいな鬼がやってきたら」
「きれい?」
「あ、いや、その……な、なにを言ってるんでしょうね俺は……」
「さくら やっぱりこいつ変だぞ 変な頭だし 変な顔してるし 顔の色も赤くなったり青くなったりしてる」
あらかた菓子を食べつくしたがきんちょが、挙動が怪しくなった俺を警戒しながらも、そろりそろりとさくらさんの脇へやってきて膝に頬杖をつく。
ボウズ……いや、がきんちょよ。がきんちょの特権だと思いやがって……少しは遠慮しろ。いやいや俺はうらやましいとは断じて思ってなんて……思わん!
「すっごいおおぐらいでなんでも食べちゃう鬼なんだぞ。父ちゃんと母ちゃんにきいたことある。おくまがいったとおり、早く帰らないとおまえも食べられちゃうかもしれないぞ」
膝に陣取ったがきんちょは、上目使いに俺に宣戦布告でもしているのか可愛い顔をしながら、微塵も可愛くないことを言う。
「これ。お客様に失礼ですよ。脅かしてどうするんですか」
「ほんとのことだもん」
上から降ってきた咎める声に、がきんちょは不貞腐れたように、それでもその居心地のよい膝から離れず頭をのせたまま背中を丸めた。
「すみません。いつまで経ってもこどものままで」
「あ、いえ。子供ってそういうもんですよ」
俺は子供がどういうものかはとんと知らなかったがそういうことにしておいた。
「しかし、おおぐらいの鬼とは穏やかではありませんね。いったい何を食べていたんだか」
「なんでもです。そこらじゅうのなんでも」
「それは……人間も?」
「ええ」
「はは。それは恐ろしい……」
「人間が現れてからは、人にまつわるものを一番多く食べていたかもしれませんね」
静かに言葉を紡いださくらさんは俺を見た。静かに微笑んでいるような顔はどこか悲しげにも思えその瞳は庭にふりそそぐ光を受けてか薄く光をはらんでいるようにも見えた。
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