夕焼けが沈むぎりぎりまで遊んで、空の青が濃く暗くなる頃に家に帰った。
ここ……どこだ? ……そうだ。俺ん家だ。昔住んでた団地だよな。
何階、だっけ? 2階? 3階?
コンクリートの塊で出来た四角い建物。固い階段を一つ飛ばしで登って踊り場に出て……右? 左? 同じ形状、同じ色のドアが向かい あってある。右だ。俺の家は右だろ?
右側の重たい金属のドアを開けると……白? 空っぽ? いやいやそんなわけないだろ。
ほら、廊下が出てきた。ただいまって言って、靴をぬいで家の中に上がる。台所には母親がいるはずだろ。ほら、声が聞こえる。
“お帰りなさい。今日も一人で遊んできたの?”
一人? 違うよ。俺はずっと友達と遊んでたよ。
誰と遊んでたって……友達だよ。
どこのって……公園の……駄菓子屋にも一緒に……。
あれ? あいつなんて名前だっけ? 顔は?
公園の近くの家?
子供の頃の記憶なんて曖昧でも不思議じゃないよな。でも、よく遊んでた友達の名前が出てこないような俺ってそんな寂しい人間じゃないはず。だって俺、全然寂しくないし。
そうだよ。かんだ、だよ。
母さん。かんだ、だよ。
振り返った母親の顔は、どこかで出会った誰かに似ている気がした。
“そう。神田さん……”
うん。それで、かんだと今日は駄菓子屋のお菓子を食べたよ。梅のお菓子。
“おなか、すいてるの?”
そう言えばそうだと俺は思った。お菓子は食べたけど腹ペコな気がする。
うん。すいてる。早く食べたいな。
“駄菓子屋って桜の大木があるところだろう”
後ろから声がして振り返ってみれば、帰って来たのか父親が、どこかで出会った誰かに似ている父親がいた。
桜。桜なんてあっただろうか。
俺が駄菓子屋を思い出そうとすると、父親は優しく俺の背中を押して食卓へと連れて行った。
“呼ばれたんだな”
呼ばれた? 何に? 誰が?
“桜にだよ”
さくら?
“もうそんなに時間が経ったのね”
テーブルについた俺を父親と母親が見ている。俺はどこかを思い出した。二人の顔は切られた街路樹で佇んでいたおじさんとおばさんの顔にそっくりだった。だがその顔は柔らかく笑っていて、悲しそうには見えなかったので俺はほっとした。そしてその顔を見て安心したからか腹が無性にすいてきた。
はやくご飯にしようよ。
俺が母親にせっつくと、父親は母親に答えるように、そして俺に。静かに言った。
“そうだね。ずいぶんと時間が経ったようだ。鬼が帰って来る時間がきたんだ”
鬼? 鬼って?
父親に尋ねようとして、俺はいやにのんびりとした音を聞いた。
「……もしも~し」
目を開けば目の前に、能面のようなキツネの面のような青白い顔が暗闇に浮かび上がっていた。
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
俺は絶叫した。
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