「恐ろしかったのでしょう。人間はその幼さゆえかその瞬間、そこから逃れようと、時に流されまいと、もがきあらがい必死にしがみつこうとしました。彼らは叫び、泣きながら未練を、想念だけでもここへ置いていこうとさえし、こちらへ伸ばした手をなかなか離そうとしない。鬼はそんな人間たちに静かに近付くと、その手をそっと取って食べました。そして鬼は初めて知ったのです。そんな彼らを食らうことで、今まで満たされなかった空腹が気付けば少し落ち着いていることに。それからいつしか鬼は人間に惹かれるようにして、そのすぐそばまで近寄るようになり、人間の隣へ姿を現わしては食らい続けました」
「そんな人間を食べる鬼だなんて……」
どうしてそんな鬼の存在をさくらさんは信じたいんだろうか。
すやすやと特等の席で寝息を立てていたがきんちょが、ぴくりと頭を動かした。まるで動物が何かを察知して立ち上げた耳でも見えそうな仕草だった。
「かんだ、きた……」
眠そうに目も開けずにあくび混じりでがきんちょがポニャポニャとした口調で言う。
寝言か? 俺には何も聞こえないぞ。
さくらさんはコロンと体勢を変えたがきんちょの頭を撫でながら、桜の樹の向こうを眺め「神田さんいらっしゃいましたよ」と俺に微笑みながら言った。
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