俺は多大な誤解を解くために、そしてがきんちょに人の話は最後まで聞くようにと人の道を説くために、古民家の入口へとがきんちょを追って足早に向かった。
引き戸が開いたままの玄関口、店の入口を抜け店内に入ると懐かしいあまじょっぱい匂いが漂ってきた。大小さまざまなビンの中に、煎餅や串にささったイカの足、梅干なんかが入っている。それに色とりどりの飴玉。ああこれ。糸ひくやつだ。当たりだとデカイ飴が釣れるんだよな。唸り声をあげる小さな冷蔵庫には、ビンに入った色水みたいな無果汁ドリンク、ビー玉がつまってるラムネ、その隣の冷凍庫の戸をそっと開けてみれば、四角いホームランバーやカップのカキ氷なんかが入っているのが見えた。店の奥の棚には、ほこりをかぶって年季の入った生活用品なんかまで置かれてある。
「ばあちゃん! 不審者が入って来ちゃったよ! 変な頭の人間だよ!!」
がきんちょの声が聴こえる。
はは。ボウズ。変な頭ってなんだよ。
「すみませーん」
声は聞こえるが一向に姿を見せない店員に、俺は店と繋がっているその奥、つまり住居に向けて声をかけた。
「ほら! ばあちゃん! 起きて! 不審者の声だよ! 不審者が店に入ってきてるよー!」
だーかーら。俺は不審者じゃないよ。そしてここ店だろ? 客が入って何が悪い?
そのうち、がきんちょか、そのがきんちょが起こそうとしているおばあさんでも出てくるだろう。そう思って俺はまた駄菓子を物色しながら店の見てまわった。どれもこれも懐かしい。そう言えば、最近駄菓子の夢を見たような気がする。いつだったかな。
俺はイカの足が何本も入っている、最近では珍しい重たいガラスで出来たでかいビンの蓋を開けてみた。甘じょっぱいにおい。隣のビンを空ければすっぱい匂い。酢だこか。時が止まったような静かな店の中で、いくつかの駄菓子を俺はみやげに買って帰って夜の酒のつまみにでもしようと考えていた。しばらくそんなことをしていたが一向に店の人間もがきんちょも出てくる気配がない。俺はもういちど土間を上がった先の廊下に「すみませーん」と声をかけた。
「お待たせしました」
だが、返事は予想を裏切って背後から返ってきた。振り向いた俺は、大きく予想を裏切られた。そこに立っていたのは、がきんちょでもなければ、おばあさんでもなかった。ただ、きれいな人が立っていた。
「すみません。お待たせしました」
きれいな声だった。
「は……あの、きれいです」
「はい?」
予想を裏切られ衝撃を受けた俺は動けなくなり、どうやら脳みそも動きを止めたようだった。何を言っているのか、何が口から飛び出たのか、俺自身全くわからなかった。だから相手がなんのことでしょう? と首をかしげるのは当然だ。そりゃ当然ですよね。と妙に納得した。
「あ……えっと、きれいは……その、桜もこの店も、それから並んだ駄菓子もきれいですね」
「……ありがとうございます」
すごく微妙な顔してるぞ。そうだよな。そりゃそうだよ。どうすりゃいいんだ?
「あの、最近、駄菓子屋というのはデパートとか集合商業施設とかに入っているアミューズメントパーク的な感じだったり、スーパーの一角に駄菓子コーナーがあったりして。全部こう、小分けにパッケージされたものが売ってますけど、ここは違うんですね。とても懐かしい。こういう懐かしさって貴重と言うか嬉しくなりますね」
「そうですか。喜んで頂けて良かった」
きれいな人は嬉しそうに笑った。
「ここへはどうして?」
「梅のお菓子を友人が買って来いと言うもんで……」
「わざわざお菓子を買いに、ここにいらっしゃったんですか?」
「あ、いや、バカンス、かな」
「ばかんす?」
「ええまあ。ブラブラ……いや、就職活動も大変なこの時期ですけど、その友人がどうしても一緒にここへ来て欲しいって言うもんだから断わりきれずこの村へ来たんです」
「そう、ですか。そのご友人は神田さんですか?」
「あ? 知ってる? ご存知でしたか。あいつ、よくここにも来るんですか? 虫取りしながら?」
「虫取り……そうですね。神田さんは、光で虫を集めるのが得意ですからね。この店にも時々いらっしゃいます」
「そうなんですね。あいつ全然この店のこと話さないから……」
「お忘れになっていませんか?」
「まあ確かに忘れるというか、抜けていると言うか、ほにゃにゃんとしたやつですからねえ」
「いえお忘れになっているのは……」
きれいな人がじっと俺を見つめる。外から差し込む光で透明な薄群青にも見える店内。きれいな人の瞳の色は薄く、肌は透けるように白い。
え? 俺? 何か忘れてますか?
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