「しかし、あんた相変わらず傷だらけなんだなあ」
源五郎さんは、身体のあちこちをさすりながら歩く俺を見て言った。
「ああ、ええと。そうなんです。昨日、駄菓子屋に行ったときにやられまして」
「駄菓子屋?」
「そうです。立派な桜の樹のある」
「桜……ああ、そうか。あんた、あそこへ行けたのか」
「ええ。昨日は朝から神田に虫取りに付き合わされて山に出かけましてね。それで帰る途中、店に寄ったんです」
「そうか……ばあさまには会えたか?」
「え? おばあさんですか? おばあさんにはお会いしたと言うか、ずっと眠っていらっしゃいました。気持ち良さそうに、縁側で」
「眠っていた……あんたが訪ねても起きなかったのか」
「ええ。とても気持ち良さそうに、僕がいるあいだもずっと、こっくりこっくりとしてましたよ」
「……そうか」
源五郎さんはなにかを思ってか、もう一度、そうか、とひとりごちた。
「で、その傷は、ばあさまが寝ていたとすると誰にやられたんだ? がきんちょって言ってたか?」
「そうなんです。これくらいのボウズがいましてね。小生意気な。時代劇が好きなのか、口調がこれまた独特で。初めて会うなり俺を不審者扱いした挙句に、無礼者! 空け者! とこうくるわけで。最後は、ほうきか何かで脛をはたいてくるもんだから、それでちょっとほっぺたをぷにぷにと……」
俺は昨日のがきんちょを思い出し、自分の膝辺りに手をやって源五郎さんに説明を始めた。まったくあのがきんちょめ。そう思うのに、なぜか思い出すのはさくらさんのことばかりで俺は知らず、空気を両手で挟みぷにぷにとしながら足を止めてしまっていた。
「からかったわけか」
俺が足をとめたことに気付いた源五郎さんは、振り返ると少し呆れたように俺を見た。
「からかったといいますか、大人として……」
大変大人気なかったです。
俺は急に気恥ずかしくなり途中から言葉をごにょごにょと濁して飲み込むことにした。
「それでそんな怪我になっちまったのか」
「はあ……面目ない……ほうきか何かで足を払われて、その拍子に盛大にコケまして」
「はは。やられたな」
源五郎さんは、笑うとまたゆっくりと歩き始めた。
「そのぼっちゃんのほかにも誰かいたかい?」
含みがある質問というわけではないだろうに、俺は胸のうちでも透けて見えてしまったのかとドキリとした。
「そう、ですね。さくらさんと言う方がいらっしゃいました」
「さくら? どんなやつだい?」
どんな……透けるように白く美しい……どこか悲しげで陰のある……
「……きれいな方でした」
「ほう。そりゃあんた、惚れたな」
にやりと笑うド直球な源五郎さんに、俺は身体の痛みはどこへやらあたふたと大騒ぎをして「いやいやいや」「そんなッ 俺は、ちが……」「しかし会ったばかりですし……」「いやー惚れただなんて、そんな」「お付き合いというのは、そのお互いをこう知ってからですね……」火を見るより明らかな、いっそすがすがしささえ感じるほどの見え透いた大嘘、否定と支離滅裂な文言を繰り返した。
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