「それしかなかった。財政は、それくらいひっ迫していたんだ」
その言葉に私は驚いて思わず言葉を返す。
「待って、そんな話、聞いた事ないわ」
国の財政が危ないなんてことになったら、王国中が大騒ぎになるはず。
貴族たちが貴重品をため込んだり、兵力をそろえたりして危機に備えたり、そんな動きがあるはず。
しかしそんな動きはないし、聞いた事はない。
エンゲルスは、罪悪感を感じているのか、私から視線を外して、一言。
「当然だ。お前達に公開している国の財政支出は、本当の財政とは違う。あたかも問題が無いように数字をごまかしている」
その言葉に私もロンメルも思わず言葉を失ってしまう。
後ろにいるセンドラーに至っては、額に手を当て呆れて入りほどだ。
「いわゆる粉飾決算というやつね」
そしてエンゲルスは机の中から書類の束を持ち出し、机に置いた。
中身を確認すると、確かにラスト=ピアの財政に関する支出の記録があった。
以前私が見た公表されている数字とは全く異なるけれど──。
それはもう、目を覆いたくなるようなマイナス収支の連続。
「本当の国の財政支出。これは私と財務関係の人など、一部の人しか知らない」
「もしこのことがばれれば、 特にセンドラー。貴様はどれだけ金を積んだところで、私達の忖度するなどしないだろう。お前は必ず私達対する障害になる」
(当たり前じゃない。許せるはずないわ。そんな事)
センドラーの言葉通り。いくら国のためとはいえ許せるわけがない。このことが明るみに出た時点で、本来なら大問題にならなければいけないのだから──。
「それ以外にもこの国とハイド、魔王軍の癒着。これを知れば必ずお前は私を止めに来るだろう」
「──そうでしょうね」
私は言いずらそうに言葉を返す。言いたくないけれど、その通りだ。
「だからお前だけは排除しなければならなかった。お前の性格は知っている。役人たちの様にどれだけ金を積んでも寝返らない。それを理解していたからな」
──ふぅ。思わず呆れてため息をついた。
そんな理由だったんだ。
……ってあれ?
そして私、今の言葉で重要なことを思いだしてしまった。
「あのさあエンゲルス……」
私は顔をしかめて聞く。エンゲルスの罪悪感を全く感じない態度、あきれ果てるしかない。
「どうしてそのことを今の引継ぎで言わなかったのかしら?」
軽く殺気交じりだ。だって、私が今の質問をしなかったらこいつはこのことを隠したままラスト=ピアを出ていくということになったのだから。
こんな時限爆弾のようなものを残して──。
エンゲルスは少しの間沈黙した後、ため息をついて答える。
「言わなかったのは、聞かれなかったからだ。都合の悪いことをあえて言わなくて、何か問題でもあるのか?」
……あまりにも堂々とした開き直りの言葉に、私は言葉を失ってしまう。
(秋乃、これは私達のせいじゃないんだから。こいつらが隠していたってちゃんと言いなさいね)
センドラーもイラついていたようで、機嫌が悪そうに言ってくる。当然だよ。
「とりあえず、これはあんたたちが隠していたとして公表するわ」
「勝手にしろ。どうせ私はもうここには戻れない」
エンゲルスの口調から感じる。相当考えこんでいたのだと──。
この人なりに、国王になる前から考えこんでいたのだろう。
(ほとんど押し付けられたような物ね……)
センドラーもやれやれとあきれ顔。大変な事になっちゃったなぁ……。
「なんにせよ、ラスト=ピアの今後は、君たちにかかっている。私はもうこの地にはいないが、遠くからお前たちのこと、応援しているぞ」
そしてエンゲルスは視線を外の景色に向ける。どことなく、さみしそなう表情。
確かにこいつは、私達を陥れようとしたり、黒いやつらとつながっていたり許せるわけではないやつだ。しかし、それにも事情があったというのも理解できた。こいつなりに、いろいろ考えていたんだろうか」
「もう、私達はラストピアで政務をとることはない。後は、お前たちの番だ」
「わかったよ、姉さん」
「──ええ。あんたが残した負の遺産。全部片づけてやるんだから」
(もういいんじゃない? 引継ぎと、こいつの敗戦の弁は済んだでしょう。私達だって、やることがあるんだから。いつまでもこいつの言い訳に付き合っている暇なんてないわぁ)
センドラーらしくきつめの言葉。けれど、やることがあるというのは本当だ。いつまでも、遊んでなんかいられない。
「じゃあ、用がないなら私達は帰らせてもらうわ」
「そうか、ご武運を祈るぞ」
そして私はこの部屋を出ていく。最後に見たエンゲルスの表情。どこか切なく、さみしそうに感じた。
「僕も、書類に関する業務があるのでこれで」
「そう、これからもよろしくね」
そう言ってロンメルも自分の部屋へと向かっていった。
考えてみれば彼もこれから新国王として、多忙な日々が続くだろう。
私も、今までとはまた違った日々を送ることになる。
それでも、私はこの国を、センドラーを決して見捨てない。
絶対に、破滅なんかさせない。みんな助けるんだ。
彼の助けになるようにも、しっかりと補佐役が務まるよう頑張っていこう。
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