スラム街。
貧しい人でひしめき合うエリア。
薄汚れている雑多な街並みに多くの人が暮らしている。
そこに住んでいる人は紛争があったりで当てもなく他国や地方から移り住んだ人だったり、生まれてから貧しい人だったりといろいろ。
教育をなされていない人が多く暮らしているだけあって、常に小競り合いであったり犯罪が起こったりと治安は良くない。
おまけに人口が多い分食糧が不足しがちで、食糧不足が起きると、飢えて気が立っているたり食料を何としても手に入れようとしている人たちが何かと暴動を起こしたり、たびたび問題が起きているエリアでもあった。
そんな街の、出店が並ぶ繁華街で、事件は起きた。
薄汚れた街並みの中にある商店が並ぶ通り。
とある干し肉店の前。
とある人間の親子が今日の買い出しを済ませた所だった。
「今日は、何のご飯にするの?」
ニコニコとした、屈託のない表情でお母さんに話しかける。
ボロボロで、薄汚れた服を着ている女の子。
「パンはまだあるから、それにお肉を挟んで食べようか」
「わかった」
親子で仲が良く、貧しくても笑顔を絶やさない。
そんな女の子。後ろから何かの怒号に気付いて思わず振り向く。
「お前、がん飛ばしたろ。一発ぶん殴らせろ!」
そこにいるのは金髪で、人相が悪く大柄な男の人。
毛耳をしている亜人の一人。
彼が、痩せこけたお爺さんの胸ぐらをつかんで叫んでいる。
「おいおい、アレゲーリングじゃねぇか」
「本当じゃん。運がねぇなああのお爺さん。よりにもよってあんな奴に目を付けられちまうなんてよお」
名前を知っている通行人が、ひそひそとささやく。
何を隠そう彼は粗暴が悪い札付きの悪。
周囲に人たちも、それを理解しているので、みんな誰も声をかけない。
通りがかった人たちはみな、びくびくと体を震わせたり、我関せず、こっちに火の粉がかからないようにといった感じでゆっくりとこの場を去ったりで関わりたくないというのが理解できた。
いつもは、怖くて誰も声をかけられない存在だったのだが、
彼女は違った。
彼の事を知らなかったので、ゆっくりと、男の方へと向かっていく。
母親は、買い物に夢中で女の子のことに気付いていない。
「この野郎、一発殴らせろ!」
うずくまっているおばあさんに男がこぶしを振り上げたその時──。
「お兄さん、ダメだよ!」
女の子が男のズボンのすそを掴む。
「ダメだよ。謝って」
「は、俺に口答えする気かよ、うるせぇ!」
「だめ、そいつに近づいちゃ」
母親がようやく気付いて女の子を止めようとするが、時すでに遅し。男の怒りは止まらない。
「もう遅せぇぇんだよ、クソガキ!」
何と、いきなり女の子を蹴り飛ばしたのだった。
女の子の体が軽く吹き飛び、地面に転がる。
「俺様に逆らいやがって。一発シメてやる」
男はそう言って指をポキポキと鳴らす。
そこに、別の人が話かけてきた。
「てめぇ、やってくれるじゃねぇか。俺達のテリトリーでよ」
これまた人相が悪い、茶髪で亜人ではない人間だ。
彼もまた、人間の中では腕っぷしに自信がある方。喧嘩は日常茶飯事。
つまり、暴力をふるうことに抵抗が全くないのだ。
おまけに、亜人に対して自分たちの仕事を奪られたと考えを持っており、彼らに対して憎しみを持っていた。
二人の男がガンを飛ばしあいにらみ合う。
「ああん? いつも俺たちを敵視して、白い目で見ているクセによぉ!」
「当たり前だろうが。お前達無駄飯ぐらいがバカみたいにここに来たせいで、食糧も仕事もみんななくなってるんだ。みんなお前たちのせいだ国へ帰れ、バカ野郎!」
「ふざけんなてめぇ、いい加減にしろ!」
そして人間の方が殴り掛かろうとしたとき──。
「ぶっ殺してやる!」
別の亜人が、人相が悪い人間の男に殴りかあってきた。亜人ということで彼にシンパシーを感じ、加勢したのだ。
「ふざけんなこの野郎! 俺達の仕事も居場所も奪いやがって!」
「うるっせえ! いつも俺たちをゴミを見るような目で見やがって。奴隷のように扱いやがって」
そして彼らは殴り合いに発展してしまう。
周囲の店を破壊し、危害を加えられる人も続出。それがさらに、この場に火をつける結果になってしまう。
「もともとてめぇら亜人にはむかついてたんだ。いい機会だ、ぶん殴ってやる!」
「ああ? いつも俺たちを搾取してきたくせに、日ごろの恨み、晴らさせてもらうぜ!」
それを見ていた人たちの中で、亜人に恨みを持っていた人間。逆に人間に憎しみを持っていた亜人は互いに参戦し、その感情を暴力という形で形に出していく。
気が付けば、何十人もの人を巻き込んだ暴動へと発展。
慌てて治安維持に努める兵士が駆けつけるものの──。
「なんだよこれ、まとめきれねぇぞ」
「初めてだ、こんな大規模な乱闘は。暴動じゃねぇか」
治安維持で街を歩いている兵士は数十名ほど。それに大規模な乱闘騒ぎの経験などない。
どうすればいいかわからずただ茫然とするばかり──。
あるものはあわあわと周囲を見るだけ。あるものは大きくため息をついてこの場を去って行くだけ。
打つ手などない。
きっかけは一人の衝動的な暴力行為に過ぎなかった。
しかし、互いに持っていた不信感や憎悪などが一気に噴出し、街中を巻き込んだ争いになった。
一気にこの場がヒートアップしていく。
それぞれが殴り合い、攻撃しあい、傷つけあう。
ぶつかり合う憎しみと憎悪。
そしてそれを望んでいる裏社会の人物は、ほくそ笑んでいた。
これは、この街最大の危機の序章となるのだった。
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