時計は午後10時を回る。
夏の鈴虫が耳の中を打つ。
月明かりの下でさざ波を打つ高い音符。
「俺たちはいつだって、走り続けなくちゃならんのや」
走る。
その言葉の真意が、今もわからずにいる。
だけど、いつも勝気なその声の下で、いつからかこの言葉の上澄みが、朝、アラームの音と共にやって来る。
あれから夏が過ぎた。
秋が来た。
冬を越えて、野に咲いたタンポポの花。
アクセルを踏み続ける足が、広い道路の真ん中に落ちる。
亮平、あの日、本当はどこに行きたかったの?
なにを探していたの?
アスファルトの上に刻まれたタイヤ痕が、この目に焼き付いて離れない。
キーちゃんは不思議そうに私を見ていた。
バスの後部座席で、窓越しに視線を預けている私がきっと、頼りなく見えたんだろう。
どこに降りるかもまだ分からない。
西宮の街に近づいているでもない。
だけど、なにも考えてないわけではない、そんな私の顔が。
「あのね、キーちゃん」
私たちを乗せたバスが、たくさんの人を乗せて、運んで、新しい場所に行こうとしている。
「なんや?」
夕暮れが近づいてきて、薄暗い空の色が、街の風景を鮮やかに照らしている。
街並みは少しだけ閑散とし出した。
「泣いた私を連れ出して、亮平のやつ、すごい遠いところまで行ったんやで」
「どこまで——?」
唇を噛み締める。
私の耳にはただアクセルの音だけが残ってる。
スカイウェイブの単気筒。
あの日亮平は言ってた。
泣きたければ泣いてもいいんだって。
だけど前を向かなくちゃ、新しい1日はやってこないって。
「どこまで行こうとしていたのかはわからない。それでも…」
「…それでも?」
「それでも、迷いはなかったみたいなんや」
私はしばらく亮平になにも言えなかった。
いつものように私を連れ出して、ドライブをしているだけなんだろうって、思っていたから。
亮平は黙ってた。
なにを話すでもなく。
ブレーキをかけるわけでもなく。
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