ピピピピという目覚まし時計の音が部屋中に響き渡る。手を伸ばしてスイッチを押して音を止める。ゆっくりと体を起こして冷たい床に足をつけ、グッと体を伸ばす。今時こんなものを使わなくてもアンドロイドに起こして貰えばいいじゃないかと言われるけど、私、南瑠々は自分の力で起きたいのだ。
事前に準備しておいた赤いジャージに着替え、階段を降りて玄関から外に出る。冷たい風が吹き抜け体を震わせる。でもそれがちょうど私の目を覚ましてくれた。いつしか話題になった世界気温調節システムなんて導入してたらこんな風は無くなっていただろう。
「よしっ、やるぞ!」
その掛け声とともに私は走り出した。朝一のランニング。これが私の習慣の一つだ。反仮想現実主義者だとか、バーチャル世界では何の役にも立たないだとか言われるけど、私は別に仮想現実が悪いとか思ってないし、この習慣が無意味だなんて思わない。
朝一のランニングを続けることで辛いことでも継続できる力を手に入れる。寒かったり暑かったりする中を走ることで精神力を鍛える。自然の中でこそ「人間らしさ」みたいなものが磨けると私は思っている。……こういう所が反仮想現実主義者なのだろうか?
○○○
「ワン、ツー、スリーでハイ!」
放課後、学校の屋上でダンスの特訓をしていた。最後の決めポーズが成功し、嬉しさと達成感と疲労でぶっ倒れた。
「お疲れ様〜るっちゃん」
そう言って白い水筒を渡してくれたのは幼馴染の柊柑奈。一見地味な見た目だけど、ゆったりとした雰囲気の可愛い子だ。彼女から受け取った水を飲み干してふぅと一息つく。
「あー、生き返ったぁ。いつもありがとね」
「いやいや〜、私どうせ暇だから気にしないで」
彼女は私の隣に座って、空になった水筒に付いているパネルを起動し、出てきた無数の選択肢の中からいちごミルクを選んだ。そして、ピーという音声が鳴っていちごミルクの補給が完了したことを伝えた。彼女はそれをすぐに蓋を開けて三口ほど飲んだ。
「へへへ、アイドルと間接キス〜」
「はいはい。ファンに殺されないようにね」
いつも通りの彼女のからかいを受け流し、力を抜いて背中を壁にあずけた。
「ずっと疑問だったんだけど、バーチャル世界で練習したら疲れないのに、なんで現実世界で練習するの?」
「んー……なんというか、疲れるっていう感覚がないと練習した気にならないんだよね」
「ほほう。流石のストイックさだね」
私のこういう所をストイックと表現してくれるのは柑奈くらいだ。他の人は、変わり者だとか、反仮想現実主義者とか、前時代的な馬鹿とか言ってくる。今の時代そう考えるのが普通だとわかってるけど、いざ言われると傷つく。だから、彼女がそう言ってくれるのも、嫌な顔一つせずそばで支えてくれるのも嬉しかった。
「ありがとね」
私より一回り小さい柑奈の頭を撫でる。すると彼女も頭を擦り付けてきて、フワフワした髪も相まって犬を撫でているような感覚だった。
「過激なファンサだねぇ。本当にファンに殺されちゃうかも」
「ふふっ、そうならないよう今日は一緒に帰ろっか」
「はーい」
柑奈は嬉しそうに笑って私の手をとった。ふわりふわりと駆けてゆく彼女に手を引かれ、夕焼けが照らす屋上を去った。
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