おれは必死に逃げた。
今まで火事場の馬鹿力なんてもんは信じていなかったが、この万年体育最下位である自分がこんなに走れるんだと知らなかった。
そんな俺の健闘も空しく、背後から聞こえるゾンビの興奮した鳴き声がどんどん近づいてきた、死体のような独特な悪臭もどんどん強くなってまた。
もっと早く走らないと死ぬ。俺は、ゾンビなんかで死にたくない!
絶望的な状況に陥るとパニックになる人もいれば、逆に冷静になる人もいる、自分が後者であることを今日初めて知った。今日は自分の認識を大きく改めった日だな。
ゾンビはどんどん追い詰めてきた。
やっと農作業用の倉庫がハッキリと見えてきた!半開きになっている大きな鉄の門もある!この中に逃げ込めば生き延びられるかもしれない!
必死に息を整えながら、倉庫に向かってダッシュ。
しかし、こんな俺よりも後ろから追い越した人がいた。
ゾンビじゃない、人間だ。
俺はその男の背中を追いかけ、一生懸命走った。明らかに、男の標的もあの倉庫だ。状況も状況だからあまり考える時間はなかったが、その人を追いかなければならということを察知した、もし遅れをとったら締め出されるかもしれない。そうなれば死あるのみ。
俺は死に物狂いで走った、それでも少しずつ距離をとられてしまう。ゾンビは数十メートル後ろまで迫っている、次の瞬間にでも噛み千切られそうだ。
とうとう男は倉庫に駆け込んでしまった、すぐさま振り返ってドアを閉め始めた。俺も負けずと急いで入りたかったが、足元の石につまずいてバランスを崩してしまった、転ぶ、と思った瞬間、もう地面は目の先にあった。
終わった。死ぬんだ。
俺は絶望で目を閉じた、これから訪れるであろう痛みと恐怖に耐えれるのか。
「早くしろ、死にたいのか。」
服を引っ張られながら、感情のこもってない言葉が降り注いだ。もちろん死にたくない。その人の力を借りて素早く起き上がった。
しかし、転倒している間にゾンビどもは群がってきた。そのうち一匹に足を掴まれてしまい、悪臭が鼻と口に押し寄せて来るの感じた。
何とかしないと今度こそ締め出される!
偶然にも目の前に落ちていた鍬を見つけ、手に取り、何も考えず全力でゾンビの頭にめがけて振り下ろした。その衝撃で足を放され、後ろの男が隙を見逃さず倉庫に引きずり込んでくれた。すぐさま鉄の門を閉じ、かんぬきを掛けた。
た、たすかった…
そう思うのも束の間、ゾンビは外で咆哮を上げ、門を激しく叩いている。門は厚く丈夫に見えるが、こうも絶えず攻撃されると、突破されるのも時間の問題だろう。
どうすれば?
何も案が浮かばない中、家の中から半分の女のゾンビが這い出てきた。
そう、半分の。下半身がなく、腸を引きずりながらだ。髪はまばらに生え、顔は元の姿が分からないほど噛み千切られいて、歯茎は露出していた。久方ぶりのエサを見つけたように、俺らに向かって這い寄ってきた。
俺はあまりの形相に思わず尻餅をついてしまった。
さっき倒したゾンビを除けば、俺は人生でまともにケンカしたことがないし、魚のような動物も捌いたこともない、ましてや殺人だ。たとえ怪物でも、さっき人間の姿をしたゾンビを潰してしまった罪悪感に似た感情と目の前の恐怖に手が震えて止まらない。
そんな俺に見かねたのか、鍬を奪い、ミンチになるまで女ゾンビを叩きつけた。
この人、明らかに手慣れている、一切のためらいがない。よく見ると、ミリタリーコートに黒のズボンを穿いているが、全てがボロボロだ。全身に血や泥がこびりついて、顔立ちも髪色も判別がつかない。さっき目覚めた俺よりよっぽどしんどい目に合ってきたを物語っている。
「あまりじろじろ見るな。」
見つめすぎたのか、不快に思われたらしい。謝ろうとしたら、急にボトと地面に倒れてしまった。
「おい!大丈夫か?」
急いて側に寄り、起き上がらせようと触れたが、体があり得ないぐらい熱い。
「どこかでケガしたようだ」
そう言いながら袖をめくった、そこにはひっかき傷があった。俺のゾンビ知識が正しいのであれば、ゾンビに傷つけられた人は、感染してやがてゾンビになってしまう。
さっき会ったばかりの人とは言え命の恩人だ、何とかして助け上げたい。
「なあ、ワクチンとか薬とかないのか?」
映画でもゲームでも治療薬的なものはあるものだ。
「そんな物ある訳ない…」
そう言いながら目を閉じてしまった。
「おい、おい、目を開けろよ!」
声が震えて泣いてしまった、目の前の男が命の恩人というのもあるが、ドアの外にゾンビいる世界で、俺一人で生き残ることは不可能に近い。
食料もない、武器もない、サバイバル知識もない、何よりここがどこかもよく分からない。これがゲームとかなら、命を落としても無限に復活でき、デス&トライが出来る。だがこの悪夢のような現実で、もし、もしも外にいるゾンビが突入してみろ、貧弱な俺なら一瞬でお陀仏だ。
「死なないでくれ…おれはどうすればいいんだよ…」
「…おれを…ころして…そとにすてろ……ひがしに…ま…」
あまりにも情けないと思ったのが、少し目を開け、か細い声そう告げると完全に意識を手放したようだ。
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