深夜一時。
オレは、自分が務める会社のビルの屋上に立っている。 ここに来た目的は、死ぬこと。
そう、オレは、自殺しようとしている。
本来は、もっと早い時間にやるつもりだったが年下のクソ上司に無理矢理、仕事を付き合わせられ、こんな時間まで残業するはめになった……
これから死のうとする者に何で残業なんかやらせるかなぁ?……
死ぬ理由は、色々ある。
色々あり過ぎて、どれが理由なのかわからないくらいだ。
強いて言えば、上司との関係だろうか?
あのクソ上司、いつもオレに残業を付き合わせる。
やっと終わったら今度は「飲みに行こう」と言う始末。
パワハラ、アルハラ、こっちの身になって考えろと言いたい!!
今日も案の定誘われたが「トイレに行く」と言って逃げ出してきた。
まぁ、他にも彼女ができない、給料が安いとかの理由もあるが……
とにかくオレは、今日ここで死ぬ。
このビルから景気よく飛び降りてな!
3mくらいの高さのフェンスを越えて、ビルの緣に立つ。
下を見ると何十メートルあるかわからないが死ぬには、十分だとオレの本能が告げている。
「これならどこから落ちても大丈夫だな……。
フフッ、死ぬのに大丈夫って、我ながら笑えるジョークだな」
オレは、皮肉混じりに自笑する。
それにしても不思議だな、ここまで来てもぜんぜん死への恐怖が沸いてこない。
聞くところによると人は、いざ己の命を断とうとする時、手足が震え|躊躇《ちゅうちよ》する者もいると言うが……
どうやらオレには、当てはまってないみたいだ。
「さて、死ぬか……」
ビルの緣からおもむろに一歩踏み出す、二歩目の必要がない一歩だ……
『お前、死ぬか?』
「うぉおおお!」
ガシッ!
急な声に驚き思わずフェンスを掴んでしまった。
「はぁ、はぁ、何だ今の声は?」
辺りを見渡すがここは、深夜の屋上だ。
誰もいるはずがないし……。
もし、いるとすればオレみたいな自殺希望者か、フィクションに出てくる人殺しのスナイパーくらいだ。
「……空耳だったのか?」
それにしても、いやに耳に残る空耳だったな。
まあ、どっちにしろ誰もいないならそれでいい。
自殺するところを人に見せても何の得もないしな。
「フフッ、死ぬ人間に得も損も関係ないか。
またもや皮肉混じりに自笑する」
「さ、死のう」
フェンスから手を離し、ビルの緣から一歩踏み……
『なぁ、ちょっといいか?』
「うぉおおおお!」
ガシッ!
またもやの謎の声! 再びフェンスを掴んでしまった。
今度は、首を大きく振って念入りに周りを探す。
「……やっぱり、誰もいない」
少々奇妙だが、また空耳ということで自分を納得させる。
「空耳だ、空耳! さぁ! 死ぬぞ!」
先程同様、フェンスから手を離して、一歩を……
『あのよー 何回も無視されるのは、辛いんだけど』
また声がする。
さすがに3度も続けば空耳とするには、説得力に欠ける。
「さっきから、何なんだ! 言いたいことがあるなら、さっさと出てこい!」
『あ! 悪りぃ、悪りぃ。
俺が姿を表すのを忘れてたぜ、ちょっと待ってな』
何者かの言葉通り、少し待ってみる。
すると、目の前の空間が歪み薄気味悪いガイコツの頭だけが出現した。
『お初にお目にかかるぜ。 俺は、死神だ』
「うぉ!? ガイコツ頭が喋った!」
『いきなりガイコツ頭とは、失礼なヤツめ』
「頭だけで喋るのは、失礼じゃないのか?」
『悪かったな! 身体の方が残業中なんだよ!』
死神にも残業があるのか、世知辛いな世の中だ。
「って! 身体だけで残業できんのかよ!」
『できるぜ、死神だからな』
「……で、残業をサボっている[頭]がなぜここに?」
『死神だ! もう一度言ったら呪うぞ!』
「今から死のうとするオレを呪ってどうするんだ?」
『う、そ、それは……』
「お前、あんまり優秀じゃないだろ?」
『だ、黙れ人間! お前だって無能だから自分で死のうとしてるんだろうが?』
「む、無能だと!? オレは、無能じゃない!
無能なのは、オレを正当に評価できないクソ上司だ!」
『でも、自分のことを優秀とは、言わないんだな』
「ぐっ! うるさい!」
『ケケケ、図星を突かれたろ?』
コイツ、嫌なタイプの死神だな。
『まぁ、くだらないことは、これくらいにして。
実は、お前に話があるんだ』
「話?」
『さっき話した残業のことなんだが……手伝ってくれないか?』
死神の残業を手伝う?
さっきまでクソ上司のせいで残業してたのに? いや、それよりも人間のオレが死神の残業ができるのか?
…………。
「いくつか聞きたいことがある」
『おお、引き受けてくれるか!』
「んなこと言ってねぇよ! 聞きたいことがあるって言ってるだけだろうが!」
まったく人の話を聞かないヤツだ。
『悪い悪い。 で、何が聞きたい?』
「1つ目は、残業の内容。 2つ目は、報酬だ」
だいたい、こんなところだろう。
『わかった。 まずは、残業の内容だな?
やることは、簡単だ。
今、オレの身体がやっている仕事のサポートだ』
「サポート? 人間のオレにもできるモノなのか?」
『それは、問題ない。 お前のやることは、黙って[見る]だけだからな』
「見る?」
『そう。 見るだけだ、簡単だろ? で、次は……』
「待て待て!
見るだけって、さすがにおかしくないか?」
逆に簡単過ぎて怖いので慌てて話を止める。
『あ? 別におかしくないだろ? ただのオレの身体が、きちんと仕事をこなすのを見るだけだぜ?』
「ほ、本当に見るだけ?」
『ああ…… 逆に言えば見る以外のことは、必要ない。』
「どういうことだ?」
『いちいに気にする野郎だなお前』
「当たり前だ! 仕事をキチンと把握するのは、ビジネスの鉄則だからな」
『鉄則か……なんか面倒くさそうだな。
まあいい、説明してやる……って言いたいが本当に見るだけなんだ。 後は、身体が仕事をしたことを上に報告することぐらいか?』
「あるじゃないか、[報告]っていう面倒くさい仕事が! そんな大事なことは、ちゃんと言え!」
『うう…… 悪かったよ』
オレに痛い所を突かれたのか多少は、反省してるようだ。
「で次、報酬は?」
『おお! 報酬な! 聞いて驚け人間!!』
「聞く前からは、驚かんぞ」
『いちいち勘に触る野郎……』
「言っとくけど! 報酬が気に入らなかったら、この話は、ナシだぞ!」
『あ、ああ、それは、わかってる! わかってるって!』
「どうだか……」
『では、気を取り直して……ゴホン!』
頭だけなのに咳払いする死神。 その姿は、少々マヌケに見える。
『ズバリ報酬は、[約束された来世]だ!』
「……来世?」
『そう! 来世! 次に生まれ変わった時の輝かしい人生を約束する!
どうだ? 嬉しいだろ?』
「何が?」
『何って? 約束された来世ですけど……』
「……却下!」
『はぃぃぃぃぃ!? 来世だぞ!! 面白おかしく生きていける人生が待っているんだぞ!!』
「でも来世だろ? 今じゃないんだよな?」
『お、おお、そ、そうだが……しかし』
「しかしも、かかしもない!
そもそも来世なんてアテにできるか!
そんな眉唾みたいなモノを報酬と言われて、[あーそうですか]って納得いくヤツがいると思うのか?」
『しかし……今までのヤツは、大抵これで納得……』
「ん? 納得したヤツがいるのか?」
『あ、当たり前だ! いなかったら、こんなことを言う訳ないだろ?』
「なんか嘘くさいな」
『嘘ではない! では、逆に聞く!
現世で、希望を持てずに自ら命を断とうとする者がなぜ、来世に希望を持てない!!』
「な、何を言って……」
急にまくし立てる死神に少し押される。
『いいかよく聞けよ! 来世というモノは、何も約束されてないんだぞ!
また生まれ変わっても人間になれるとは、限らない。
虫や植物になるかも知れない。
仮に人間に生まれ変わったとしても、今よりずっと不幸かも知れないんだ!』
「まぁ、それは、そうかも知れないが……」
『だいたいお前は、この現世に何が不満だ? 金か? 地位か?』
「…………」
『…………』
「…………?」
『…………?』
「え? [地位]の次は?」
『え? 地位の次? 他にあるのか?』
「アホかお前」
『な、死神に向かってアホとは、何だ!!』
「アホに決まってるだろうがぁ!
普通、[何が不満だ?]って言ったら金、名誉そしてもう1つあるだろうが!!」
『もう1つ?』
理解してないのか死神は、頭を傾けて考え中だ。
「普通、何が不満だ?」って言ったら金、地位そしてもう1つある。
しかし、この死神は・・・
『もう1つ? 悪い、もう1つがピンとこねぇ』
こいつ、|本当《マジ》に頭が悪いのか?
頭しかないくせに・・・
・・・もしかしたら、概念が違うのか?
普通に考えて男の三大欲求は、金、地位そして「女」である。
よっぽどの聖人でもない限り、みんな同じことを答えるはずだ。
だが、目の前にいるのは、死神。
金と地位という概念があっても男や女という性別の概念がないのでは?
・・・確かめてみるか?
「おい、死神!」
『おう、何だ?』
「お前、女は、好きか?」
『・・・・・・何?』
「女は、好きかと聞いているんだ」
『藪から棒に何を言っているんだ?』
「だから、女は、好きなのか嫌いなのかと聞いてるんだ!」
『え? もしかして、真面目な質問か?』
「当たり前だ!」
『そりゃ好きに決まってるだろう。
できることなら今すぐ、ハーレムを作りたいくらいだからな』
「な、お前、女好きなのか?」
『まさか、俺が男好きだと思っていたのか?
悪いが、お前とそういう関係になるつもりは、これっぽっちもねぇぜ』
「オレだって、ある訳ないだろう!」
『お前、一体何が言いたいんだ?』
「さっきお前がオレに言ったろ!
『現世に何が不満だ? 金か? 地位か?』って」
『ああ、言ったな。
客観的に見て金と地位、この2つが今のお前が不満だと思われることだな』
「女は?」
『ん? 女?』
「そう! 女だよ!
オレは、女が彼女がいないことが多いに不満なんだよ!! 美人の彼女さえいれば、オレの染みっ垂れた人生もバラ色に変わるんだよ!!」
『そうは言うが、お前が女・・・この場合は、彼女と言った方がいいのか?
お前に彼女がいないなんて思わなかったからな』
「オレに彼女がいないと|思《・》|わ《・》|な《・》|か《・》|っ《・》|た《・》?
どういうことだ? 自慢じゃないがオレは、今まで彼女の[か]の字もなかったぞ!」
『本当に自慢じゃないな・・・
まぁ、彼女の関して言えば、お前が認識すればすぐに解決するぜ』
「オレの認識?」
つまり、オレがその|女《ひと》を彼女と認めればいいってことか?
しかし、そんな女は、記憶にないぞ?
「お前、デタラメを言ってないか?」
『デタラメでも嘘でもねぇ!
第一オレは、人を欺くことができないように、なっているんだ!』
「どうだか・・・」
しかし、死神のことば通りならオレには、本当に彼女ができる一歩手前ということだ。
「なぁ死神。 オレが認めれば彼女ができるみたいなことを言ってたが、もしかしてオレが知ってるヤツか?」
『おいおい、そこまで言ってもらわないと、わからないのか?
そうだよ、お前が知ってる女で今日も会ってるよ!』
「今日も? 日にちが変わってるから|昨《・》|日《・》|も《・》の間違いだろ?」
『いや、今日だ』
「・・・ちょっと待て! だったら一人しかいないぞ!」
『なら、そいつがお前の彼女になるみたいだな。
お前が認めさえすれば』
「いやいやいやいやいやいや! あの女がオレの彼女!? あのクソ上司が彼女!? オレに残業を押し付ける女が! オレをいつも飲みに誘う女が! 彼女!?」
『なんか嫌がっているが、その女、見てくれが悪いのか?』
「いやそんなことは・・・ 社内では、評判の美人だ」
『性格が悪いのか?』
「まさか! 面倒見もいいし、気立てもいいと思う」
『歳は?』
「オレよりも2つ下だ」
『足が臭いとか?』
「・・・それは、知らん」
『お前、その女に何が不満なんだ?』
「あるに決まってるだろ! アイツいつもオレに残業を付き合わせるんだぜ!」
『お前と一緒にいたいからだろ?』
「そ、それに残業が終われば、いつも飲みに付き合わせられるし!」
『お前と一緒に飲みたいんだろ?』
「・・・・・・あれ?」
『どうした?』
「あ、いや、なんか冷静になってきたら、その、上司のことが・・・」
『その様子じゃ[不満]は、なくなったみたいだな』
死神の言う通りオレには、もはや不満がない。
「悪い、死神、お前の残業、手伝えそうにない」
『ん? そうか、残念だ』
オレは、死ぬために越えて来たフェンスを今度は、逆に越える。
「ありがとな、死神!」
フェンスの上から死神に感謝を告げ、そのまま内側に飛び降りて着地する。
最後にもう一度、分の向こうの死神を確認すると笑ったようにも見えた。
オレは、上司の気持ちを確認するため、自分の気持ちを確認するためビル内に戻る。
ーービルの屋上に残された死神が、独り言を喋る。
『悪い、お前に1つだけ嘘をついた。
オレは、死神なんかじゃない。 本当は・・・』
そこまで喋ると彼は、目映い光に包まれてどこかへと消えてしまった・・・
ここではない、どこかへ。
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