私は映画を見ると、すぐにその作品に関する
レビューやSNS、個人ブログを見て回る。
その気になれば、外国語のサイトも見に行く。

自分の中でのや誰もが抱いていた、
映像に対する感謝や、基準なき点数は、
ネット上では常にどこかの誰かが書いている。

レビューを書いている人は
誰であってもかまわない。

有名な評論家だろうと、
バーガーショップの店員だろうと、
例えばのであっても関係ない。

価値ある原作や劇場用プログラムより、
私は名前も顔も知らない
他人の感想に強くしている。

これはかか、
ゾンビのような行為によって、
私はようやくひとつの映画を見終える。

そんな私の職場に、
映画鑑賞が趣味という新人がやってきた。

この新人はみずみずしい
夏野菜といったレビューがしい。
そういう私はしなびたキュウリだろうか？

映画鑑賞を趣味に上げる人は多い。
音感や運動神経などのセンスを必要としない。

映画の中なら誰でも
無敵の英雄や極悪非道の敵になれる。

映画は話題性もあるので社会においては、
コミュニケーションツールとして活躍する。

もちろんそれらがの強い作品や、
ポルノやスプラッターなどのマイナー作品、
インディーズ映画でなければの話。

新人の映画趣味は安定のメジャー作品群で、
大きな賞を取ったものをなく見るそうだ。

職場にはほかにも映画好きのがおり、
監督や俳優にを振るう。

上司から見れば、新人は
幅広く見ていると評価するが、
私からすれば人気作品だけを選ぶ
的な家とも思った。

そんな新人の映画趣味が、
過去の自分を見ているようで、
私は腹の中でひどくした。

私は映画趣味などしてはいないので、
盛り上がる上司や新人の話にあわせて、
うんうんとうなずくのが主な仕事だ。

知ってる。聞いたことがある。
そうなんだ。あまり詳しくないから。
観たのは結構前で内容を忘れてる。

「その日、用事があるから、また今度ね。」

そう言って新人の誘いには、
適当にの理由をつけて断った。

断る理由はで、
映画が趣味と称する人間と私は、
絶望的に話が合わないからである。

でもそんな新人と映画館でした。
人気作品で満席の、しかも隣の座席だった。

「狭い世の中、こんなこともあるんですね。」
と新人が、誘いを断られた相手に笑っている。

こんなに気まずい状況で
観る映画は初めてで、私は笑えない。

私は観劇に集中したいので、
できれば他人と一緒に観たくない。
映画館はちちくり合う場所でもない。

話の流れを頭で追って、
目は役者と映像、それから
スマホの光が視界にちらつく。

耳は音楽と効果音と、
隣の笑い声や行儀の悪い客の会話が、
私の中のを呼び起こす。

鼻は劇場独特の空気、
熱気のこもった客たちの匂い。
それと、隣から香る甘ったるい
キャラメルソースの不快感に支配される。

エンドロールに入った途端、
スマホで時間を確認する新人に、
関係者に申し訳ない気持ちで私は目をる。

約２時間半の苦痛から解放されると、
新人からまた食事に誘われる。
りもなく。

ほぼ強引に連れ込まれた
近場のフレンチレストラン。

映画の感動を早口に語るこの新人に、
私と言えば「うん、そうなんだ。」
と、いつもどおり適当にうなずく。

人気作品だからといって、
新人と同じ感想を抱くとは限らない。

新人の感想はするとだいたい
「凄かった、熱かった、泣けた。」
と、のお子様ランチ。

がなくなったと
前置きしていたのだが、
元からあったのかさえしい。
ゾンビ映画ならをう。

この察しの悪い相手は
内心うんざりしている私に対し、
「これ美味しいですよ。」と、
明るい笑顔で料理を勧めてくる。

目の前に出された、いかにも
見栄えのよいフォアグラがある。

しかし私の目と手は、
スマホを片手にレビューサイト、
SNS、個人ブログのべ。

「先輩は、どうでした？　あの映画」

いつも通り心にもないづちを繰り返す私に、
新人はなにを期待したのか感想を求めてきた。

目の前のフォアグラは
私にとってはスパムもだ。

同じ映画でも私と新人では感想はまるで違う。

私は普通は知らない、受賞さえもしてない
監督のインディーズ時代の過去作をめつつ、
新人がめえた人気作品をした。

劇場を出てようやく静かになった新人に、
私は冷めたスパムで鑑賞後の空腹を満たす。

◆

新人は職場で映画の話をしてこなくなった。

同じ映画趣味の上司はそんな事情を知らず、
新人に対し、自慢の映画をする。

私といえば、づちを打つのが日課。
もう新人からの迷惑ないはなくなった。

新人は私を横目に見て、
その口数はに減った。

しなびたキュウリになった新人のおかげで、
心配した上司が私に相談をしてくる。

事情の説明も面倒くさいので、
上司が好きな、はらわたも煮えくり返るほど
悪名高き映画の話題でお茶をした。

かつては私も映画鑑賞の趣味をした。

わずかなおいをやりくりし、
有名作品をくまなく見るような、
そんなした映画趣味人を名乗った。

映画を多く知らない若かりしころの私は、
賞と名の付くものならばそれこそ的に、
なく満足できた。
いまも若いが？

そうすることで、友人たちとも
作品の話題でよく盛り上がった。

しかし、映画というのはなもので、
１本の作品で終わらないものも多い。
シリーズを追うごとに違和感をく。

それから、この世のあらゆる名作を
もれなく観るのは面で困難で、
レンタルでさえ私には叶わなかった。

そんな悩める私のとなったのが、
映画評論家たちのレビューだった。

業界の評価や世間の人気という
いで、これから観る映画を
自らる必要はなかった。

興味のあるジャンル、
つながりのあるタイトル、
で不可解な結末が話題の作品。

美しい映像に、不気味な物語。
な役に、な世界。

評論はあらゆる視点で、する。

人気作が評価されるりの感想は、
民生品やファストフードと同然だと評価した。
ハンバーガーのピクルスとさえ書かれていた。

こうした感想を持っていいんだ。
私にとってそれはにも思えた。

たくさんの映画を観たことで目がえて、
やをさせていた私は、
積もり積もったそれらのを許されたのだ。

土砂降りの雨の中で笑う主人公の気分だった。

毎日のように映画を観て、
毎日のように感想を読みった。

映画を頭で追って、
感想を目で追った。

すると身の回りに変化がれた。

友人たちの話す映画の感想は、
私にとっては水たまりのように浅く、
バケツをかぶったように狭くて暗い。

楽しかった時間は苦痛にも感じてしまい、
友人たちとは自然と距離を置いた。

映画を趣味と自称する人たちとの
出会いもいくつかあった。

かつての友人たちと語りあったエネルギーを、
私はしたかったのかもしれない。

けれどもその人たちは、
映画を好きな自分が好きな人か、
映画を語れる自分が好きな人の
どちらかだった。

私はそんな映画好きたちと、
背くらべするかな行為はしなかった。

すべてがそうではないとは思いたいが、
かれらにエネルギーをやすのは無駄だった。
きっとめぐり合わせが悪かったのだ。

私は世にいう映画趣味人ではなく、
映画趣味の中のひとりでさえもなかった。

、私はフィルムの外の人間だ。

に努める聖人でもなければ、
が務まる善人でもない。
に生きる悪人でもない。

映画を観ては誰かになり、
感想をっては誰かに許される。

職場の新人はあの日以来、
上司の映画談義に自ら入ってきたり、
私を映画に誘ったりはしなくなった。

きょうも私は、誰にもおもねず
自分の映画を楽しめる。

◆

「先輩は、他人が書いたを
　みにしているんですね。」

と、その新人から直接をびせられた。

私は目を皿にした。

フレンチでスパムを食べて以来、
私のにショックを受けた新人は、
その内容をネットで調べていたらしい。

私は他人のレビューを読み上げたに過ぎない。

それが新人にとって、
自分の感想を否定された
と思ったのだった。

しかし私のスタイルを否定される道理はない。

当然、映画に無関係な部分をしたり、
内容を無視したアンチのレビューを
読み上げたりはしないし、
にはしない。

観劇中にスマホを観たり、しゃべったり、
甘ったるいソースのポップコーンを食べて
他人の集中をいだわけでもない。

匂いにで集中力に欠けた私にも、
悪いところがあるかもしれないが――。

それでも新人の言い分を通すなら、
感想を述べること自体が悪になる。

感想はひとそれぞれだ。

他人の感想を自分のものにしたわけでもなく、
他人と似ていようが引用しようが、
それは決して悪ではない。

これはただのと言い換えてもいい。

むしろ、他人のを
みにしているのは新人の方である。

あのしいは、
誰にならえばもなくできるのか。

広告代理店が求める、
「宣伝になるレビュー」が世の全てではない。

個人のでが
しになる映画ならば、
それまでの作品としよう。

いまどきはスパムであれば、
ブロックするのが世の習わしだ。

相手の言い分が気に食わないからといって、
いち個人にわざわざするのは、
よほどのかかその両方だ。

私が他人の感想をる趣味を、
新人がするというのなら、
それこそそのものだ。

そうに説明すると、
新人は涙目で黙ってうなずく。

私のましい努力のもあり、
またしばらくな趣味の日々が続く。

仕事帰りに映画を観る。
ネットの世界で感想をる。

を許された私は、
自由と平和をする。
暴力と正義を実行する。
殺意と愛を繰り返す。

どんなに人気の映画も、評価の高い話題作も、
な問題作も、マイナーな作品さえも、
感想があれば私のえを満たしてくれる。

新人に放った言葉は、
全て私に返ってくる。

新人の感想は、私にとって気に食わない。
だからといってを読み上げて反論した
つまりでである。

会社の人間関係はどうしても、
ブロックできないのだから仕方がない。

◆

空席の目立つ劇場の、一番後ろの特等席で
私は映画をする。

上映を楽しみにしていたの映画で、
職場で毎日公開日程をチェックしていた。

客席の中に見覚えのある後ろ姿があった。

新人はこんなにくてれた劇場の、
インディーズ映画も観るのだと感心した。

この映画の内容は期待していた通り、
私のような一部の客に向けたコアな作品で、
私が見ても首をかしげたくなるものだった。

映画が終わっても新人は席も立たず、
わらずスマホを見ている。

後ろから新人にそっと近寄り、
熱心にめるその画面をチラと見た。

そこにはしなびていたキュウリが、
ネットのレビューをべする姿があった。

立派なピクルスとした新人に、
私は隣からひと声かけた。

「ようこそ、感想症の世界へ。」

（了）

感想欠乏症 私を満たす、世界を探す。

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