「やはり破天荒だね、君は…」
「勝手に戦って悪かったわ。けど、みんな困っていたみたいだし、ちょうど良かったんじゃないかしら」
合流して溜息をつくサンディに、悪びれもせずにそう言い放つメリー。多少のケガをしていても、神経の図太さは変わらない。
「確かにあの鎧の怪異は不定期に現れては、人を襲っていたからね。それについては感謝するほかないさ。さて、しかし王にはどう報告したものか…」
どうもこうも、メリーとしてはいい報告の方が望ましいわけだが。真面目な騎士様がどう判断するか。
『こんなところで怖気づかないでよ。大丈夫でしょう、危機を取り払ったのだもの』
「そうは言うけども。壁を破壊しちゃったし…」
『急にうじうじしないの。ほら、その王様とやらとのご対面よ』
城内をサンディに導かれて、豪華絢爛な装飾に囲まれた広間にたどり着く。天井には何枚かのステンドグラスがはめ込まれている。何かの物語を表しているようだ。
最奥に据えられた玉座で初老の男が静かに待ち受けていた。眼差しは鋭く、纏う威風は堂々。王というよりはいっそ将軍と呼んだほうが相応しそうである。
「騎士サンディよ。その者が、賊退治に助力し、此度は城内に湧いて出た怪物を退治した少女か」
声にもえも言われぬ威厳がある。圧倒的な数の修羅場を潜ってきた猛者だと、見て取れる。
「さすがお耳が早い。その通りです、王よ。この少女こそ、古今東西の英雄に勝るとも劣らない武勇を備える人物でございます」
エラい褒めようである。褒めても何も出ないぞ。
『そうでも言ってくれなければ、蛮行の言い訳が立たないでしょうに』
「まあ、そりゃそうなんだけど…」
「ほう…。少女よ。お主、気配を二つ持っておるな」
「『!?』」
その一言で、緩んでいたメリーの気が揺さぶられ、緊張を取り戻す。
(待った。どういうことだ。今、あの爺さんなんて言った。メリーの存在を感じ取っている…?)
「ふん、そう身構えるでない」
「王よ。どういうことですか? 二つの気配、というのは」
「“夢狩り” と言われたお主でも、見抜けなんだか。騎士サンディ」
愉快そうに目を細めた王様が、その老獪そうな視線で見降ろしてくる。ああ、これは隠し事のできない目だ。めんどうな。
『どうするの。わたしたちの正体といっても、自分たちですら理解してない有様だけど。王が何か知っているなら…』
「気が合うわね。アタシも同じことを考えてた」
絶好のチャンスといえる。なにかを知っていそうなジルは、桜の幽霊の一件以来また顔を見せないし、連絡手段もない。なら、この国で一番偉い人物から話を聞き出せるのはラッキーだ。
「王さま、アンタに訊きたいことがあるわ。この体のことよ」
『ど直球! もっと丁寧な言葉づかいできないのあなたは!?』
「うーん、勇ましいのは君の美徳だが、ここは王の御前だよ。口を慎みたまえ」
そんなこと言われたって、まどろっこしいのは嫌いだから。こういうことはパパッと訊くに限る。
「それでよいのか、少女メリー」
「なによ。なにが言いたいわけ?」
「目の前に答をぶら下げられて大人しく尻尾を振り引き下がるのが、貴様の矜持かと訊いておる」
「あ?」
こちらを見下すように目線で射抜いてくる王。明らかに挑発されている。それがわかっていても、止まらない。それがメリーだ。
「君というやつは…!」
「ふむ。拳を振り切らない理性は持ち合わせているようだ。重畳である」
轟ッと飛び出したメリーが、拳を王の鼻先に突きつけられていた。
『肝が冷えたわよ芽理! 本当、いい加減にしなさいこの野蛮人っ』
うるさい。挑発されて黙っていられるか。それよりも。
「いいから教えなさい、王さま。アタシは、メリーはなんなの。どうしてこんな力を持っているのよ!」
王とメリーの視線が衝突する。知る者と求める者。思惑は交わり、すれ違う。
「残念だが、今私が語ることのできる事は何一つない」
「……そう。なら、いいわ」
「随分と簡単に引き下がるではないか。先ほどまでの必死さはどうしたのかね」
「簡単よ。どうしてもしゃべる気はないなら、そうしたくなるまで好きにやらせてもらうまでよ」
強気な姿勢を崩さないメリー。そんな彼女を見た王は強面をわずかに緩ませると、静かに頷いた。
「して、王よ。このような状況で申し上げにくいのですが、メリーへの勲章はいかが致しましょう」
「それならもういらないわよ、サンディ」
「どういう意味だい?」
城門前で戦った騎士甲冑を倒したときに拾ったメダルを親指で弾いて見せる。煌びやかさを失い、飾り物には向かない、一見勲章とも思えない古ぼけたメダル。だが。
「自分で勝ち取った物こそ価値がある。でしょ?」
「わかっておるではないか、少女よ。そうだな。それにそのメダルは、貴様にこそ相応しかろう」
どういう意味か知らないが、元よりもらうつもりだし、関係ないだろう。それより、さっさと帰ってご飯を食べたくなってきた。
「さーてと。そろそろ帰ってもいいかしら?」
「待て、少女よ」
「なによ。まだなんかあるわけ」
「そう突っかかるでないわ。貴様に一つ助言をしてやろう。集めよ、世界を象る言の葉の断章を。そうすることで失われし自身の正体も掴めてこよう」
また遠回しな表現を。つまり、それは。
『詩片を回収しろ、ということね』
(なんでこの王さまがそんなことを。やっぱりなんか知ってるわけね。まっ、いいか)
「言われなくたって。この街になにか起こったら、アタシが解決してやるわよ」
「頼もしいな。助力が必要となれば、騎士サンディを頼るといい。良いな?」
「はっ。ご命令とあれば。とはいえ、命がなくとも、そのつもりではありましたが。私はこのメリーという少女に大きな信を置いていますから」
「サンディ、アンタねぇ…」
そこまで言い切られるとさすがに照れてしまうメリーであった。
なにはともあれ、行動指針が改めて定まったのは喜ばしいことだった。
詩片を集めて、欠けた記憶を取り戻し、この体になった理由を調べる。もちろん、その過程で救えるものは全て救い、全ての勝負で必ず勝つのだ。
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