島暮らしは不便だが、少なくとも僕の肌に合っていないことはなかった。
人生で18回目の8月も島で過ごすことになった。本島からかなり離れたこの島だが、人口千人はいると思う。小中高と同じ校舎に通い、なんとも言えない平凡な授業を受けてきたが、詳しいその数値はよく知らない。
海風が常に吹き、じめっとしたこの島の夏場はもう慣れたものである。寂れた島であるが、最近は観光客を手に入れようと、少しオシャレな建物も建てられた。なんとかホテルだったと思う。噂が流れていたけど、島民は使わないし関係ない話だと、僕は耳を傾けなかった。
「やっぱり、チャンネル少ないのはデメリットだよなー」
今日、僕を呼び出した二人のうち一人は、集合後すぐに歩き出したかと思えば、そんなことを口にした。
「何を今さら言ってんだよ、てか俺らテレビとかほとんど見なかったじゃん」
隣を歩くのはこの島唯一の男子同級生の二人、一馬と透。
三年前は二人とも高校になったら本島に行くんだ! と夢いっぱいに語っていたけれど、腕は奮わず受験に落ちたらしい。かくいう僕は最初から島を出るということを諦めていて、島の分校に通うことを真摯に受け止めていた。
「いやさー来年、俺ら出て行くじゃん?そしたらやっぱりこの島の暮らしには戻ってこれねぇのかなって」
「まだ決まったわけじゃないけどね……」とつい口に出ししてしまう。
「透はアレだっけ。のんちゃんと同棲?」
一馬が茶化すように、唇を歪めた。
「違うって、俺は大学出るまでのんとは」
透はそう言うけど、一馬の言ってることも冗談では無いかもしれない。
中学卒業とともに本島の高校に入学したのんちゃんと付き合って三年の透は、いつも親に島を出ていくなと釘を刺されている。おそらく本島の大学に通う支援などしてもらえないだろう。となると同棲……
「ってあり得るかも……」
「どした? いぶき?」
一馬が僕の顔を覗く。
くるりと僕より一回り大きな瞳に僕の顔がうっすらと見えた。
「いや、のんちゃんと透の同棲はあり得るのかなって」
「ちょ、お前までやめろよ!」
ガハハと一馬が笑い、透が肘で僕をうつ。
「いぶきが言うなら、本当にあるんじゃね」
「僕が言うことそんなに当たるかなぁ」
「この間、テストに出る問題当ててたじゃん。俺は結局解けなかったんだけど」
ガハハとまた一馬は笑った。
「勉強しなきゃなぁ」が口癖になってきている一馬だが、実際は口だけな様子である。そんなところも一馬らしい一面ではある。
「「それ、先生言ってた問題だし」」
透も僕もあきれて肩をすくめた。
右手に海、左手に緑、真上に熱を帯びた球体。昼間から歩きまわるには少しも向いていない。
日焼け止めを架空の存在としか思っていない僕たち島国男子には関係ない、と口にするのは伝統だが、日焼けした肌は痛い。一馬は日焼けしても、神経が痛いと感じないバカだから良いかもしれないけど、僕はバカじゃない。
「いやー涼しいな~。やっぱり島暮らし最高じゃね」
「どこがだよ。めっちゃ暑いし、お前は体温までバカなんじゃねぇの」
「普段、引きこもって勉強しかしてない透にはそうかもな。いぶきも涼しいと思うだろ?」
一馬が短く切り揃えられた髪を掻きながら汗を拭った。部活なんてしてないのに筋肉質な体にはその仕草が良く似合う。
「いや、普通に暑いと思う」
「だろ、やっぱこいつバカだって」
のんちゃんで弄られて、少し気が立っているのか透は強く一馬に当たった。何だかんだで、ここまで仲良くなるのにも時間がかかったなぁと感慨深くなる。
「バカなのはおいとくけど、本当に熱中症になるかも」
「いぶきは昔から弱いからなぁ」
あ、これは嫌な流れ。
「そうそう、お前チカ殿に守られてたもんな。俺たちが嫌がらせして、チカ殿がもうやめなよ!ってあったあった」
「ちょ、順番的に僕に振るのやめてよ、チカ姉はもういないからその話はもういいじゃん」
チカ姉は二つ上の先輩で、僕たちの姉的存在だ。特に僕は家が隣で良くしてもらった。でも……
「チカ殿、今頃すっげー美人になってるに違いないぜ。なぁいぶき!」
「うん、それはそうだと思う。というかまだチカ殿って呼んでるの?」
「あったりめぇよ」「当たり前だ」
一馬と透はバンと胸を叩きなから口を揃えた。
後に島の伝説となった事件がある。
中学生の頃、三人で海で遊んでいた。海はもう慣れたものだし、危なくない。そんな油断が僕たちを襲った。
僕は浜で、目を覚ました。雨に打たれ体は震え、凍えるように寒かった。波は荒れ、決して海に入れる状況ではなかった。頭が回ってきた時にはすでに手遅れだと思った。何故なら一馬と透、二人の姿はなかったからだ。
僕は頭が真っ白になって走った。だがその努力も虚しく、大人達は助けに行こうとしなかった。この波の中、船を出すのは無理だと。自分達が危険だと。もう、願うことしか出来なかった。きっと生きている。ただそう思うことしか。
「あなた達はそれでも大人なの」
チカ姉は叫んでいた。
「二人の人間を見殺しにするって言うの」
チカ姉は飛び出して、海に走って行った。大人達がそれに続く中、僕はただ立っていることしか出来なかった。
後から詳しく聞いたのだが、船を出そうとしていた無謀なチカ姉を大人達が止めに入り、それでも言うことを聞かなかったチカ姉に奮わされて結局大人達は二人を探したらしい。
二人は偶然か奇跡か、見つかった。気を失っていたが生きていた。
そして目覚めた二人と僕はこっぴどく説教を受け、一馬と透は命の恩人チカ姉をチカ殿と呼ぶようになった。
「あれは本気で死んだと思った」
「二人とも助かってよかったよ」
あの事件で僕たちの仲はもっと深まった。と思う。
「てか、チカ殿もそうだけど、お前が俺達がいないって教えてくれたんだろ」
「ん?そうか、じゃあいぶきもいぶき殿か?」
「それはやめて欲しいな」
ガハハと一馬が笑い、僕と透もそれに続けて笑った。
島を半周する頃には、太陽はギラギラと海の上に浮かんでいた。海面に投影された二つ目のそれが、ゆらゆらと輝いて時々目に刺さった。
「チカ殿って夏に帰ってくるんじゃなかった?」
透が思い出したように言った。
「うん、明日」
「知ってるなら先に言えよな。いぶきは無意識に隠し事するから」
僕の前を歩く一馬は「だろ?」と透の方を向く。透はさぁと対して興味が無さそうに聞き流した。
「隠してる訳じゃないんだけど」
訊かれていないことを言う事は僕にはほとんどない。いつも受け身の体制だ。消極的いい響き。
「口数少ないのは一緒じゃねぇか」
「何でも喋るどこかのバカよりはマシだな」
なんだと! やんのか? と一馬と透はいつものように喧嘩腰に睨み合った。
閲覧ありがとうございます。
この物語はある島の一夏を描いた青春ものです。
現段階ではほんの少しの構想しかありません。
もし少しでも面白いと感じたらコメントや高評価をお願いします。でないと続きは永遠に書かない可能性が高いです。
また、定期的に更新している物語も読んでもらえたら嬉しいです。
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