「ウケません」
私は繰り返す。
「ウ、ウケない……」
「はい」
「い、今、面白いと言っただろう?」
「はい、言いました」
「ならばウケているではないか?」
「いえ、私個人だけにウケても意味がないです」
「意味がないだと?」
「そうです」
「どういうことだ?」
「……広く世間に受け入れられる可能性は薄いです」
私は両手を大げさに広げる。
「何故そう思う?」
「この小説ですが……」
私は原稿を指差す。
「うむ」
「魔族が勇者を倒すというストーリーですね」
「ああ、そうだ」
クラウディアさんが頷く。
「いわゆるアンチヒーローものというジャンルにカテゴライズされると思いますが……」
「……」
「これを面白いと感じる人は少ないと思います」
「そ、そうか?」
「ええ」
「つまりあれか? 世間は勧善懲悪を好むということか?」
「それも大きいです」
「それも?」
クラウディアさんが首を傾げる。
「もう一点気になったことがありまして……」
「もう一点?」
「はい……」
「そ、それはなんだ?」
「……なんというか」
「はっきり言ってくれ!」
「……よろしいのですか?」
「ああ、構わん!」
「……話が単純過ぎます」
「た、単純⁉」
クラウディアさんが再び驚く。
「ええ、単純です」
「こういうのは単純明快な方が良いのではないか⁉」
「ふむ、そういう考え方もありますが……」
「そうだろう! 変にこねくり回すよりも良いはずだ」
「ただ、それにしても……」
「それにしても?」
「もう少しこう……なにか欲しいですね」
「なにかってなんだ⁉」
クラウディアさんが立ち上がる。
「落ち着いて下さい」
「う、うむ……」
クラウディアさんが椅子に座り直す。
「……捻りが欲しいですね」
「捻り⁉」
「そうです」
「捻りとは……」
クラウディアさんが首を捻る。
「まあ、ちょっと話を整理してみましょうか」
「あ、ああ……」
「魔王が勇者を倒すという話……単純で分かりやすいですが、どうも……」
「駄目なのか?」
「駄目というわけではありませんが、言ってみればこれは勇者が魔王を倒すという構図を逆にしただけですよね?」
「ま、まあ、そう言われると……そうかもしれんな」
クラウディアさんが腕を組み直して頷く。
「それではありふれています」
「ありふれている?」
「はい、勧善懲悪が勧悪懲善になっただけですから」
「か、勧悪懲善?」
「ええ、そうです」
「懲らしめられている時点で悪だと思うが……まあ、魔族の我が言うことではないか……」
「とにかく、ありふれています」
「勧悪懲善がありふれているか?」
「はい」
クラウディアさんの問いに私は頷く。
「……そうだろうか?」
「世の中全体の話です。良い人が泣きを見て、悪い奴が笑うというのはよく聞く話です」
「そ、そうなのか?」
「残念ながら……」
私は悲し気に目を伏せる。
「ひ、人の世も色々と荒んでいるのだな……この場合、魔族の我はなんと言えば良いのか分からないが……」
クラウディアさんが複雑な表情を浮かべる。
「……人の世が荒んでいるのだから……」
「うん?」
「喜べば良いんじゃないですか?」
「馬鹿なことを言うな、そこまで堕ちてはいない」
「す、すみません……」
私は慌てて頭を下げる。
「人の世がある程度平穏でなくては困るのだ」
「困る?」
「ああ、小説を出すどころの話ではなくなるだろう?」
「それはまあ……そうですね……」
「そういうことだ」
「えっと……クラウディアさんは……」
「なんだ?」
「人の世の安寧を祈っているのですか?」
「安寧とまで言うと語弊がある気もするが……元気にやってくれていればそれでいい」
「げ、元気にですか?」
「ああ、元気でなければ魔王城にも攻めてこないだろう?」
「だ、だろう?と言われても……」
「退屈なのだ」
「か、簡単に征服出来た方が良いんじゃないですか?」
「多少なりとも歯ごたえが無ければつまらん」
「そ、そういうものですか……」
「そういうものだ」
「はあ……ん?」
その時、私は自分の頭に何かが閃いたような感覚を感じる。またまたまたまたこの感覚だ。
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