「どうかしましたか?」
「マルさん……」
「はい?」
「もう少し柔軟に考えてみませんか?」
「柔軟に?」
「ええ」
「……硬いのはダメですか?」
マルさんは俯く。体がぷるんぷるんと揺れる。
「ダメとは言いませんが、一般の読者に受けるとはとても思えません」
「好きなものを書くのはそんなにダメなんですか?」
「その場合、ご自分だけが満足している状態になりかねません」
「自分だけ……」
「大半の読者が置いてけぼりです。ほとんどついてきてくれないでしょう」
「むう……」
「ただ……」
「ただ?」
「そういった問題を解決する方法があります」
「ほ、本当ですか⁉」
マルさんが立ち上がる。
「……落ち着いてください」
「す、すみません……」
マルさんが席に座る。
「その方法ですが……」
「はい」
「流行りのものを書くということです」
「え?」
「流行に乗っかるのです」
「そ、それは分かります。ですが……」
「ですが?」
「それが解決方法なんですか?」
マルさんが首を傾げる。
「流行りのものを書くことのメリットはまず……それだけで手に取ってくれる読者が増えるということ。これはとても大きなメリットです」
「そ、それでも!」
私の説明にマルさんは不満そうな顔になる。私は尋ねる。
「なにか?」
「安易に流行に乗っかっても埋もれてしまうだけだと思います」
「そうですね」
「そ、そうですねって……」
「要は乗り方の問題です」
「乗り方?」
「ええ、他作品との違いをアピールするのです」
「違いですか?」
「そうです、読者の方に『これは他とは違うな』と思わせれば良いのです」
「そ、それはなかなか難しいような……」
「いや、マルさんならば可能です」
「ええ?」
「マルさんの書かれる文章、硬さは多少否めませんが、文章力の高さは随所に伺えます」
「は、はあ……」
「これだけでも他と一線を画すことが出来ます」
「そ、そうでしょうか?」
「はい、この硬さを逆に利用するのもありかもしれませんね……」
私は顎をさすりながら呟く。
「硬さを逆に利用?」
「そうです。何か思いつかないですか?」
「う~ん」
マルさんが腕を組んで考え込む。
「思い付きませんか?」
「い、いやあ、そう言われても……」
「この硬い……真面目な文章に似つかわしくない設定を作るのです」
「似つかわしくない設定?」
「とことんおバカな方向、ありえない方向に振り切ることですかね?」
「お、おバカ……ありえない……」
「それでいて流行を外さない……」
「む、難しくないですか?」
「まあ、ちょっと考えてみましょう。現在の流行はなんですか?」
「え、や、やっぱり……異世界への転生・転移ものですかね」
「そうです」
私は頷く。マルさんが戸惑う。
「い、いや、流行しているのは重々分かっているつもりですが、ボクはああいうジャンルにはどうしても苦手意識がありまして……」
「あえて向き合うことで見えてくるものもあります」
「!」
私の言葉にマルさんが目を丸くする。
「流行に目を背けるだけでなく、トライしてみることも必要なことだと思います」
「ふ、ふむ……」
「マルさんの作家としての引き出しが増えると思うのです。いかがです?」
「……た、例えば、どういう転生・転移が良いでしょうかね」
「……」
「い、いえ、すみません、それをボクが考えるんですよね……」
私は右手の人差し指を立てる。
「……ひとつ、思い付いています」
「え⁉」
「スライムがニッポンに転移するのです」
「ええ⁉」
「転移して、プロレスラーになります」
「プ、プロレスラー⁉」
「『転移したらプロレスラーになった件』略して『転スラ』です」
「りゃ、略称まで⁉」
「ええ、ピンときました」
「で、でも、スライムである必要性が感じられませんが?」
「スライムの方は体が柔らかい、形状も自由に変化することが出来る……」
「あっ……」
「その特性を活かして無双します。俺TUEEE好きな方もにっこり」
私は笑顔を浮かべます。マルさんが考え込む。
「意外性はあると思うんですけど……」
「何か気になることが?」
「ボクの好きな要素を少しでも盛り込めればと思ったんですが、無理そうですね」
「出来ますよ」
「えっ⁉」
「ニッポンのプロレスの歴史を紐解くと――私もよく分からなかったのですが、先日プロレスジムに取材する機会に恵まれました――各団体が林立、それぞれが時には手を組み、時には争い、隆盛・衰退を繰り返すその様はさながら戦国時代です!」
私はビシっとマルさんを指差す。マルさんが息を呑んで呟く。
「少し、いや、かなり興味が湧いてきました。なるほど、団体間の争いなどを戦記風に描けるかもしれませんね……分かりました。それでちょっと考えてみます」
「よろしくお願いします」
私は頭を下げる。打ち合わせはなんとかうまくいったようだ。
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